連載「歴史の証人-写真による収蔵品紹介-」

歴博所蔵の漫画資料

かつて、日本の電化製品は重要な輸出品目だった。とりわけアメリカ合衆国との間では、テレビなどをめぐって「集中豪雨的輸出(concentrated export)」などと批判された時代もあった。しかし今や、欧米に旅行に出ると、量販店や街の看板を見ても、日本の電化製品は、かつてほど目立たなくなっている。しかしその一方で、日本のマンガやアニメーションを扱う店にしばしば出くわす。以前、イタリアから学生を連れて本館の展示を見に来た大学教員に、イタリアの学生は、日本の歴史はあまりよく知らないが、渋谷や新宿などの風景はとてもよく知っている、なぜならマンガでしばしば見ているからだ、と言われたことがあるほどに、日本のマンガの浸透度は高い。

2012年、ドイツで絵巻物とマンガ―日本の絵画言説 18世紀から現代までと題した展示が開催された。展示では、歌川広重などの浮世絵、近代の錦絵から、風刺マンガ、そして『はだしのゲン』まで、多岐にわたる展示資料が用意され、日本文化そのもののみならず、ドイツにおける戦争への深い洞察をも含んだものとなった。本館からも、戦時期のマンガを中心に、10点以上の館蔵資料を貸し出した。

もっとも、貸し出した戦時期のマンガは、今日の私たちが思い起こすようなストーリーマンガではなく、戦況をカリカチュアライズした風刺マンガである。いずれも、敵国をわらい飛ばしたり、日本軍の強さを示したりすることに主眼がある。そうした風刺マンガのうち、実際にドイツで展示されたものを見てみると、その関心は、ヨーロッパ諸国がどのように描かれているのかという観点から選定されているものが多い。

2014年は、第一次世界大戦の開戦から100年を数える年であった。そのため、ヨーロッパではこの大戦への関心が高まり、関連する展示やシンポジウムが数多く催された。それらを通じて、一国史のなかで戦争を語るのではなく、少なくともヨーロッパの歴史、そしてグローバルな歴史のなかで、もう一度、過去の戦争を捉え直してみようという気運が高まった。

もちろん、これは2014年に突然そうなったというわけではない。むしろヨーロッパにおける戦争の歴史をめぐる理解の、ひとつの大きな流れに即したものである。ここでは、歴博から貸し出された資料群から4点をピックアップしている。これらのうち、東条英機については日本のコンテクストに根ざした形で紹介したが、残りの3点は、展示の企画者の意図を強く反映した資料群である。つまり、単なる敵味方の対立を超えて、戦争が有する犯罪的な愚行や、それによってもたらされる人びとの嘆きすらも想像できるのである。もちろんそれは、当時の日本から見て敵に当たる国々だけの問題ではない。今になってみれば、笑い飛ばしたり、けなしたりした敵の姿に匹敵する問題を、日本やドイツも抱えていたことを、容易に想像できる。

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戦後になって、手塚治虫の活躍をひとつの契機として、日本においては数多くのマンガが描かれてきた。それぞれに、その時代の読み手を意識した作りになっているそうしたマンガも、時が経って見直してみると、それぞれの時代の世相や性格、そして様々な問題を映しだしていることがわかる。長く描かれ続けたサザエさんなどは、戦後史を考える上で格好の題材になるだろうし、バブル期に描かれたギャグマンガにも、その時代の性格がかなり強く映し出されている。もし、手許に最近のマンガがあるならば、今の時代をどのように映しだしているのか、もう一度読み直してみても面白いかもしれない。

安本亮一 「まことに神を怖れざる者 米英の聖地ローマ爆撃」
(『眼で見る時局雑誌 漫画』 第11巻第9号、1943年9月)

これは連合軍によるローマ爆撃に着想を得た風刺画である。複数回にわたって行われたローマへの攻撃による犠牲は決して小さなものではない。例えば1943年7月19日の爆撃では1800人の犠牲者が出たと言われている。

中央に描かれているのは、「ピエタ」と呼ばれる、聖母マリアが膝の上にキリストの死体を横たえて嘆いている、聖母像として有名な図像である。その上を、アメリカ合衆国のローズベルト大統領とイギリスのチャーチル首相が、爆弾を抱えて飛んでいる。聖母マリアの顔は、悲しみというよりは、むしろ怒りに満ちている。

ローマ市内には、バチカン市国がある。自らの信仰する宗教の中心であるともいえるこのローマへの爆撃を、文化的な蛮行として描いている。

なお、1943年8月13日にもローマは爆撃を受け、その翌日、ハーグ陸戦条約にもとづき、ローマの無防備都市宣言を行ったにもかかわらず、その後も空襲を受けている。

池田永一治 「靴の返報」
(『眼で見る時局雑誌 漫画』 第11巻第11号、1943年11月)

これは、1943年9月3日に調印されたイタリアと連合国の間の停戦を風刺したものである。

この停戦に先立つ7月25日に、ムッソリーニは失脚し、ポンツァ島に監禁された。そして、ピエトロ・バドリオが首相に任命され、連合国との和平に向けて動き出していた。停戦は、9月8日に世界に公表された。その直後、ドイツ軍はイタリアで軍事行動を展開し、ムッソリーニを奪還の上、「イタリア社会共和国」を樹立し、元首に据えた。そして、ドイツ軍と、連合国軍ならびにパルチザンによる戦いに入っていく。

風刺絵では、停戦によって、パドリオ首相が、長靴の形をしたイタリアをイギリス・アメリカに差し出すかのように描かれている。イギリスをシンボライズしたライオンを挟んで、フランクリン・ローズベルトとみられる大男が、パドリオの頭上にドル袋を載せている。こうしたパドリオの動きに対し、上部に描かれたもうひとつの長靴、つまりドイツが奪還をもくろんで、兵力を送っている。ハーケンクロイツの書かれたパラシュートの降下は、ドイツの介入を象徴している。

池田 永一治 「奪還どころかだんだん遠くなるビルマ」
(『眼で見る時局雑誌 漫画』 第11巻第3号、1943年3月)

象の上に、アメリカ合衆国のローズベルト大統領、イギリスのチャーチル首相、そして中国の蒋介石が座っている。象は、破れたユニオンジャックとおぼしきものを鼻で抱え、ルーズベルトは破れた星条旗の旗竿を象の頭に突き刺している。左側には、太陽に照らされるシェダゴン・パゴダ(ヤンゴンの中心にある寺院)と見られる建物がある。

これは、1942年の日本軍によるビルマ占領後の、連合軍による奪回の失敗を風刺したものである。この絵は、1943年3月に雑誌に掲載され、それから数ヶ月を経た同8月には、ビルマ国は「独立」を果たし、バー・モウ政権が樹立される。この政権は、連合軍がビルマを奪回した1945年3月に日本に逃れ、日本の敗戦によって消滅することになる。この風刺のねらいは、連合国の弱さを示すところにあるのだが、見方を変えれば、植民地主義をも背後にした、各国の思惑に翻弄されるビルマを表しているとも言える。

 

※近藤日出造「東條首相」については本誌でご覧ください。

原山 浩介 (本館研究部・日本現代史)