期間限定の展示資料:第2展示室

王朝文化

終了予定日:2026年8月2日(日)

太元法 本館蔵

真言宗の学僧覚禅が著わした『覚禅鈔』の中の一巻で、太元帥法(国家安穏を祈る修法)の仕方について記した書。本書は覚禅の生存中もしくはそれにごく近い鎌倉時代初期頃の写本。朱の乎己止点は東大寺三論宗点である。

時代:12~13世紀|数量:1巻

花厳宗種性義抄 本館蔵

僧観円が寛仁3年(1019)に東大寺(奈良市)で著した書。寛治4年7月25日に僧定深が高野山如法房(和歌山県)で書写し、同年8月17日に仮名・乎己止点(東大寺三論宗点)を移点した旨の奥書がある。「高山寺」の朱印があり、もと同寺(京都市)に伝来したことが知られる。

時代:寛治4(1090)年|数量:1巻

七支念誦随行法 本館蔵

保延3年9月11日に、奈良の中川成身院において書写されたもの。朱書の仮名と乎己止点(喜多院点。保延3年)が加えられている。また青書の校合および仮名もあり、これは治承2年(1178)に学僧玄証が付したものである。

時代:保延3(1137)年|数量:1巻

源氏物語 紅梅 本館蔵

伏見宮邦高親王・近衛政家・一条冬良ら、公家や僧侶が54帖を各帖ごとに分担して書写したもの。冬良が統轄者で、各帖に冬良自身の奥書がある。本文は『源氏物語』の中でも河内本系に属する。

時代:長享2(1488)年|数量:1帖

古今和歌集(俊成本)下 本館蔵

10世紀初期に成立した勅撰和歌集。巻末に永暦2年(1161)の藤原俊成の奥書が書写した、いわゆる俊成本の古写本であり、その古い形態を伝える最古本として貴重である。

時代:13世紀後期|数量:1帖

御堂関白記 上巻 複製 原品:京都市 陽明文庫蔵

藤原道長(966~1027)39歳の年の自筆日記。時に正二位左大臣で、公卿の筆頭の地位に昇っていた。道長の自筆日記は現在14巻が伝わっており、いずれも一日分3行取りの具注暦(日の吉凶などの注があらかじめ書き込まれている暦)の行間余白に日記を書いている。

時代:寛弘元(1004)年|数量:1巻

終了予定日:2026年9月6日(日)

紺紙金泥法華経断簡 本館蔵

金銅藤原道長経筒に納められていた、道長自筆の経巻。経塚に埋納するため長徳4年(998)に書写したが、疫病流行でその時は埋経を断念した。寛弘4年(1007)に写経を追加して、霊山である金峯山に埋納した。江戸時代に発見された後に経巻はバラバラにされ散逸し、現在は諸機関が分蔵する。本断簡は長徳4年に書写された法華経巻第三の16枚目に相当する。

時代:長徳4(998)年|数量:1巻

類聚雑要抄 巻第一下 本館蔵

貴族階級に必要な有職(宮廷の儀礼等に関する知識)についてまとめた書。12世紀末頃に成立。饗宴の際の饗鐉(もてなしの膳)や寝殿の内部とその調度などを、彩色によって詳細に描いている。平安時代末期の有職故実研究の重要な資料。

時代:18世紀|数量:1巻

終了予定日:2026年11月8日(日)

京程並京宮城内裏諸図 複製(原品:東京国立博物館蔵)

『延喜式』(九条家本)に付属する図画。平安京内の条坊寸法や、左京・右京図、大内裏・内裏・八省院・豊楽院図が収められている。右京図の末尾は後世に補写したもの。平安京に関する古図としてはもっとも古いものの一つである。

時代:14世紀|数量:1巻

北山抄 巻第二 複製 原品:前田育徳会尊経閣文庫蔵

平安時代中期に藤原公任(966~1041)によって作られた私撰の儀式書。書名は公任が晩年に隠棲した京都・北山の地名による。恒例・臨時の儀式、太政官の政務、国司の行事などを記す。全10巻。展示個所は11月新嘗会における豊明節会の部分。本書の原本は平安時代後期の写本である。

時代:平安時代|数量:1巻

内裏式 中巻 複製 原品:宮内庁蔵(九条家本)

平安時代前期に嵯峨天皇が右大臣藤原冬嗣(775~826)らに命じて撰定させ、弘仁12年(821)に奏上された最初の勅撰の儀式書。全3巻。正月から12月までの年中行事と4項目の臨時行事とから構成される。展示個所は11月新嘗会の部分。本書の原本は鎌倉時代後期の写本である。

時代:鎌倉時代|数量:1巻

印刷文化

終了予定日:2026年8月2日(日)

【国宝】宋版漢書(慶元刊本) 巻四二 本館蔵

南宋慶元刊本として完存。「建安劉元起刊/丁家塾之敬室」「建安黄善夫刊/丁家塾之敬室」の刊記ならびに慶元年間の建安劉之問識語があり、建安(現在福建省)で刊行。直江兼続・上杉藩校興譲館伝来。

時代:南宋慶元年間(1195~1201)刊|数量:1冊

【重要文化財】宋版備急千金要方(びきゅうせんきんようほう) (金沢文庫本) 巻第一一 本館蔵

唐代に成立した医書。本書の開版は南宋の孝宗〈1163~1190〉頃のことと推定される。本文中には補刻の部分も多いが、13世紀初期のものと考えられる。金沢文庫の黒印が押されている。

時代:南宋・12世紀後期刊|数量:1冊

新刊五百家嘉慶註音弁唐柳先生文集 五山版 巻第二二 本館蔵

刊記に見える兪良甫は、明国福建仁徳里台諫坊の住人であったが、わが国に渡来し、京都に住んで、五山版の刊行に携わった。彼の他にも明の刻工が来朝しているが、その活躍を示すものである。

時代:嘉慶元年(1387)刊|数量:1冊

版本法華疏記 巻第六 本館蔵

本書は法印権大僧都承詮が願主となり、弘安5年(1282)から永仁4年(1296)頃にかけて開版したもの。叡山版は南都版や高野版に比して遺品が少なく貴重。版下筆者に宋人了一の名が見える。

時代:13世紀末刊|数量:1冊

版本群書治要 古活字版(銅活字)駿河版 巻一五 本館蔵

徳川家康は駿府(静岡市)に隠棲後、銅活字を鋳造して印刷を行わせたが(いわゆる駿河版)、本書はその一つである。そのときの銅活字は現存し、重要文化財に指定されている。

時代:元和2(1616)年刊|数量:1冊

版本大学衍義 巻第六 本館蔵

本書は朝鮮で宣徳9年(1434・甲寅年)に鋳造された銅活字「甲寅字」によって印刷されている。その文字・印刷は美しく、朝鮮における銅活字印刷技術の水準の高さをよく示している。

時代:16世紀|数量:1冊

版本貞観政要 巻第九・一〇 本館蔵

関ヶ原合戦直前の慶長5年2月、西笑承兌が徳川家康の命により刊行した旨の刊記がある。ここには家康が、秀吉の遺命により秀頼をよく輔佐していることを讃えているのが注目される。

時代:慶長5(1600)年刊|数量:1冊

版本源氏物語 古活字版 澪標 本館蔵

源氏物語に最古の版本として著名。表紙の標題は光悦風の書で、いわゆる嵯峨本の一つとされている。刊記はないが、慶長年間(1596~1614)頃に木活字をもって印刷されたものである。

時代:17世紀初期|数量:1冊

版本太平記 巻第二五・二六 本館蔵

太平記は古活字版の国文学書の中でも最も早く開版され、重版も多い。本書も刊記には「慶長十五年(1610)」とあるが、開版時の刊記を継承した元和~寛永ころの重版と推定される。

時代:17世紀前期|数量:1冊

東国と西国

終了予定日:2026年10月4日(日)

山城国神護寺(与)小野山堺絵図 複製 原品:神護寺蔵

現京都市右京区高雄に所在する神護寺の寺領と、隣接する主殿寮領小野山との堺相論に際して作成された絵図。朱で境界線が引かれ、神護寺と高山寺の伽藍も見える。裏面には年紀と当事者らの署判がある。

時代:寛喜2(1230)年|数量:1幅

薩摩国伊作庄内日置北郷下地中分絵図 複製 原品:東京大学史料編纂所蔵

伊作庄は現鹿児島県日置郡日吉町付近。荘園領主は本所が近衛家、領家が興福寺一乗院で、鎌倉末期の元亨4年(1324)に地頭大隈氏との間で下地中分が行われ、中分線を明確にするために本図が作成された。

時代:元亨4(1324)年|数量:1幅

伊予国弓削島庄下地相分差図 複製 原品:京都府立総合資料館蔵

弓削島庄は現愛媛県越智郡弓削町に所在する東寺領荘園。塩の産地として知られ、『兵庫北関入船納帳』にも港名として頻出する。地頭小宮氏と相論が繰返され、領家方三分二、地頭方三分一の下地分割が行われた。

時代:嘉元4(1306)年頃|数量:1幅

越後国荒河保(与)奥山荘絵図 複製 原品:新潟県立歴史博物館蔵

荒河保の地頭河村秀通と奥山庄の地頭和田茂長の間で堺相論が起こり、これを鎌倉幕府が裁許した際に作成された絵図。和与堺が朱線で描かれ、その両側に執権北条貞時と連署北条宣時の花押が据えられている。

時代:正応5(1292)年頃|数量:1幅

民衆の生活と文化

終了予定日:2026年10月4日(日)

年中行事絵巻 複製 巻第九 原品:京都芸術大学蔵

原本は後白河法皇が作らせた60余巻の絵巻。近世の模写で一部が伝存する。展示しているのは、「祇園御霊会」や「稲荷御霊会」などの祭礼の様子を描いた部分。「御霊会」は、病気をはやらせる貴族や天皇の怨霊をなぐさめて病魔を退散させようとした祭礼で、都の祭りはこれから始まった。

時代:12世紀|数量:1巻

大名と一揆

終了予定日:2026年8月2日(日)

請文類古文書(うけぶみるいこもんじょ) 本館蔵

京都の収集家(しゅうしゅうか)、田中教忠(きゅうちゅう)氏(1838-1934)が集めた請文類の巻物(まきもの)。複数の請文(うけぶみ)(文書の請取状(うけとりじょう)または契約書)を蒐集(しゅうしゅう)し、それを教忠が巻子装(かんすそう)に仕立てている。

右の文書(もんじょ)は、畠売却(ばいきゃく)時に作成された契約状。文中の「本文書(ほんもんじょ)」とは、物件所有の正当性を記した証拠文書のこと。売却と同時に証拠文書も買得者(ばいとくしゃ)に渡された。なお、中世社会における売却は現在の感覚とは異なり、借用した米銭を返済すれば売却地が元の持ち主のもとに戻る場合もあった。

左の文書は、石鶴丸(いしつるまる)が山階家(やましなけ)に対して年貢納入を約束したもの。年貢として収納したうち、2/3は山階家に納め、1/3を得分(とくぶん)として自らの収入にできたことがわかる。

●平三郎請文(へいさぶろううけぶみ)
写真釈文
●石鶴丸請文(いしつるまるうけぶみ)
写真釈文

数量:1巻

石見亀井家文書(いわみかめいけもんじょ) 本館蔵

石見国(いわみのくに)津和野(つわの)藩主(はんしゅ)の亀井家に伝来(でんらい)した文書の一つで、暹羅(シャム)(現在のタイ)在住の日本人・握浮哪(オークプラ)純広(すみひろ)が亀井茲矩(これのり)に宛てた書状。「握浮哪(オークプラ)(Ok Phra)」は本来シャムの官位名であるが、ここではシャム在住日本人の首領を指す。

書状には、徳川家康が茲矩を通じてシャム国王に贈った鉄砲二十挺(ちょう)が献納(けんのう)されたこと、その返礼としてシャム国王から鉛(なまり)が贈られることが記される。これにより、純広が家康のシャム国王への献上と、シャム国王からの返礼を仲介していたことがわかる。アユタヤ朝の16世紀後期から17世紀初めにかけて、シャムには一定数の日本人が居住し、商人や傭兵、職人として暮らしていた。


●握浮哪純広(オークプラすみひろ)書状(折紙(おりがみ))
写真1 写真2釈文

数量:1点

黒韋肩裾取威腹巻 本館蔵

時代:15~16世紀|数量:1領

大航海時代のなかの日本

終了予定日:2026年8月2日(日)

南蛮屏風 本館蔵

時代:17世紀|数量:1隻

花樹草花蒔絵螺鈿洋櫃 本館蔵

ポルトガル人の注文によって輸出用につくられた漆器。大小の櫃と書箪笥は、ヨーロッパ家具の形態に倣うもので、京都の工房で大量に作られ、輸出された。このほか、聖龕(聖画を入れる厨子)・書見台(聖書を載せる台)・聖餅箱(オスチアを入れる容器)などのキリスト教関連漆器も作られた。

時代:17世紀|数量:1点

終了予定日:2026年9月6日(日)

白絲威五枚胴具足 本館蔵

甲冑はその時代の主要武器のありようを反映している。弓矢が盛んだと大鎧。刀や薙刀だと腹巻・胴丸の類である。さらに鉄砲や鑓の歩兵集団戦が主体になると、鑓先や玉を外すために鉄板仕立の新様式の当世甲冑が流行した。

時代:17世紀|数量:1点