共同研究:『兼仲卿記』紙背文書にみる中世伊勢神宮領荘園の研究
共同利用型共同研究
『兼仲卿記』紙背文書にみる中世伊勢神宮領荘園の研究
| 研究代表者 | 永沼 菜未(東京大学史料編纂所/日本中世史学) |
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| 館内担当教員 | 荒木 和憲(本館研究部/日本中世史学) |
研究目的
申請者が共同利用型共同研究において調査・研究の対象とすることを希望する史料は、「広橋家旧蔵記録文書典籍類」所収『兼仲卿記』(資料番号 H-63-753-1~827)紙背文書のうち、伊勢神宮領荘園の裁判に関わる文書である。
勘解由小路兼仲の日記『兼仲卿記』が鎌倉時代後期政治史を知るうえで最も重要な史料の一つであることは論を俟たない。本館所蔵の『兼仲卿記』原本の紙背文書は、日記本文とともに記主の関わった政務に関する記述を多く含んでおり、当時の政治・経済を解明する手がかりとなる貴重な史料群である。
近年、勘仲記裏文書の会による『国立歴史民俗博物館研究報告』史料研究に代表される校訂・読解が進み、『兼仲卿記』紙背文書をとりまく史料環境は飛躍的に向上した。今後の課題は、新たに整理された史料環境のなかで、歴史像をいかに描くかという段階に移ったといえる。とはいえ『兼仲卿記』紙背文書は、森茂暁「申状の世界―『兼仲卿記』紙背に見る訴訟―」(『鎌倉時代の朝幕関係』思文閣、1991年、初出89年)で言及されているように、紙背文書という特性上、裁断や錯簡による読解の困難さを伴う。『兼仲卿記』紙背文書の研究を進めるうえで墨色や料紙など原本からしかわからない情報を精査することはなお必要性が高く、本研究も原本調査が大きな位置を占める。
本研究は、伊勢神宮領荘園を主題とする。荘園とは、奈良時代以降、中世にかけて存在した中央貴族や有力寺社による土地所有形態である。なかでも中世における荘園は「荘園制」「荘園公領制」という語によって示されるように、単なる私的土地所有にとどまらない、社会体制としての公的側面を併せ持つ点に特徴があった。
近年、院政期を含む中世前期の荘園史研究は、従来の研究成果の見直しがはかられるなど新たな局面を迎えている。そのなかで伊勢神宮領荘園の研究は、特殊な呼称や領有体系に起因する難解さや一次史料の少なさから、現在に至るまで多くの検討課題を残している。これに対し、『兼仲卿記』紙背文書は、神領興行法の発令など伊勢神宮領荘園がおかれていた状況が一変した時期の一次史料であるという点において重要な意義をもつ。本研究では、伊勢神宮が中世を代表する権門神社の1つとしてどのように朝廷の裁判に接続し、荘園経営をおこなっていたのかということを明らかにしたい。
研究成果の要約
『広橋家旧蔵記録文書典籍類』は、国立歴史民俗博物館が所蔵する代表的な公家関係史料の一つである。広橋家は初代頼資以降文官職として朝廷実務に従事したため、歴代当主による記録・文書・典籍は各時代の政務の実態を示す豊富な内容を包含している。
本研究は、中世前期の伊勢神宮領荘園を主題とする。近年、中世前期の荘園史研究は、従来の研究成果の見直しがはかられるなど新たな局面を迎えている。そのなかで伊勢神宮領荘園の研究は、特殊な呼称や領有体系に起因する難解さに加えて、同時代史料の少なさから、現在に至るまで多くの検討課題を残している。
上記の課題に対し『広橋家旧蔵記録文書典籍類』は、中世前期の伊勢神宮および社領荘園についての同時代史料が多く残存するという点において重要な意義をもつ。そこで本研究では、『広橋家旧蔵記録文書典籍類』を横断的に捜索し、『兼仲卿記』以下伊勢神宮領荘園の関連史料の熟覧と撮影をおこなった。調査の結果、報告者が令和2年度に共同利用型共同研究「中世伊勢神宮領荘園の総合的研究」で検討対象とした『田中穣氏旧蔵典籍古文書』(H-743)所収「大神宮法楽寺領文書紛失記他四通」に記載される伊勢神宮領荘園の関連史料が『広橋家旧蔵記録文書典籍類目録』にも残っていることが確認できた。上記の成果の一部について、令和3年9月におこなわれた第53回古文書学会大会にて「伊勢神宮膝下領荘園と在地寺院」という題目で研究発表をおこなった。
さらに12月11日から14日にかけて、津市三重県総合博物館、伊向神田および焼出御厨故地、鳥羽市泊浦、伊勢市河田、内城田郷、岩出、中須荘故地において現地調査をおこなった。
今後は、史料報告と研究論文を並行して進め、館蔵資料の価値を示すことを企図している。