基幹研究

震災と博物館活動・歴史叙述に関する総合的研究

(総括研究代表者 本館・研究部 久留島 浩)

【広領域歴史創成研究】戦時/災害と生活世界の関わりに関する総合的研究

研究期間:平成24年度~平成27年度

研究代表者 原山 浩介 (本館・研究部)
研究組織

吉田 裕 (一橋大学)
宮本正明 (立教大学立教学院史資料センター)
原田敬一 (佛教大学)平成26年度休止
高村竜平 (秋田大学)
崎山政毅 (立命館大学)
山本和重 (東海大学)
宍倉正展 (産業技術総合研究所)
小川原宏幸 (同志社大学)
慎蒼宇 (法政大学)
水野直樹 (京都大学人文科学研究所)
杉本めぐみ (東京大学地震研究所)平成25年度まで
菅野正道 (仙台市博物館)
宋連玉 (青山学院大学)
大岡聡 (日本大学)
大串潤児 (信州大学)
中野聡 (一橋大学大学院)
土田宏成 (神田外語大学)
板垣竜太 (同志社大学)
冨山一郎 (同志社大学)
平川新 (宮城学院女子大学)
北原糸子 (学識経験者)
矢口祐人 (東京大学大学院)
林能成 (関西大学)
趙景達 (千葉大学)
卯花政孝 (学識経験者)
鳥山淳 (沖縄国際大学)
高岡裕之 (関西学院大学)
植村善博 (佛教大学)
諸井孝文 (株式会社開発設計コンサルタント)
谷口仁士 ((公財)地震予知総合研究振興会東濃地震科学研究所)
内田青蔵 (神奈川大学)
蝦名裕一 (東北大学)
田並尚恵(川崎医療福祉大学)
津久井進 (関西学院大学)
安田常雄 (神奈川大学)
高野宏康 (小樽商科大学)
寺嵜弘康(神奈川県立歴史博物館) 平成25年度から
根津朝彦 (立命館大学)
荒川章二 (本館研究部)
久留島浩 (本館研究部) 平成25年度まで
仁藤敦史 (本館研究部)
林部均 (本館研究部)
中野良 (本館研究部) 平成26年度から

研究目的

本共同研究は、近現代史における歴史叙述のなかでも、とりわけ震災や戦争といった「異常時」が人びとにどのように経験されたのかをめぐり、歴史叙述を再構築することを目的としている。

歴史叙述は、展示であれ文字であれ、その受け手の有するバックボーンとの関わりのなかで考えられる必要がある。例えば戦争をめぐっては、戦争の時代を生きた者、あるいは戦争の歴史と関わって生起する社会問題と深く関わりながら生きている者が生存しているなかで、戦争の記憶や残像が生々しく残っていることを前提として歴史叙述が成立してきた。本共同研究に先立つ基盤研究「近現代展示における歴史叙述の検証と再構築」においては、そうしたひとつの前提が解体していくなかで、戦争をめぐる歴史叙述をどのように再構築するのかが眼目のひとつとなっていた。

他方で、同じく先行する上記の基盤研究においては、関東大震災時における「朝鮮人虐殺」をめぐり、日朝関係史や在日朝鮮人史が十分に議論されないなかで、虐殺という突出した出来事に収斂させる形で差別を描き出そうとする歴史叙述の手法の妥当性を問おうとしていた。そこでは、差別や虐殺をめぐって、植民地主義や朝鮮史など新たな歴史的なコンテクストを挿入することで問題をよりクリアに叙述することを目指していた。

しかしながら、2011年3月11日の東日本大震災と、それによって引き起こされた原子力災害の長期化の下で、むしろ次のことが新たな課題として浮上している。

この災害においては、長期化する「異常時」が経験され続けており、そのなかで過去の震災や戦争において起こった諸現象のパラフレーズとなる事柄に連続的に直面させられることとなった。つまり、例えば、「大本営発表」を含む諸情報の受容、異常時における日常感覚の喪失/根強さの両義性、渦中における異常事態の忘却、非理性的な状況への判断と解釈、状況に固有の用語の流通といった、一面で社会学的な分析を要する現象に、今日的状況との連動性を見出すことができる。また震災そのものについていえば、これまでは今日の社会との関連を一般に見出し難かった災害史をめぐって、感受性が高まったこと、また、震災に伴って起こる社会の変化を経験しつつあるという今日的なリアリティ、ならびに今後の風化の可能性を踏まえつつ、分析視角と叙述のあり方を見直してみる必要がある。

以上のことから、過去の震災や戦争をめぐっては、こうした極めて今日的な事態や経験を前提としつつ、「異常時」であることにより内在的な叙述のあり方を模索する必要が生じてきていると考えられる。その際に留意しなければならないのは、個別の状況のなかでの人びとの判断や行動をめぐり、主体性や自発性と、さまざまな権力作用の下での強制性という、二つのベクトルの狭間に置かれたものとして理解しようとする視角である。つまり状況の全体像を十分に把握できないなかでの人びとの行動をめぐり、具体的にどのような理解が可能かを、今次の震災に関わって見られた諸現象を踏まえつつ、検討していく必要がある。さらに、震災がどのような社会変化に結びついていくのかという論点をめぐっては、それぞれの時代状況の相違を踏まえつつも、より広範な視野から検討していく必要がある。

これらを踏まえ、本研究では、「災害史」「朝鮮史」「モダニズムと震災・戦争」を分担課題としつつ、博物館における歴史表象を念頭に置きながら研究を進める。その際、当座は以下の点を切り口にとする。

  1. 戦争をめぐる今日的な理解と、戦後歴史学における戦争叙述の断層を意識しながら、戦争そのものの効果的な提示の仕方を検討する。その際、アジア太平洋戦争後に、日本社会が構造的に組み込まれてきた冷戦体制下の戦争に目配りし、断層が生じた要因に対する考察も行う。(先行する共同研究からの継承)【主にモダニズムと震災・戦争】
  2. 日朝関係史・在日朝鮮人史というコンテクストを挿入し、関東大震災における朝鮮人虐殺、恒常的な差別、戦時における朝鮮人・朝鮮半島をめぐる意識形成を再評価する。(先行する共同研究からの継承)【朝鮮史】
  3. 大正デモクラシー期の諸運動が、関東大震災を契機とする社会の再編や東京圏からの人の流動を経て、東京と地方の近代にどう作用したかを、山梨等の地域モダニズムを視野に入れながら検討する。【モダニズムと震災・戦争】
  4. 「異常時」において、強制性と主体性の狭間で人びとの判断や行動がどのように作られたのか、そしてそれらが、「異常時」であることによってどのようなドライブがかけられるのか、といった事柄を、日記や証言のなかから読み取るとともに、その要因を為すプロパガンダや報道のなかに見出す。その際、東日本大震災等、今日的な「異常」への考察と突き合わせながら議論を深めることで、日常感覚との連動性を析出することに留意する。【全グループ】
  5. 主として近代以降の震災に着目しつつ、現代における前近代の震災に対する認識とその変容を視野に入れ、多角的に災害史を検討し、今日的な状況において求められる叙述のあり方を検討する。【主に災害史】
  6. 上記の点を考慮しつつ、展示表現としてどのような形で厚みを作ることができるのか、またどのような手法が望ましいのかを検討し、今後の第5・第6展示室の改善等の土台を作る。【全グループ】