基盤研究

課題設定型共同研究

近世近代転換期東アジア国際関係史の再検討-日本・中国・シャムの相互比較から

研究期間:平成28年度~平成30年度

研究代表者 福岡 万里子 (本館研究部)
研究組織

小泉順子 (京都大学東南アジア地域研究研究所)
彭 浩 (大阪市立大学)
三谷 博 (跡見学園女子大学)
村尾 進 (天理大学)
横山 伊徳 (東京大学史料編纂所)
松田睦彦 (本館研究部)
荒木和憲 (本館研究部)

研究目的

19世紀半ば以降、アジア東方の三つの政体、すなわち日本の徳川政権、中国の清朝、シャムのラタナコーシン朝それぞれが司る三様の政体は、ほぼ同時期に西洋諸国と修好通商条約を結び、近代西洋的な特徴に刻印された国際関係のネットワークの中に組み込まれていった。この「条約体制」の成立期は、日本史・中国史・シャム史それぞれの文脈で、近世から近代にかけての転換期となっている。本共同研究は第一に、この時期に当該三ヶ国の政体それぞれが、対外関係上置かれた環境、そして対外関係上とった政策を相互に比較することを通じ、各政体の近世近代転換期における外交政治の特徴を浮き彫りにすることを目的とする。また併せて、日朝関係を仲介した対馬宗家など、東アジア海域の境界領域の外交主体がこの時期にとった動向にも注目し、対象の複眼的な考察を図る(1)。一方で、近代への転換期にこれらの外交主体が行った政策は、それに先立つ近世期の比較的安定した東アジア国際関係の下で維持されていた対外関係上の慣例/政策の特徴を、相当程度に反映していたものと推定される。したがって本共同研究では、同時並行的課題として第二に、近世期の各地域の対外関係、特に代表的な国際貿易港であった長崎・広州・バンコク等における近世的対外関係のあり方を、相互に比較検討する(2)。以上(1)・(2)の両輪のアプローチを通じ、18世紀から19世紀後半にかけて、アジア東方の地域が経験した国際関係の変容と再編成の過程を、異なる地域の比較作業が可能にする新たな視点から照射することを目指したい。

近世東アジアの国際関係は、中国と他の任意の国との間の朝貢冊封関係の束のような積み重なりとして存在していたことが、想定されている。近世のシャムはこの「朝貢冊封体制」における朝貢国のひとつであった一方、近世日本は、こうした国際秩序の外縁に存在し、その間、独自の「日本型華夷秩序」を維持していたと考えられている。通商と外交の関係では、近世中国は広州・澳門から構成される珠江下流域を、近世日本は長崎を、それぞれ限定的な対外貿易港として指定し、銘々に特徴的な対外関係を維持/展開していた。他方シャムは、王室が、華人商集団との協力関係の中で、独占的な対外貿易を経営していた。この三者三様の近世対外関係のあり方を比較考察し、近世東アジアの国際関係模様を面的に把握することを試みるのが(2)の具体的課題である。これらの国際関係のあり方は、19世紀半ば以降の「西洋の衝撃」の下、大幅に変容・再編成されていった。その歴史過程の比較考察を試みるのが(1)の課題となる。

以上の課題の研究は、関係する国内外の外交関係史料やモノ資料の探訪調査を行いながら進めていく。その調査結果は、歴博の「総合資料学」や将来の展示に資するべく、随時整理・蓄積・報告していきたい。

 

研究活動報告

2016年度の研究活動

(1) 2016年3月16日、本研究会で最初の研究会(準備研究会)を歴博で実施(6名参加)。共同研究の概要説明・意見交換・メンバーの顔合わせと自己紹介を行うとともに、2016年度に予定している中国珠江デルタ地帯の巡検について、ブレーンストーミングを行った。また歴博に所蔵される長崎関係史料の閲覧調査を行った。

(2) 2016年6月25~26日、本年度第1回の研究会を歴博で実施(6名参加)。初日は福岡がまず報告「プロイセン東アジア遠征と幕末外交-研究の概要と日中泰比較の論点-」を、次いで共同研究員・小泉順子(敬称略。以下同様)が報告「近代シャムの対アジア外交-ベトナムとの国交再開交渉(1879-81年)の事例から-」を行い、各報告について質疑応答を経た上で、全体討論を行った。翌日は歴博の第2・第3展示室(中近世)を見学した(共同研究員で本館教員の荒木和憲及び福岡が各室の展示を解説)。

(3) 2016年11月26~27日、本年度第2回の研究会を実施(@天理大学、6名参加)。初日は共同研究員・村尾進がまず報告「「広東体制」の成立-雍正年間(1722-1735)を中心に-」を、次いでゲストスピーカーである井上裕正・奈良女子大学名誉教授が報告「魏源と『海国図志』の編纂-その動機を中心に-」を行い、各報告について質疑応答を経た上で、全体討論を行った。翌日は天理大学参考館を見学した。

(4) 2016年12月22~27日、中国珠江デルタ地帯の巡検を実施(7名参加)。訪れたのは広州とその近郊及びマカオである。広州市内及び近郊(黄埔・虎門)では、広州博物館や虎門海戦博物館、鴉片戦争博物館での見学・調査、及びカントンシステムやアヘン・アロー戦争関係の史跡の巡検を行った。マカオでは、マカオ海事博物館での見学・調査、及び旧ポルトガル当局、カントンシステムやアヘン戦争後の貿易関係の史跡の巡検を行った。

〔研究成果〕

  • 村尾進「「広東体制」巡検覚書(1)-2016年12月/国立歴史民俗博物館共同研究-」(『中国文化研究』第33号、2017年3月、pp.91-138)
  • 福岡万里子「プロイセン東アジア遠征と日本・中国-近世近代転換期の日中外交比較の試み」(塩出浩之編『東アジア近代における「公論」と「交際」』東京大学出版会、2016年10月、第4章、pp.107-140)
2017年度の研究活動

(1) 2017年5月26~27日、今年度第1回目の研究会を実施した(@九州国立博物館、8名全員参加)。26日は午前中、まず福岡の司会で初年度の研究会の回顧と今年度の予定の相談を行った後、共同研究員・彭浩が報告「近世港町長崎の都市空間─唐船貿易との関連から─」を行い、質疑応答が交わされた。午後はまず九博学芸員の方のご協力を得て、史料閲覧室において「長崎阿蘭陀通詞西吉兵衛家関係文書」「長崎唐館図及蘭館図巻」などの史料を熟覧調査した。次に再び会議室で、共同研究員・横山伊徳が報告「幕末(維新)史からタイを見る」を行い、質疑応答を経て、全体討論を行った。翌日は午前中、九博で開催中の特別展「タイ─仏の国の輝き」、次いで常設展示を見学した。午後は九博近辺の太宰府政庁跡及び長崎街道大野宿を巡検した。

(2) 2017年12月9~10日、今年度第2回目の研究会を実施した(@歴博、7名参加)。9日(午後)はまず、共同研究員・松田睦彦による報告「近代韓国のカタクチイワシ漁を対象とした研究の意義と展望」を得た。次いで研究代表者(福岡)が報告「1861年プロイセン使節団の対シャム条約交渉」を、1856年の米シャム条約交渉との比較の論点を組み入れつつ行った。それぞれについて十分な質疑応答の時間を設け、議論を行った。翌10日(午前)は、2017年12月23日〜29日に予定するバンコク・ペナン巡検について事前打ち合わせを行った。

(3) 2017年12月23~29日、バンコク(タイ)・ペナン(マレーシア)への巡検を実施(7名参加)。バンコク市内及び近郊では、タイ王宮及び主要寺院、タイの海外貿易を担った華人の中華街、華人墓地、アユタヤ遺跡など、シャムの国政・外交と海外貿易・海産物交易にまつわる史跡・地点の巡検を行った。ペナンは、18世紀後半以降にイギリス海峡植民地の拠点となり、タイ・バンコクと対照的な経過を辿ったインド洋海域の歴史的港市として、巡検対象に追加した。イギリス植民地統治や華人コミュニティに絡む史跡、米国初代駐日総領事タウンゼント・ハリスがペナンに滞在した折の日記叙述や第一次大戦前夜まで活動したドイツ人コミュニティにゆかりの史跡の巡見を行った。

〔研究成果〕

  • 総合誌『歴博』特集203号「比較から考える 東アジアの異文化接触」(2017年7月20日刊行)
    福岡万里子「日中泰比較から捉え直す一九世紀東アジア─日本開国をめぐる国際関係の新地平」(特集1)
    村尾進「広州の背後にある長崎/長崎の行方にある広州」(特集2)
    横山伊徳「商館長から対日兼対シャム全権委員へ」(特集3)
    小泉順子「一八八〇年代中葉のシャムと東アジア―アーネスト・サトウを糸口に」(特集4)
    彭浩「広東貿易の通行証」(コラム1)
    三谷博「マカオの石垣─日本からの技術移転?」(コラム2)
    荒木和憲「長崎唐人屋敷─塀の向こうの異国社会─」(歴史の証人)
    松田睦彦「海の生産と信仰・儀礼をめぐる文化体系の日韓比較研究」(歴博けんきゅう便)
  • 村尾進「「広東体制」巡検覚書(2)─2016年12月23日 広州市内─」(『中国文化研究』第34号,2018年3月,pp.83-110)
2018年度の研究活動

(1) 2018年5月19日~21日、今年度第1回目の研究会を実施し(@長崎歴史文化博物館、8名全員参加)、またこれに併せて長崎巡検を実施した。19日の研究会では、最初に成果論文集の作成に関する相談を行った後、共同研究員・荒木和憲が報告「幕末期徳川将軍書翰の古文書学的系譜」を行い、質疑応答が交わされた。午後はゲストスピーカー・佐野真由子氏(京都大学)の報告「『幕末外交儀礼の研究―欧米外交官たちの将軍拝謁』をめぐって」を得、朝鮮通信使の接遇儀礼の蓄積が幕末外交儀礼の創出に与えた影響に関する研究成果をご紹介いただいた。その上で、荒木が提示した知見とも絡めて、質疑応答と全体討論を行った。次にゲストスピーカー・原田博二氏(長崎純心大学)から長崎歴文博所蔵「寛文長崎図屏風」のご解説を頂き、質疑応答を行った後、翌日・翌々日に控える長崎巡検についてブレーンストーミングを行った。研究会後は、近世長崎史研究の専門家である原田氏のご解説を給わりつつ、歴史文化博物館の展示を見学するとともに、同地の長崎奉行所立山屋敷跡としての巡検も行い、さらに長崎代官所跡を経て、近世の唐寺として知られる興福寺を巡検した。
20日(終日)~21日(午前中)は、引き続き原田氏のご協力を得つつ、長崎の近世対外関係史跡の巡検を行った。具体的には、1日目は稲佐山山頂展望台から長崎湾を展望し、近世のオランダ船・唐船の入港経路や遠見番所の位置関係などを観察した後、稲佐悟真寺の唐人・蘭人・露人墓地、西泊番所跡、戸町番所跡、小瀬戸遠見番所跡、女神台場など近世築造の台場跡、新地荷蔵跡、銅座跡、唐人屋敷跡などを巡検した。2日目は、晧台寺及び大音寺後山の和蘭陀通詞名村家・今村家や長崎町年寄高島家などの墓所、諏訪神社、近世初期の唐人貿易商でその後唐通事を務めた鉅鹿家の墓所などを踏査した。
(2018年6月~12月:研究代表者福岡が人間文化研究機構若手研究者海外派遣制度で米国ニューヨークの市立大学で在外研究を行い、タウンゼント・ハリス関係史料を調査した)

(2) 2018年10月31~11月2日、米国ワシントンのスミソニアン協会及び米国国立文書館(NARA)において、幕末、1860年に徳川幕府が米国政府に派遣した使節団(万延元年遣米使節団)が持ち渡った徳川将軍国書や日米修好通商条約批准書、米国政府への贈呈品などの実見調査を行った(3名参加:横山・彭浩・福岡)。スミソニアン協会では米国政府宛て贈呈品など、NARAでは国書と条約批准書などを調査したが、後者の実見調査は、遣米使節団子孫の会の村垣孝氏・宮原万里子氏の尽力によって可能となったものであり、同子孫の会の調査に参加させていただく形で実施できる運びとなった(横山伊徳氏による調査速報〔英語〕はこちら)。なおスミソニアン協会では併せて、米国ペリー艦隊が日本から持ち渡った日本コレクションの実見や、米国総領事タウンゼント・ハリスが1857(安政四)年の最初の江戸城登城・将軍謁見の際に得た下賜品である一連の時服の実見調査を行った。

(3) 2019年2月22~27日、近世対外関係の「四つの口」の一角を占めた対馬及び韓国の釜山の巡検調査を、中近世の日朝関係史専門家である共同研究員・荒木和憲氏の協力を得て実施した(6名参加)。対馬では2月22日から25日午前中にかけ、中近世の朝鮮渡航船の発着地であった対馬北部の鰐浦・佐須奈、厳原市内の近世宗家関係史跡、対馬中部の大船越瀬戸・万関瀬戸や芋崎の幕末露艦ポサドニック号占拠跡、また明治期築造の姫神山砲台や、朝鮮通信使寄港地で日露戦争日本海海戦記念碑もある西泊などを巡検した。釜山では2月26日から27日にかけ、釜山博物館において草梁倭館関係の展示を見学、釜山市立釜山市民図書館古文献室で旧釜山日本総領事館記録として保存される幕末明治前期の日朝関係史料を熟覧、そして草梁倭館跡(龍頭山公園)や倭館を管轄した朝鮮側役所である東萊府跡などを巡検した。

(4) 2019年3月8~9日、今年度第2回目の研究会を実施した(@歴博、4名参加)。成果論集とりまとめに備えた論文の構想報告会とし、参加できた4名の共同研究員から以下の主題(いずれも仮題目)で論文構想報告を得た。:三谷博「日中における海防技術の展開―虎門・大沽と江戸湾口の比較」、横山伊徳「南北戦争と東アジア」、荒木和憲「幕末期徳川将軍書翰の古文書学的系譜」、福岡万里子「米使ハリスとシャムとの1856年条約交渉-バウリング条約見直し論を踏まえて」。欠席せざるを得なかった共同研究員からは、それぞれ「広東体制の中のS・W・ウィリアムズ」(村尾進)、「清朝の貿易管理と牌照・執照」(彭浩)、「領事裁判権に関する三国比較」(小泉順子)という仮題目で論文構想要旨が寄せられ、メンバー間で共有した。

〔研究成果〕

〔今後予定する研究成果〕

  • 共同研究の成果論文集(『国立歴史民俗博物館研究報告 特集号』2021年度刊行予定)
  • 米国スミソニアン協会での日本関係史料(万延元年遣米使節団招来の贈呈品、ハリス招来の時服、ペリー招来の日本コレクション)調査報告書(福岡万里子、『国立歴史民俗博物館研究報告』で掲載予定)
  • 米国国立公文書館(NARA)での徳川将軍国書・日米条約批准書等の調査報告書(横山伊徳、『国立歴史民俗博物館研究報告』で掲載予定)