第5展示室
2026年3月17日リニューアルオープン!
19世紀末から20世紀初頭、新しい経済のしくみが生まれ、くらしも大きく変わりました。戦争や人びとの交流をとおして世界やアジア諸地域との関りも深くかつ複雑になっていきます。「<国民>の誕生」「近代化する人びとのくらしと仕事」「<帝国>日本の社会と人びと」という3つの大きなテーマのなかで、多様で複雑な人びとの経験に目を向けていきます。
① 〈国民〉の誕生
19世紀なかば過ぎ、日本は世界的な通商条約網に組み込まれました。明治維新はこうしたなかで行われ、新政府は近代国家をつくりはじめます。資本主義のしくみを整え、学校や軍隊を軸にして人びとを〈国民〉とする政策が行われました。「文明開化」は人びとの意識や生活様式を変えていきます。やがて日本は対外戦争を経て植民地を持つ国になります。こうした経験のなかで人びとは自らを〈国民〉とも意識するようになっていきました。
展示風景
ブラントン「日本図」(複製)
ペリー首里城より帰還の図(複製)
沖縄対話(改正再版)
単語図
開化の本
②近代化する人びとのくらしと仕事
資本主義経済の発展、貿易の拡大、植民地の獲得などによって、日本の産業構成や労働のあり方は大きく変化し、家族やくらし、地域社会にも影響をおよぼしました。近代の日本は農家や商家などの自営業が多数を占める社会でした。しかし、しだいに工場や鉱山で雇われて働く人びとが増加すると、農村からの移動が促され、新たなくらしの場がかたちづくられていきます。近代社会とは何か、ここではくらしと仕事に焦点をあてて考えてみましょう。
展示風景
貧乏教員之手記
足尾町商業案内便覧図(複製)
『風俗画報』増刊第234号 足尾銅山図絵
中国向け輸出マッチ(複製)
横浜新港埠頭(模型) 展示風景
③〈帝国〉日本の社会と人びと
20世紀初頭、日本は植民地や勢力圏を持つ帝国となっていました。帝国の社会関係は、植民地と本国、都市と農村、生産と消費といった領域で、支配と被支配、排除と包摂、中心と周辺などの要素が複雑に重なりあっていました。帝国にくらす人びとの関係も対等ではなく、それは性差といった人びとのありようにもおよんでいました。帝国日本の姿はどのようなものだったのか、人びとの生活と社会という観点から、みつめてみましょう。
展示風景
鉄道おもちゃ
布哇(ハワイ)新聞
ヌン(メガネ)
『新流行唄 大震災の歌』
二十四時家庭双六
※展示される資料は複製です
3つの視点
第5展示室では「アイヌにとっての近代」「琉球・沖縄からみた近代」「「水平」をめざして」という3つの視点も設けています。これらは、それぞれ独自の歴史や文化を育んだ人びとが経験した近代社会のありようを深めるための展示となっています。また違った角度から近代社会を考える手がかりともなるでしょう。
アイヌにとっての近代
明治政府は「北海道」を置き、植民・開拓政策を推進していきました。アイヌ民族は圧倒的な少数者となり、くらしの場を奪われていきました。また千島列島や樺太(サハリン)のアイヌは、近代の国境の変化のなかで移住を強いられました。こうしたなかでも、新しい学びの場の創造や言語・文化の継承、土地の権利の主張といったアイヌ自らが近代社会に主体的に切り結んだ動きを見つめていきます。
琉球・沖縄からみた近代
琉球王国は「琉球処分」を通じて日本に編入されました。こうした転換(「世替わり」)のなかでこの地の人びとはどのような経験をしたのでしょうか。出稼ぎや移民の経験、さらに宮古諸島、八重山諸島のくらしも視野に入れます。固有のアイデンティティを求めつつ、日本への同化も進展していった琉球・沖縄から、近代の社会や世界はどのように見えてくるのでしょうか。
「水平」をめざして
近世被差別身分であった人びとや、その居住地域への差別と排除は、近代社会においてもかたちをかえながら被差別部落の問題として続いていきました。ここでは部落差別の諸相と、それに抗する運動や活動を、戦後も視野にいれつつ描いていきます。被差別部落の人びとがつちかってきた文化や生業について紹介します。