連載「歴史の証人-写真による収蔵品紹介-」
北海道に暮らした縄文人の遺産-落合計策縄文時代遺物コレクション-
1882(明治25)年、北海道に生まれた落合計策(おちあいけいさく)は青年期に近衛兵として上京したとき、考古学者であった男爵大山柏との縁で考古学に目覚めた。帰郷した落合は出身地の上磯(かみいそ)町や函館市周辺の遺跡を踏査するようになる(写真/落合治彦氏提供)。大正末年から昭和初年にかけて収集された遺物は縄文時代中心の膨大なものであり、落合コレクションとして識者の間に知られるものであった。
コレクションの大多数を占める函館周辺の遺跡は30近くにものぼるが、そのうちの主要なものは、上磯町茂辺地(もへじ)遺跡、同町添山(そえやま)遺跡、同町久根別(くねべつ)遺跡、函館市女名沢(めなさわ)遺跡であり、茂辺地遺跡がおよそ3000年前の縄文後期終末から晩期初頭、そのほかはおよそ2700~2500年前の晩期中~後葉を中心とする。
茂辺地遺跡から出土した人面装飾付注口土器などは国の重要文化財に指定されている。それ以外の資料は国立歴史民俗博物館が1981年に購入した。この欄を借りて、主要なものを紹介することにしよう。なお、落合コレクションは現在整理中であり、今年度内に写真と実測図からなるカタログを発行する予定である。
1・2.茂辺地遺跡出土 注口土器 (1:高さ14.0cm 2:高さ10.5cm) 縄文時代後期(約3000年前) |
3.久根別遺跡出土 土偶(高さ14.1cm) |
4.女名沢遺跡出土 土偶頭(幅7.0cm) 縄文時代晩期(約2500年前) |
茂辺地遺跡には注口土器が多い(1・2)。久根別遺跡の縄文を雲のような形に磨り消し、赤く塗った華麗な土器は、東北地方の亀ヶ岡式土器の特徴をよく伝えている(6~10)。北海道のほかの地域では単純なバケツ形の土器がほとんどだが、壺、鉢、台付など色々な形がみられる。
コレクションにはエトロフ島やサハリンの遺物も含まれている。
石器には北海道特有のものがみられる。北海道式石冠(せっかん)(15)は幅10センチほどの凡字形の石器で、石皿(いしざら)(16)と組み合わせて植物の実や根をすりつぶすのに使った。ウバユリの根などの加工に用いられたものかもしれない。魚形の石器(14)は、タラやオヒョウなどを釣るための擬餌である。大きな石を擦り切ってつくった石斧とそのつくりかけも採集されている(17)。日本列島では北海道に主としてみられるこの技術は北アジアに広がっており、大陸文化とのつながりをうかがわせる。
今でいうピアスは縄文文化に特徴的な装身具である(21)。茂辺地遺跡からは、土でつくった耳飾りがたくさん発見されている。女名沢遺跡からは石刀のつくりかけや破損品が大量に採集されている(19)。特定の呪具の保有量が、集落によって異なるようだ。ドーナツ状の石製品(12)は、アイヌのクックルケシという帯留めに似ている。
設楽 博己(本館考古研究部)