総合展示
第1展示室 ー原始・古代ー
日本列島に人類が登場した旧石器時代から、律令(りつりょう)国家が成立した時代まで、5つのテーマを設けて日本文化の形成過程を展示しています。縄文土器の数々、大陸との交流を物語る弥生時代の金属器や古墳時代の遺物、神社祭祀(さいし)の原点を示す沖ノ島の奉納品、平城宮の模型や正倉院文書などが見る者を原始・古代の世界へと導いてくれます。
日本文化のあけぼの(3万7000年前~3000年前)
旧石器時代から縄文時代までを展示してあります。日本列島に人が住みついてから、特色のある文化が出来あがるまでの暮らしのうつりかわりをみてください。
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縄文中期の土器 日本各地の土器の様相。 |
青森市三内丸山遺跡の復元家屋 6000年前から4500年前(縄文前・中期)までの約1500年間続いた大規模な村の跡。 |
稲と倭人(前10~後3世紀)
稲は日本列島に自然に生えていた植物ではなく、大陸から伝わってきたもので、弥生時代に本格的に栽培がはじまりました。ここでは米作りが当時の人びとの生活に、どのような影響や変化をもたらしたかを展示してあります。
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高床倉庫(1世紀) 稲の穂を摘んで収穫し、たくわえるための高い床をもつ倉。 |
大塚遺跡(前1世紀) 村のまわりに濠と土塁と柵をめぐらせた、環壕集落(かんごうしゅうらく)の典型的なかたち。 |
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銅鐸(どうたく) 弥生時代の儀式に関連する青銅器。筒状で裾(すそ)の広がった身と鈕(ちゅう)からなります。 |
前方後円墳の時代(3~7世紀)
古墳とよばれる小山のように大きな墓があります。3世紀から7世紀にかけてつくられた、王とそれにつかえた豪族たちの墓です。もっとも大きな前方後円墳は、長さが486メートルに及びます。ここでは、古墳の形や出土品のちがいから、日本列島各地にいた人々のつながりや東アジアでの交流を考え、古代に国家が出来るまでのようすを理解してもらえるように展示しています。
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箸墓(はしはか)古墳の墳丘模型(3世紀) 出現期の前方後円墳の中で最大の大きさをもつ前方後円墳。墳丘長が276mあります。 |
特殊器台から円筒埴輪へ(2~3世紀) 古墳の円筒埴輪は、弥生時代後期の岡山県を中心とする吉備地方の首長墓に供献されていた特殊な器台から生まれました。 |
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長持型石棺(5世紀) 石製の棺。これは群馬県お富士山古墳の数個の石材を組み合わせた長持型石棺です。 |
沖の島(4~10世紀)
沖ノ島は、玄界灘のまっただ中に浮かぶ東西1.5キロ、南北1キロほどの小さな孤島です。この島には、福岡の宗像大社の沖津宮(おきつのみや)があり、古代から「神の島」として人びとの信仰を集め、4世紀後半から10世紀にかけて、大がかりな神まつりが行われていました。そしてこの祭祀(さいし)は、その驚くべき豪華な奉献品からも、朝鮮半島との航海の安全を祈る国家的な性格であったと思われます。
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沖ノ島磐座(いわくら)分布模型 |
沖ノ島17号地点磐座模型(4世紀後半) |
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沖ノ島5号地点磐座模型(8世紀初期) |
律令国家(7~10世紀初)
8世紀初め、奈良に中国風の都である都城(とじょう)がつくられました。平城京です。平城京は、東西5.9キロメートルの広さをもち、道路をごばんの目のように通した計画都市です。道幅が70メートルもある朱雀大路(すざくおおじ)、青や赤ではなやかにいろどられた建物とつらなる白い壁。そうした都の美しさに、当時の人々は目を見張ったことでしょう。ここでは都の人びとのくらし、村のありさま、中央政府と諸国との間の文書行政などを中心に展示してあります。
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羅城門の復元模型 平城京の入口の正門で、高さが20メートルあまりありました。 |
都城のくらし 都城には役人が集住し、政治・経済・文化の中心となりました。 |
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正倉院文書の世界 奈良東大寺の正倉院に伝えられた文書群です。 |
















































