共同研究:鉛同位体比分析による中世~近世のガラスの生産と流通に関する研究
共同利用型共同研究
鉛同位体比分析による中世~近世のガラスの生産と流通に関する研究
研究代表者 | 村串 まどか(東京電機大学) |
---|---|
館内担当教員 | 齋藤 努(本館研究部 情報資料研究系) |
研究目的
中世から近世のガラスには、カリ鉛ガラス(K2O-PbO-SiO2)やカリ石灰ガラス(K2O-CaO-SiO2)が知られる。これらの鉛同位体比分析の研究例として、福岡県の博多遺跡群や、北海道の擦文末期からアイヌ文化初期の遺跡で出土した資料を対象とした事例が報告されている。前者においては、朝鮮半島産・国内鉱山産から国内鉱山産へ原料利用が変わった可能性が、後者においては、カリ鉛ガラスは国内鉱山産原料、カリ石灰ガラスは日本列島外産原料である可能性が指摘されている。このように鉛同位体比分析によって得られた成果は、日本国内のガラスの生産や流通を理解するための重要な情報といえる。中世から近世のガラスを対象とした研究は、化学組成分析を中心に研究例が増えつつあるものの、カリ鉛ガラス とカリ石灰ガラスとの判別に基づく、大まかな流通の議論にとどまっている。例えばカリ鉛ガラスの場合、日本国内だけでなく中国でも生産されているため、化学組成分析によってカリ鉛ガラスであることがわかっても、それが中国産なのか日本国内産なのかはわからない。一方、鉛同位体比分析で得られる原料採取地域の情報は、より具体的な生産地域の推定に有効である。本研究では、主に中世から近世のガラスを対象とし、鉛同位体比分析から当時の日本のガラス生産や流通の一端を明らかにすることを目的とする。特に近世のガラスを対象とした鉛同位体比分 析の事例は多くないことから、重要な成果が得られることが期待される。
研究成果の要約
日本の中世から近世では、カリ鉛ガラスやカリ石灰ガラスという2種類のガラスが主に流通していた。これらのガラスは中国で生産され、カリ鉛ガラスは日本でも生産されていたことが明らかになっている。化学組成分析の研究例が増えたことで、国内におけるこれらのガラスの流通状況も明らかになりつつあるが、化学組成分析によってカリ鉛ガラスであることがわかっても、それが中国産なのか日本国内産なのか、判断が難しい。鉛同位体比分析では鉛原料を採取した地域を推定することができ、化学組成分析の情報に加えて流通経路の解明につなげられる期待がある。本研究では鉛同位体比分析によって、中世から近世における日本のガラスの生産や流通の一端を解明することを目的とした。
本研究の対象資料は、[1]北海道松前町の表採ガラスと[2] 国内の寺院に保管されているガラス玉を組んで製作された天蓋の残欠の2資料を想定した。[1] [2]ともに中世から近世のガラスの流通状況を知るうえで重要な資料と位置づけられるが、[2]については本研究課題実施期間中に分析の許諾が得られなかったため断念した。
[1]の地域にはかつて松前藩が置かれており、松前城下に限らず松前町内のほかの場所でも多くのガラスが表採されていることから、ガラスの生産が行われていた可能性が示唆されている。近世の日本の北方交渉の要衝であるという歴史的な側面も踏まえ、松前におけるガラスの利用を明らかにすることを目指した。鉛同位体比分析に先立って化学組成分析を実施し、合計約200点の資料から13点を鉛同位体比分析の対象資料として選出するところまで完了した。化学組成分析や資料の記録、鉛同位体比分析の対象資料の選出などの分析の準備が整いきれず、また鉛同位体比分析用の装置に不具合が生じてしまい修理に時間がかかることがわかったため、本年度は資料の選出までにとどまった。今後は鉛同位体比分析を経て、松前におけるガラスの生産や流通に関する考察を進めていきたい。