共同研究:藤貞幹の古瓦譜の制作過程に関する実験考古学的研究

歴博共同研究

共同利用型共同研究

藤貞幹の古瓦譜の制作過程に関する実験考古学的研究

研究代表者 村野 正景(京都府京都文化博物館)
館内担当教員 村木 二郎(本館研究部 考古研究系)

研究目的

本研究では、国立歴史民俗博物館所蔵の『古瓦譜』および関連資料を分析対象とする。目的は、江戸時代の「考古学」的営みの実態を分析して、日本考古学の発生にかかる系譜研究、つまり学史研究に新たなデータを提供することにある。具体的題材として、本研究では、江戸時代の学者・藤貞幹(1732-1797)が作成した『古瓦譜』を扱う。 日本考古学は、近代西欧科学の導入により成立したと教科書的に理解されている。申請者もそこに異論はないが、 それを遡る江戸時代の「考古学」は評価が十分でないと考える。とりわけ古瓦研究に対して顕著である。当該研究の鼻祖である藤貞幹作の『古瓦譜』は、単なる瓦片を歴史研究の資料へと価値転換したと高評価がある。ところが高橋健自や上原真人が一部の掲載品を「偽作」「捏造」と断定し、貞幹は捏造行為をエスカレートさせていったと解釈したため、その負の評価は貞幹の研究自体の評価へと転化しなかば定説化した。しかし実は彼らは『古瓦譜』の 編年をせずに解釈しており実証に欠ける。また上原が「捏造」の根拠という瓦図像の「二重採拓法」(二重に採拓して瓦を捏造する手法)自体、貞幹の工夫や技術、考証過程を単純化しすぎており検討の余地がある。つまり、『古瓦譜』制作、とりわけ古瓦の図像が実際はいかに考証・復元され制作されたかを再検討する必要がある。そこで申請者は、歴博蔵の『古瓦譜』と『聆涛閣集古帖』の「瓦帖」を主な対象として、そのほか多数の貞幹『古瓦譜』と比較し、資料の時期的位置づけを明らかにした上で、掲載される拓本・図類の詳細な制作手法研究をおこなう。とくに瓦図像の制作技術(拓本手順、加筆の仕方など)を細かく分析・分類し、そこから析出・想定した技術について実験的研究をおこない、それをもとに貞幹がおこなった古瓦の復元や考証作業の過程を明らかにしたい。こうした実証的データは、これまでの「定説」を検証し、異なる評価も生むであろう。

研究成果の要約

本研究では、江戸時代の学者・藤貞幹(1732-1797)が作成した『古瓦譜』関連資料をとりあげ、その制作過程を明らかするための研究をおこなった。主な研究対象としたのは、全国に現存する28冊中、筆者の確認できた20冊の『古瓦譜』(国立歴史民俗博物館蔵品を含む)、そして『聆涛閣集古帖』の瓦帖(以下、瓦帖)である。

とくに瓦帖はこれまでの『古瓦譜』研究の対象から外れていたため、重点的に比較検討し、その結果、『古瓦譜』編纂最初期の大阪府立中之島図書館所蔵のそれと非常に類似性が高く、また続く時期の国立国会図書館所蔵本とも一定の共通性を持つことなどが明らかとなった。そのため瓦帖は『古瓦譜』の制作初期段階と次の時期との間をつなぐものと位置付けられた。

さらに仔細に拓影を比較すると、『古瓦譜』は時期が新しくなるにつれ、文字瓦の文字が明確な個体へと変更し、また不鮮明で文字と判断できないような箇所は一度掲載していても、それを考え直して削除するといった改訂の行為が明らかになった。自らの仮説を検討し、棄却することも厭わない態度がうかがえる。

また本研究では、瓦図像の制作方法を実験的に検討した。とくに「解釈瓦」として特徴の多い「大学」銘瓦を重点的に検討した。手法としては、国立歴史民俗博物館のKhirin掲載の高精細画像等を用いてデジタル化したデータによる木版作成、木彫美術家による木版作成等を実施し、それらを複数種の拓本方法で採拓したり、筆を用いて描画したりといったやり方である。その結果、現在一般的な肉墨使用法ではなく、墨汁使用法の可能性等がうかびあがってきた。また技術的に解決すべき諸点が他にも確認でき、次年度以降に取り組むべき課題が明確となった。

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