連載「歴史の証人-写真による収蔵品紹介-」
『延喜式(えんぎしき)』にみえるアワビに関する復元資料
~一人分の長鰒(ながあわび)貢納量~
紹介する資料は律令国家の税物として貢納された長鰒(ながあわび)の復元模型である。長鰒はアワビを細長い形状で乾燥させた食材であるが、もちろん単なる食品サンプルとして製作した訳ではない。税物生産の視点を重視した調査・研究成果の可視化が目的であり、一人分の貢納量に設定した意味もそこにある。
税物として徴収された古代のアワビは、保存のために乾燥・発酵を施した加工品が多い。行政の施行細則集として一〇世紀に編纂された『延喜式(えんぎしき)』によると、二〇に及ぶ国・島から三〇種類ほどの加工品が都(みやこ)へと運搬されていた。これらは古代の食文化や古代国家の税制を理解するための重要な研究対象であるが、諸史料には加工法等の具体的な記述はなく、実態はよくわかっていない。
その中でも長鰒は比較的史料に恵まれている。『延喜式』には安房・伊予・肥前の税物として一人あたり六斤(約四〇四四グラム)の貢納が規定され、平城宮・京跡からは七尺(約二〇八センチメートル)などと長さを記す木簡も出土している。特に安房国の貢納に関わる木簡は三〇点以上も出土しており、「六斤」分を「条」という細長いものを数える助数詞で計上する特徴が見られる。条数は三〇~六二条にわたり、復元資料はこのうちの三〇条で六斤をなす事例を再現したものである。
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(1) 真ん中から二つ折りのもの3条 | (2) 均等六つ折りのもの27条 |
写真1 長鰒復元模型(計30条) |
加工法・形状の検討に際しては、伊勢神宮に奉納する熨斗鰒(のしあわび)を製造している神宮御料鰒調製所(三重県鳥羽市国崎(くざき)町)で聞き取り等の調査を実施した。熨斗鰒は中世以降の縁起物の贈答品であるが、古代の長鰒と同じ細長い形状の乾燥品であり、加工条件等の特定には有益な情報となる。現地調査の結果、使用するアワビの種類は身質の柔らかいメガイアワビ・マダカアワビが適していること、殻・腸(わた)や触手部分(ミミ)等を除外したむき身を五ミリメートルほどの一定の厚みで桂剥(かつらむ)きにすること、棹に懸けて吊(つる)し干しにして自重で引き伸ばすこと、アワビの旬の五~七月が加工時期であること等が判明した。アワビの種類や加工の時期は古代も同じ条件であろう。一定の厚みや桂剥き、吊し干しの方法も長く引き伸ばすためには不可欠な加工法と評価される。桂剥きは、むき身の外側二箇所から渦巻き状に剥く両剥き(二ジョウ剥きとも)という方法が取られ、むき身の中心が熨斗鰒の中央部、外周は細くて固い両端部といった左右対称形になる。七尺を超える長さを考慮すると、無理なく吊すためには真ん中から棹に懸ける方法が合理的であり、左右対称形となる両剥きは理に適っている。
熨斗鰒は乾燥すると半透明の飴色となり、曲げると折れてしまう固さになる。吊した形状のまま固くなるので、この状態で梱包・運搬するには長さが問題となる。神宮御料鰒調製所では奉納の二週間前に水戻しして竹筒でコロ調製をして平らとし、小口切りにしている。最終的には一条のうち幅広となる中央部は大身取鰒(おおみとりあわび)、その外側の細い箇所は小身取鰒(こみとりあわび)、両端部付近は玉貫鰒(たまぬきあわび)という三種類に調製される。三種類とも幅は決められており、大身取鰒では八分(約二四ミリメートル)である。長鰒は小口切りとはしないものの、水戻ししてコロ調製をした後に折り畳むなどの二次加工は必要であったろう。
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写真2 『延喜式』主計寮上2諸国調条(部分)(本館蔵の近世写本) | |
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写真3 『延喜式』主計寮上24安房国条(本館蔵の近世写本) | 写真4 「陸(六)斤」「参拾(三十)條」の天平17年(746)年10月上総国調鰒貢納木簡 |
具体的な長さについては木簡に見える数値は一定ではなく、安房国の木簡は条数のみの記載である。三〇~六二条の条数差は一条あたりの平均の質量差を示すが、前述の現地調査より厚みや幅が一定なことは明らかなので、質量の差は長さと比例することが注目される。貢納国は不明であるが、長鰒の木簡には一人分の貢納数として三七条とその内訳を記したものがある(『平城宮木簡一』四六一号)。七尺(約二〇八センチメートル)の長鰒が三一条、六尺四寸(約一九〇センチメートル)のものが六条と見え、ここから七尺×三一条+六尺四寸×六条=二五五尺四寸という六斤あたりの長さの総計がわかる。この総計を安房国の木簡の三〇~六二条の条数で割ることで、一条あたりの平均の長さが算出できる。復元模型の例とした六斤三〇条の場合、一条の長さは平均八尺五寸(約二五二センチメートル)となる。
なお、研究の一環として熨斗鰒の加工実験を実施しており、約三一五グラムのメガイアワビでは長さ四尺四寸(約一三一センチメートル)、幅一~二センチメートル、質量二一グラム程度となった。長さは長鰒として十分であるが、これを六斤とするには一九二条も必要となる。これと比較すると三〇~六二条の差は非常に小さい。おそらくは幅が一定サイズとなる嵩の高い大きな個体を長鰒用に選別・加工したためにその程度の条数差で収まるのであろう。加工実験の数値から換算すると三〇条で六斤となるアワビは二〇〇〇グラムほどの個体であり、それほどの大きさの個体はマダカアワビ以外には考え難い。また、長鰒を数十条で六斤とする場合、異なる長さのものを六斤ちょうどにあわせる作業は煩雑なため、同じ長さ(=質量)のもの同士をあらかじめ選別した上で六斤に合成したものと思われる。
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写真5 メガイアワビ(殻長約15.5cm) | 写真6 マダカアワビ(殻長約18.5cm) |
折り畳みの長さは安房国の木簡が参考となる。同国の長鰒貢納木簡のうち荷に括り付けるタイプのものは、長さ一尺(約三〇センチメートル)~一尺五寸(約四五センチメートル)であり、折り畳みもこの範囲の長さだと思われる。一人分の貢納アワビは一籠で管理されることも分かっているので、折り畳みの最大長一尺五寸が籠の内径としての規格サイズであり、木簡を籠の外側に括り付けたのであろう。
以上の検討により、復元模型は安房国のものを例とし、全体で六斤三〇条、両剥きの加工形状、一条あたりは長さ八尺五寸、最大幅は伊勢神宮の例に倣い八分、厚さは加工実験の結果より中央~両端で一~二ミリメートル程度、一尺五寸以下となる均等六つ折りとした。折り方は一尺五寸ぴったりで折り進む方法もあるが(図4(1))、最後が固くて細い外周部にあたるので均等六つ折りとした。この場合でも真ん中から二つ折りにした後に両端部が揃わないようにさらに各片を三つ折りとしている(図4(3))。
アワビの種類はおそらくはマダカアワビと思われるが、マダカアワビは現在では幻といわれるほど漁獲量が減っている。可能であれば模型と同サイズの長鰒を実際に作成して復元の検証材料とし、食材として実際に味わってみたいものである。
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図1 両剥き | 図2 吊し干し | 図3 両剥き概念図 |
※図1・2:松田奈穂子氏作画(部分) | ||
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図4 長鰒の折り畳み概念図 |
※模型製作は人間文化研究機構基幹研究プロジェクト「古代の百科全書『延喜式』の多分野協働研究」の調査・研究成果による。あわせて平安時代の長鰒製造風景の想定復元図も制作している(図1・2)。
清武 雄二(本館研究部/日本古代史)