基盤研究

館蔵資料利用型共同研究

明治初期における神葬祭墓地の理念と実態に関する調査研究

研究期間:平成30年度

研究代表者 問芝 志保(筑波大学大学院)
館内担当教員 山田 慎也(本館研究部)

研究目的

本研究は、明治初期における神葬祭墓地設置をめぐる政策の理念と実態を明らかにすることを目的とする。

明治政府はいわゆる神道国教化政策のもとで神葬祭(神式の葬儀や墓)を推進し、最低限のガイドラインとして『葬祭略式』(明治5、千家尊福ほか)を準公刊、火葬を仏教的であるとして禁止、青山墓地等の9カ所を神葬祭専用墓地と定め、その墓地の管理を神官に任せるなどの政策を敢行した。しかし明治8年に日本型政教関係の確立へ向け宗教政策が大きく転換されたことで、神葬祭政策は明治5~8年とごく短命に終わり、明治11年には葬祭は各自の随意となって、青山等の神葬祭墓地は宗教不問の共葬墓地となった。

ただしここで注目したいのは、神葬祭政策時代の活発な議論を経て整備された墓地法制が、その終了後もほぼそのままの形で踏襲され、現代にまで至っているという点である。とすれば、われわれの知る墓地制度の骨格や、墓観念、墓地運営方針といったもののなかに、神葬祭時代の名残が認められるはずである(たとえば「墳墓は清浄の地に設け永遠保存すべきものとする」など)。それでは神葬祭時代に構想された「あるべき墓地」とはどのようなものであり、そのうちのどの要素が遺され、あるいは取り払われ、現在に至っているのか。本研究は明治5~8年の神葬祭政策下で形成された墓地観・墓観、および実際に設置された墓地・墓のありようについて、文献調査と実地調査を行い、さらにその前後の時期との比較検討を行うことで、それらの特質を明らかにすることを目的とする。