「伝統の古典菊」(2021年度)

開催概要
菊は、日本を代表する園芸植物のひとつです。菊は日本在来の植物ではありませんが、平安時代の宮廷ですでに菊花の宴が流行していたことから、遅くとも律令期には、他の文物とともに中国からもたらされていたと考えられています。平安・鎌倉時代からは日本独自の美意識により、支配者層の間で独特の花が作り出されました。筆先のような花弁をもつ「嵯峨菊(さがぎく)」は京都の大覚寺で門外不出とされ、花弁の垂れ下がった「伊勢菊(いせぎく)」は伊勢の国司や伊勢神宮との関わりで栽培されました。そして、菊は支配者層の中で宴に、美術工芸品に、不老不死のシンボルとして特権的な地位を築いていったのです。
それが、近世中頃以降になると大衆化し、変化に富む園芸種の菊花壇や、菊細工の見世物が流行したと言われています。それらの流行を支えたのが、花弁のまばらな「肥後菊(ひごぎく)」と、咲き始めてから花弁が変化していく「江戸菊(えどぎく)」です。これらに花の中心が盛り上がって咲く「丁子菊(ちょうじぎく)」を加えた伝統的な中輪種は「古典菊」と呼ばれています。
くらしの植物苑では、このような「古典菊」を2000年から収集・展示してきました。今回は、各地方で独特な特徴を持った古典菊を約120品種と歴博で実生栽培したオリジナルの嵯峨菊、肥後菊など約20品種を展示いたします。また、今年度は「外国人がみた古典菊」をテーマとして、プラントハンター(植物収集家)のロバート・フォーチュンが執筆した『江戸と北京』と旅行家のイザベラ・バード『日本奥地紀行』を題材とし、彼らが関心を抱いた菊について、パネルで紹介します。
ロバート・フォーチュンとイザベラ・バードについて
ロバート・フォーチュン(1812-1880) スコットランド生まれ。
1860(万延元)年に来日。著書『江戸と北京』(講談社学術文庫、1997年、初版は1863年)
イザベラ・バード(1831-1904) イギリス生まれ。
1878(明治11)年に来日。著書『日本奥地紀行』(平凡社、2000年、初版は1880年)
開催期間
2021年11月2日(火)~ 2021年11月28日(日)
会場
国立歴史民俗博物館 くらしの植物苑
料金
個人 100円
開苑時間
9:30~16:30 (入苑は16:00まで)
休苑日
毎週月曜日(月曜日が休日の場合は開苑し、翌日休苑)
主催
国立歴史民俗博物館
※高校生以下は入苑無料。
※障がい者手帳等保持者は手帳提示により、介助者と共に入苑無料。
※博物館の総合展示・企画展示は別途料金がかかります。
※博物館の半券の提示で、当日に限りくらしの植物苑にご入場できます。また、植物苑の半券の提示で、当日に限り博物館の入館料が割引になります。
主な展示内容
くらしの植物苑で収集し、栽培・育種した古典菊(嵯峨菊17品種、伊勢菊12品種(松阪菊3品種を含む)、肥後菊32種、江戸菊35品種、丁子菊10品種)と、江戸菊や肥後菊と同じく近世中頃からつくられている奥州菊10品種、また、当苑で種から育てた実生の新花約20品種を苑内の東屋周辺、ハウス、よしず展示場に展示します。
- 出展品種 計140品種(歴博オリジナル約20品種含む)
- 出展鉢数 約500鉢

展示風景

1)展示風景(東屋)

2)展示風景
肥後菊
宝暦年間(1751~1754)、肥後の名藩主といわれた細川重賢が、文化政策の一つとして栽培を奨励したと伝えられています。文政2(1819)年に肥後藩主別当職の秀島七右衛門が養菊指南車」という著書をあらわしてから、独特の栽培法が確立しました。

3)朱鷺の羽(ときのはね)
くらしの植物苑作出

4)金星(きんせい)
江戸菊
文化、文政期(1804~1830)に江戸市中において大流行しました。花の咲き始めは周辺の舌状花の花弁が垂れ下がり、中心部の筒状花が見えます。さらに咲き進むと中心部に近い舌状花の花弁から順次立ち上がり、いろいろに折れ曲がって筒状花を包み込むように抱えます。江戸菊は蕾から咲き開くまで10日、開いて狂いながら10日、完全に狂って(芸して)10日と、長く楽しめる花です。

5)江戸絵巻(えどえまき)

6)下谷金鶴(したやきんかく)
嵯峨菊
京都嵯峨地方で嵯峨天皇のころから栽培されていたとの説もありますが、伊勢菊と同様江戸末期頃に品種が成立したと考えられます。2m近くまで伸ばす仕立て方は嵯峨菊独特で、皇居の殿上の回廊から観賞できるようにしたといわれています。明治時代になるまでは大覚寺のみで栽培され、門外不出でした。糸のように細い多数の舌状花の花弁が、咲き始めは横に向いて開き、花芯を露出し、花弁がほぼ伸びきると真直ぐに立ち上がって刷毛状に咲くのが特徴です。

7)嵯峨の泉(さがのいずみ)

8)嵯峨の舞(さがのまい)
伊勢菊(松阪菊含む)
三重県松阪地方で、天保、嘉永(1830~1855)頃から栽培されている中輪の花です。嵯峨菊を改良して作り出したと考えられています。花弁は細長く、縮れて咲き始め、伸びるにしたがって花弁が垂れ下がるのが特徴で、珍奇な形の花をつける菊として貴重です。また、大輪咲きの伊勢菊(松阪菊)は、現存する品種も少なく貴重です。

9)暁紅(ぎょうこう)

10)歴博オリジナル
くらしの植物苑作出
奥州菊
三重県松阪地方で、天保、嘉永(1830~1855)頃から栽培されている中輪の花です。嵯峨菊を改良して作り出したと考えられています。花弁は細長く、縮れて咲き始め、伸びるにしたがって花弁が垂れ下がるのが特徴で、珍奇な形の花をつける菊として貴重です。また、大輪咲きの伊勢菊(松阪菊)は、現存する品種も少なく貴重です。

11)栄楽殿(えいらくでん)

12)愛国殿(あいこくでん)
丁子菊
江戸時代最初の流行期、元禄(1688~1736)頃に「丁子咲」として最初に現れた系統です。花芯部の筒状花が丁子弁になって盛り上がって咲くのが特徴です。

13)希望丸(きぼうまる)

14)岸の赤星(きしのあかぼし)