共同研究:鉛同位体比分析から古代東アジアにおける馬具生産技術を明らかにする
共同利用型共同研究
鉛同位体比分析から古代東アジアにおける馬具生産技術を明らかにする
研究代表者 | 村串 まどか(筑波大学・日本学術振興会) |
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館内担当教員 | 齋藤 努(本館研究部/文化財科学、分析化学) |
研究目的
本研究の目的は、福岡県古賀市・船原古墳1号土坑(6世紀末~7世紀初頭)から出土した新羅製の馬具を対象に、古代の馬具生産に関わる技術伝播を解明することである。本研究では、その一つの方法として鉛同位体比分析による原料の産地推定を試みる。
船原古墳1号土坑の馬具に着目した背景には、出土品の中にガラス装飾付辻金具・雲珠が含まれている点が挙げられる。発見当初、この装飾部分の材質は不明であったが、九州歴史資料館が分析したところ鉛Pbとケイ素Siが検出され、鉛ガラスであることが明らかになった。鉛ガラスは、中国・戦国時代や漢代において、玉製品を中心に生産されたが、漢の滅亡後は西方のガラス器が多く輸入され、鉛ガラスの生産は低調となる。北魏代になると、ふたたび鉛ガラスによるガラス器の生産が始まるようになり、高鉛ガラスの製品が隋代以降に増加することが知られている。こうした背景を踏まえると、新羅におけるガラス装飾付辻金具・雲珠の製作には、中国から鉛ガラスを入手した、あるいは鉛ガラスの生産技術が新羅に伝わり新羅でガラス生産が行われた、などの可能性が想定される。またガラス装飾付辻金具・雲珠だけでなく半島製の杏葉など、共伴している他の青銅製馬具も調査の対象とし、鉛ガラスと青銅製品両方の視点で研究を進めていく。
本研究では、鉛同位体比分析によって、船原古墳出土馬具に関わる中国(隋)‐朝鮮半島(新羅)‐日本列島における物質・技術交流の一端の解明を目指す。
研究成果の要約
その中でも本研究で着目したガラス装飾付辻金具・雲珠は日本国内で発見例はなく、朝鮮半島・新羅との関係性が考えられている。この装飾に用いられたガラスは、九州歴史資料館の調査によって鉛ガラスであることがわかっている。鉛ガラスは、古くは中国で生産されていたが、朝鮮半島では7世紀初頭、日本でも7世紀後半には鉛ガラスの一次生産が行われていたと考えられている。また、近隣の福津市・宮地嶽古墳(7世紀前半)から出土した鉛ガラスは、鉛同位体比分析の結果から朝鮮半島産原料の利用が考えられている。このような東アジアにおける鉛ガラスの動向から、ガラス装飾付辻金具・雲珠は船原古墳の馬具の生産や系譜に関する重要な情報を持つ資料であると言える。本研究では、本資料と共伴した馬具を対象に、鉛同位体比分析による原料の産地推定から、その歴史的背景を考察することを目指した。
本研究は、[1]蛍光X線分析による事前調査と[2]鉛同位体比分析による本調査の2段階に分けられる。昨年度行った[1]事前調査では、計47点の出土資料について組成的な特徴を把握し、その結果を受けて研究協力者らと協議の結果、鉛同位体比分析対象資料の選出まで行った。対象としたのは、ガラス装飾付辻金具・雲珠の他に、杏葉や馬鈴である。本年度は[2]鉛同位体比分析による本調査として、サンプリングおよび鉛同位体比分析を実施した。その結果、ガラス試料については朝鮮半島産、金属試料については中国産もしくは朝鮮半島産の可能性が示唆され、これを受けて今後は考古学的な考察を進めていく。