共同利用型共同研究

館蔵資料利用型

近世の普請における入札と実施システムの検討-幕府小普請方支配御屋根方棟梁鈴木家を起点に-

研究期間:2020年度

研究代表者 岩淵 令治(学習院女子大学)
館内担当教員 大久保 純一(本館研究部 情報資料研究系)

研究目的

「棟梁鈴木家資料」は、幕府小普請方支配御屋根方棟梁の鈴木市兵衛家に伝来した資料群で、絵図面、文書、設計用木組みからなる。幕府の公共建築の普請を担当した職人については、甲良家など作事方の史料・研究が中心であり、後発で町方大工からも登用があった小普請方については不明な点が多い。

昨年度、建築史の小粥祐子氏・文献史学の工藤航平氏より館蔵資料利用型共同研究が申請され、ようやく本史料群について本格的な検討がはじまった。こうした成果に学びながら、研究をすすめ、本史料の資料図録の刊行を目指したい。

具体的には、これまでの大名家史料等での自身の検討(「幕末期松代藩江戸屋敷の作事と請負」<『大名江戸屋敷の建設と近世社会』中央公論美術出版、2013 年>ほか)をふまえ、御用大工による入札史料や根拠の作り方といった建築の入札システムの一端を明らかにすることを目指す。とくに本文書群のうち、(1)「屋根方・石方・餝方・瓦師・壁方・砂利御本途帳」(H-1586-1-4-2)と(2)設計用木組み((H-1586-2)を分析する。

(1)の「本途帳」については、すでに西和夫氏の積算技術の研究があるが、作事方の甲良家の史料の検討であり、また入札システムや、物価等の分析は充分とはいえない。「旧定法当時物」( H-1586-1-4-3)や御用日記類や御用留(H-1586-1-4- 4・5・7・8)といった文書類と合わせて検討をすすめ、他の「本途帳」との比較検討も試みたい。また、(2)は設計に重要な史料と考えられるが、管見の限り、先行研究はみられない。基礎的な情報を整理し、江戸東京博物館所蔵史料など、類似の史料との比較検討もこころみたい。

研究成果の要約

本研究では、御用大工による入札史料や根拠の作り方といった建築の入札システムの一端を明らかにすることを目指し、とくに棟梁鈴木家資料のうち、(1)「屋根方・石方・餝方・瓦師・壁方・砂利御本途帳」(H-1586-1-4-2)と(2)設計用木組み((H-1586-2)の分析を課題として掲げた。

しかし、緊急事態宣言のみならず、新型コロナウイルスcovit19の感染予防対策によるさまざまな制限によって、国立歴史民俗博物館を除き、予定していた調査がほぼ実施不可能となった。このため、東京都立中央図書館での調査の代替として、東京都公文書館の写本調査しか実施できず、(1)の全文翻刻と個別の内容、とくに書誌的な検討を行うことしか叶わなかった。

「屋根方・石方・餝方・瓦師・壁方・砂利御本途帳」については、文政8(1820)年3月の作成によるものが基本で、記述の下限は天保13(1842)年である。六つの品目のうち三品目の作成は鈴木家の当主と思われる鈴木市兵衛がかかわっていることから、鈴木家の活動が屋根方にとどまらない可能性が高くなった。また、文政8年3月を基準にしつつ、その後の市中の値段も書き加えられており、実際の運用の一端がうかがわれた。さらに、具体的に対象としてあげられる工事の場所としては、江戸城の本丸・西丸・紅葉山・二丸・三丸のほか、評定所・平川御舂屋・桜田御用屋敷・竹橋御蔵・濱御殿・深川御船蔵といった幕府の諸施設、上野寛永寺・小石川伝通院・品川東海寺などがあげられることから、従来紹介されてきた東京都立中央図書館所蔵の作事方甲良家文書とは異なり、小普請方の本途帳である可能性が高いことが確認できた。

今後、文政8(1820)年3月作成のものを含む慶應義塾大学三田メディアセンター「諸色本途帖」や作事方の本途帳、各藩の本途帳、江戸東京博物館所蔵史料の設計用木組みなど、本年度叶わなかった諸機関の関連史料の調査を実施し、比較検討をすすめたい。翻刻や、比較検討の成果については、国立歴史民俗博物館の資料図録(2022年度を予定)に反映させていく所存である。