炭素14年代法に欠かせない較正曲線の最新版「IntCal20」に,国立歴史民俗博物館が中心となって測定を進めてきた日本産樹木年輪のデータが採用されました。較正曲線の形状が従来のものから変更され,なかでも弥生から古墳にかかる時期が大きく見直されました。

新しい較正曲線

炭素14年代法では,較正曲線を用いて炭素14年代を暦年代に修正します。較正曲線は年輪年代法などで年代の判明した資料の炭素14年代に基づいて整備され,IntCalは日本を含む北半球の陸上資料に適用される汎用的な較正曲線です。

較正曲線は数年ごとに改訂され,2020年8月には多くの新データを反映した較正曲線「IntCal20」が公開されました(Reimer et al., 2020, DOI: 10.1017/RDC.2020.41)。前版のIntCal13較正曲線では福井県水月湖の過去1〜5万年前の堆積物データが採用され,大きな話題となりましたが,それに加え,IntCal20には初めて日本産樹木年輪のデータが採用されました(図1)。


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図1 IntCal20較正曲線に採用された日本産樹木の一覧。左上から右下に伸びる曲線がIntCal20,年輪の年代範囲を資料名の左に示す(当初,この図で示されていた伊勢神宮神域倒木スギのデータはIntCal20に採用されていませんでした。2020年11月30日に修正し,お詫びいたします。大変御迷惑をおかけいたしました。)

日本産樹木年輪測定の取り組み

国立歴史民俗博物館は,奈良文化財研究所,総合地球環境学研究所,東京大学,名古屋大学,山形大学,日本原子力研究開発機構などとの共同研究,ならびに科学研究費補助金による研究を通じ,20年以上にわたって日本産樹木年輪の炭素14年代測定を継続してきました。その過程で,西暦1〜3世紀の挙動が従来のIntCal較正曲線と合致しないことを明らかにしました。今回のIntCal較正曲線の改訂は,日本産樹木年輪の挙動に合わせた形になりました(図2)。


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図2 IntCal20論文では,名古屋大学の三宅芙沙准教授による宇宙線イベントの検出(a)とともに,日本産樹木年輪の炭素14年代の挙動(b)がトピックとして取り上げられた。

期待される波及効果

弥生から古墳の資料の較正年代が,より高い精度で求められるようになります。これまでの測定結果をIntCal20に基づいて較正し直すと,年代観が大きく見直される可能性もあります。また,考古・歴史資料に限らず,火山噴火や地震などで埋もれた自然資料(埋もれ木など)の炭素14年代も高い精度で較正できるようになり,地域の災害史を正確に復元するうえでも役立ちます。

 

JSPS科学研究費補助金:09301017,21240072,23300325,25282075
MEXT科学研究費補助金:16GS0018

 

用語解説

炭素14年代法(放射性炭素年代法)

炭素の同位体(化学的な性質が同じで,重さの異なる原子)の一つである「炭素14」が,放射線を出しながら規則正しく減少する性質を利用した年代測定法。炭素14はおよそ5,730年で半減するので,およそ過去5万5千年間の資料の年代測定に利用される。地球惑星科学,人類学,考古学,歴史学など幅広い分野で応用が進む。

年輪年代法

1年に1層ずつ刻まれる樹木の年輪が,生育した年の気候を反映することを利用した年代測定法。生育年の判明した樹木年輪の幅を計測し,その変動パターンをつなぎ合わせて作成した基準データ(マスタークロノロジー)と照合して,誤差のない年代測定が可能。

2010年代に名古屋大学の中塚武教授が実用化した「酸素同位体比年輪年代法」は,年輪中のセルロースの酸素同位体比(酸素16と酸素18の比)が生育年の降水量と強い相関を示す性質を利用した,新しい年代測定法。酸素同位体比の変動パターンは木の種類によらず,離れた地域同士でも同調することが多い。

較正曲線(キャリブレーションカーブ)

炭素14年代測定で得られる値(炭素14年代)は炭素14の濃度に相当し,暦上の年代とは異なる。炭素14は規則正しく減少するので,同じ年代の資料には同じ濃度の炭素14が含まれている。そのため,未知資料の年代は年代の判明した資料の炭素14年代を集めた較正曲線と比較して,暦上の年代に修正する。

世界標準の較正曲線として,北半球用のIntCal,南半球用のSHCal,表層海水用のMarineの3種類が用意される。

較正年代

炭素14年代を較正曲線と比較して計算される年代。一定の確率(例えば95.4%)を持った年代幅で示される。資料の本当の年代は,この範囲内のいずれかに含まれる。