基盤研究

公募型共同研究

近世の一枚摺文化の受容と都市社会の研究

研究期間:平成26年度~平成28年度

研究代表者 神田 由築 (お茶の水女子大学大学院)
研究組織

今岡謙太郎 (武蔵野美術大学)
岩淵令治 (学習院女子大学)
髙橋修 (東京女子大学)
髙山慶子 (宇都宮大学)
中川桂 (二松学舎大学)
西田亜未(たばこと塩の博物館)
大久保純一 (本館研究部)

研究目的

日本近世では製版印刷が発達し、瓦版や番付など一枚摺が社会情勢や文化状況を敏感に映し出してきた。迅速に制作される一枚摺は、民衆の生活に密着した資料であるが、それ故に良好な状態で残存しにくい傾向があり、まとまった形で残されている『懐溜諸屑』は貴重なコレクションである。そこで本研究では貴館蔵『懐溜諸屑』を素材として、その特質--(1)約3,400点にのぼる本格的な一枚摺のコレクションである、(2)入船扇蔵が収集した個人コレクションである、(3)商売、世相、災害、芸能など多岐にわたる内容のなかには、現代的課題にもつながるテーマが少なくない--をふまえて以下の三点を目的とする。

第一に、『懐溜諸屑』所収の一枚摺を用いて、近世後期の民衆生活や都市の社会・文化について複合的な視点から共同研究を深めるとともに、一枚摺の史料的可能性を追求する。具体的には、多岐にわたる内容に対応するために、社会史、都市史、芸能史、美術史などの研究者による共同研究のスタイルを取るが、従来のように、個々の研究にとっての断片的な史料として一枚摺を利用するのではなく、発想を転換して、むしろ一枚摺そのものからどれだけの情報が得られるか、一枚摺の可能性を主眼に据え、これまでの各自の研究蓄積と照合しながら近世後期の社会・文化の新たな歴史像の構築をはかる。

第二に、『懐溜諸屑』が近世の落語家によって収集されたコレクションであるということ自体の意味を問い直すことを目的とする。同コレクションは、その豊富な内容から研究的価値が高いことは言うまでもないが、その成立の経緯にこそ最大の特徴がある。これらの一枚摺が、どのように収集されたのか。その成立の意味を説き明かすために、落語研究の第一線で活躍する研究者との共同研究を試みる。その過程で、文化受容の問題について一定のモデルを示すことを目指す。

第三に、『懐溜諸屑』の膨大な情報を現代社会における知的財産として位置づけなおし市民に発信してゆくことも、研究目的の延長線上にある。経済活動を裏づける商標や、祭礼や芝居などの娯楽に関する資料、そして地震や火災、疫病などの災害資料など、一枚摺にうかがえる近世後期の世相は、多種多様な実態と課題とを抱える現代の都市社会にも通じるものがある。これら情報を整理し有効に発信するために、博物館学芸員(および経験者)をメンバーに組み込み、現場からの提言も行ってもらうことを考えている。

以上、本研究は三つの観点から『懐溜諸屑』の史料的可能性を共同研究のなかで総体的にとらえ、近世都市の社会・文化研究の再構築を試みようとするものである。