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「描かれた寺社境内」(第3展示室) 「石鹸・化粧品の近現代史」(第4展示室)

特集展示(第3展示室)
『もの』からみる近世「描かれた寺社境内」

開催概要

開催期間 2019年12月24日(火)~2020年2月2日(日)
会場 国立歴史民俗博物館 第3展示室(近世)
料金 一般600(350)円/大学生250(200)円
高校生以下無料

※( )は20名以上の団体料金です。
※総合展示もあわせてご覧になれます。
※障がい者手帳等保持者は手帳提示により、介護者と共に入館無料です。
※高校生及び大学生の方は、学生証等を提示してください。

※半券の提示で、当日に限りくらしの植物苑にご入場できます。
開館時間 9:30~16:30(最終入館は16:00まで)
休館日 毎週月曜日(休日の場合は開館し、翌日休館)
年末年始(12月27日~1月4日)
主催 大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館

みどころ

  • 松川龍椿画「京都名所図会屏風」は、有名寺社のみ画かれる名所尽くしとなった洛中洛外図の究極の姿!
  • 清水寺や浅草寺など現代でも参詣客で賑わう有名寺社の江戸時代の繁栄の姿をご覧いただけます。
  • 緻密に描かれた境内の様子から、当時の人々の社寺参詣の関心のありかが垣間見えます。

趣旨

江戸時代後期には、旅や行楽などの関心の高まりを背景に、各地の名所に関するさまざまな画像が大量に制作されています。今日でも観光の主たる目的地には著名な寺社が挙げられますが、伊勢参りなど宗教的動機を表向きとした当時の旅なら、それはなおさらのことでした。

たとえば、緻密な挿絵をともなう地誌である名所(めいしょ)図会(ずえ)において、もっとも頻度が高く、かつ大きくとりあげられているのは由緒ある寺社であり、寺社の由緒や古歌、寺宝などの紹介とともに境内の精細な俯瞰図が添えられています。江戸後期の錦絵の中には、名所図会を模した俯瞰図も散見されます。

多くの参拝客を集める寺社そのものが制作に関与した一枚刷の境内図も多数残っています。参拝客は実際にそれを手にとって境内や周辺の名所を経巡ったとともに、旅の土産としても持ち帰ったのでしょう。京都の名所を描く洛中洛外図屏風も、次第に名所尽くし絵の傾向を強めていき、江戸末期には当館所蔵の松川龍椿「京都名所図屏風」のように、有名な寺社の俯瞰図だけで構成されたものさえ描かれるようになります。

本展では、主として江戸時代後期に制作・出版された寺社の俯瞰図を約15点紹介します。当時の境内の様子を、屏風などの絵画作品、あるいは名所図会などの版本や錦絵、一枚刷境内図などをとおして概観して頂けます。令和最初の年始に、江戸時代の寺社の境内図を初詣してみませんか。

Memo

名所(めいしょ)図会(ずえ)とは
江戸時代後期に流行した通俗地誌兼名所案内書。名所旧跡や寺社などの由来を記し、関連する和歌などを紹介する文章に、名所を細密に画いた挿絵を添える。貸本屋などを通して読み物として広く親しまれた。代表的なものに『都名所図会』『東海道名所図会』『江戸名所図会』などがある(後ろの2書は展示予定)。

主な展示資料

松川龍椿「京都名所図屏風」右隻
江戸時代末期 国立歴史民俗博物館蔵

・松川龍椿画 京都名所図会屏風
・諸国名所図手鑑
・歌川広重画 東都名所・浅草金龍山
・増補江戸名所古跡神社仏閣案内記
・総州成田山絵図

など約15件、すべて本館蔵

 

1) 松川龍椿「京都名所図屏風」左隻 江戸時代末期 国立歴史民俗博物館蔵

右隻に京都市街と東山方面、左隻に同じく市街地と西山方向を描く洛中洛外図の第二定型の構成にならっていますが、定番の内裏や二条城などは描かれず、ほとんど著名な寺社の細密な俯瞰図のみで構成されています。

2) 諸国名所図手鑑 江戸時代中期 
国立歴史民俗博物館蔵

京都を中心に住吉大社や厳島神社など諸国の有名な寺社の境内を画き集めた画帖で、町絵師の手になるものと考えられます。扇面などの小画面に名所や祭礼を画くのは中世以来の伝統です。

3) 歌川広重 東都名所・芝神明増上寺全図 天保(1830~44)後期
国立歴史民俗博物館蔵

名所絵の第一人者である歌川広重の描く江戸名所の俯瞰図シリーズ。芝神明宮(画面右下)と増上寺を描くこの図は、『江戸名所図会』巻1の挿絵「三縁山増上寺」にもとづいています。

 

【展示代表】

大久保 純一(国立歴史民俗博物館 情報資料研究系 教授)
専門は浮世絵を中心とした江戸絵画史。
主な著書に、『広重と浮世絵風景画』(東京大学出版会、2007年)、『カラー版 浮世絵』(岩波新書、2007年)、『浮世絵出版論』(吉川弘文館、2013年)など。

 

「石鹸・化粧品の近現代史」(第4展示室)

開催概要

開催期間 2019年12月3日(火)~2020年5月6日(水)
会場 国立歴史民俗博物館 第4展示室(民俗)
料金 一般600(350)円/大学生250(200)円
高校生以下無料
(  )内は20名以上の団体

※障がい者手帳等保持者は手帳提示により、介護者と共に入館無料です。
※高校生及び大学生の方は、学生証等を提示してください。
※半券の提示で、当日に限りくらしの植物苑にご入場できます。
※料金が変更になる場合があります。

開館時間

~2月    9:30 ~ 16:30(最終入館は16:00まで)
3月~  9:30 ~ 17:00(最終入館は16:30まで)

休館日 毎週月曜日(休日の場合は開館し、翌日休館)
年末年始(12月27日~1月4日)
主催 大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館

趣旨

化粧や衛生の流行は、衣服ほど短期間で変化するものではありません。しかし、10~20年の単位で振り返ると、大きく変化していて、日常生活の常識観に少なからぬ影響を与えていることがみえてきます。

明治時代に入ってから化粧品の工業製品化が進んでいきましたが、商品の中心はスキンケア商品、石鹸、歯磨、香油でした。また、早くから欧米風の化粧法が紹介されていましたが、洋装に対する抵抗感から、とくに口紅やアイシャドウのような口や目を際立たせる商品は、1930年頃まで普及しませんでした。1930~35年あたりにメイクが流行り、一時的に化粧品の生産量が増えたものの、それ以降は原料不足のために生産自体が政府の統制におかれ、戦後にその統制は少しずつ解除されていきましたが、長らく贅沢品として、日常的に使える状況ではない時代が続きました。

化粧品業界が本格的に復興したのは、高額だった物品税が下げられ、口紅のキャンペーンが始まった1960年代中頃以降のことです。そして、1980年代に機能性を重視した商品が次々と開発され、1990年代にはメイク専門雑誌が刊行されるに至るまで、化粧品が一般に普及していきました。

石鹸やシャンプーにおいても、弱酸性の髪を傷めにくいシャンプーが家庭に普及した歴史は案外浅く、2000年代に入ってからのことで、1987年以降に「朝シャン」という言葉が流行し、髪の毛を毎日洗う習慣となりました。もともと石鹸やシャンプーはアルカリ性であり、肌や髪を傷めやすいものでした。その上、第二次世界大戦が始まると、物資不足のために品質が低下して顔用の石鹸が製造できなくなり、浴用石鹸や洗濯石鹸も高額の物品税が課せられて、売り上げが低迷しました。1950年代後半には中性のシャンプーが開発され、各家庭に内風呂が普及すると、石鹸は洗いすぎない液体タイプに変わり、シャンプーはツヤを残すものが開発されました。

本展示では日本の美容観や衛生観に影響を与えてきた石鹸と化粧品の歴史を商品と広告類を使って紹介します。2016年秋の企画展示「身体をめぐる商品史」では、明治時代~平成時代初めの化粧品類を紹介しましたが、今回はより古い時代に重点をおき、さらに、幅広い企業の資料を展示します。

主な展示資料

カネボウ絹石鹸 昭和20年代 
国立歴史民俗博物館蔵

・御園白粉製品目録(明治後期~大正年間)
・御園白粉(明治37年)
・現代婦人の化粧法(明治41年)
・ウテナバニシングクリーム(大正~昭和初期)
・クラブ美身クリーム(昭和初期(明治44年発売))
・資生堂月報(昭和7年)
・資生堂ホルモリンパンフレット(昭和9年)
・パピリオAクレーム(昭和20年代か?)
・コーセー粉白粉(昭和23年発売)
・花王石鹸パンフレット(大正7年)
・ポスター 花王シャンプー(大正~昭和初期)
・花王石鹸(大正末~昭和初期)
・ライオン洗石鹸(明治45年発売)
・ミツワ月報(昭和2年)
・資生堂石鹸(昭和初期)
・牛乳石鹸(昭和24年)
・カネボウ絹石鹸(昭和20年代)

など計約70点
※会期中、展示替えがあります。

 

1) クラブ堂ビル専売品カタログ
大正末期~昭和初期
(国立歴史民俗博物館蔵)

戦前に業界最大手であった中山太陽堂の本社のみで販売された高級化粧品のカタログ。

2) 御園白粉 明治37年
(国立歴史民俗博物館蔵)

伊東胡蝶園(のちのパピリオ)が創業した明治37年に製造し、丸見屋(のちのミツワ石鹸)から発売した日本初の無鉛白粉。

3) レートメリー白色 大正7年発売
(国立歴史民俗博物館蔵)

戦前に業界2位であった平尾賛平商店の肌が白くなるなめらかな白色クリーム。

4) コーセー粉白粉 昭和23年発売
(個人蔵)

コーセーの創業は昭和21年。その2年後に発売された粉白粉。

5) クラブ美身クリーム
昭和初期(明治44年発売)
(個人蔵)

明治44年に発売されたバニシングクリーム。本来白色の瓶が、第2次世界大戦中、何度も溶かして再利用されたため、黒色となった。

6) 資生堂石鹸 昭和初期
(個人蔵)

石鹸セットの缶。デザインは山名文夫によると思われる。

7) ライオン洗石鹸 明治45年発売
(国立歴史民俗博物館蔵)

ライオンが明治45年から高圧反応釜で製造していた洗濯石鹸で、価格の高い順に1号から4号まであった。

8) 牛乳石鹸 昭和24年
(国立歴史民俗博物館蔵)

牛乳石鹸には赤箱と青箱があるが、赤箱の方が古く、昭和3年が発売である。赤はしっとりタイプで、青はさっぱりタイプである。

9) カネボウ絹石鹸 昭和20年代
(国立歴史民俗博物館蔵)

もともと紡績メーカーだったカネボウは、昭和11年に蚕の繭から油分を取り出すことに成功し、それを石鹸の原料に用いた。

 

【展示代表】

青木 隆浩(国立歴史民俗博物館 民俗研究系 准教授)

専門は民俗学・地理学。
主な研究テーマは、酒、商家、社会規範など。東京大学大学院総合文化研究科修了後、2002年から 国立歴史民俗博物館研究部に所属。主な著書『近代酒造業の地域的展開』(吉川弘文館 2003年)。過去担当した展示は、企画展示「身体をめぐる商品史」(2016年10月~12月)。

 

※内容は変更する場合があります。ご了承ください。