戻る

「イギリスの博物館と史跡で考えたこと」

(『歴博』第95号、1999年。「地球時代の日本研究」の項。)

イギリスの博物館
 昨年(1998)の5月から10ヶ月間、イギリスに行かせていただいた。目的は博物館と史跡のあり方の調査、だったが、特に驚いたのは、イギリスの博物館は、文化財の保存・公開のみならず、組織的にも活動面でも教育の比重が大変高く、幼児まで含めたあらゆる国民ないし住人、それから外国人にも開かれた、自由な学習の場となっていること。展示室での工作や「探検」などでは、親子でずいぶん楽しませてもらったし、これはすごく見習うべきことだと思うが、その話はまたいずれ。ここは「日本研究」の頁だから、日本のことを少し書きましょう。

日本の資料
 イギリスの博物館で見る日本の資料といえば、―まず印籠と根付け。これが一番人気があって、よく見かける。ヨーロッパには、ミニチュアという細かい絵を描いた小箱などがたくさんあるから、そういう目で印籠を見ると、なるほど斬新なのかもしれない。それから伊万里焼などの陶磁器、武具・甲冑。あとは漆の家具、浮世絵、能面、和服、茶道具、といったところ。ほとんど江戸から明治ころのもので、日本のイメージとしてはちょっと古典的すぎる気はするが、実際、こうした日本の文化財、というより工芸品は相当入ってきていて、バッキンガム宮殿はじめ王侯貴族の館には日本の陶磁器や漆家具(ヨーロッパ製の模造品も)がずいぶん置いてあるし、BBCのアンティーク鑑定番組でも、日本のものは毎週ひとつくらい出てくる。研究者もかなりいて、水準も高そう。私などは、印籠の作者とか根付けの年代とかには全くお手上げだが、そういうことが分かる人が、イギリスにはいる。
 日本の物といえば、あとはほとんど現代の工業製品ということになってしまうが、いやこれも、昨冬オープンしたスコットランド博物館の、市民が選んだ資料で構成された現代展示では、ラジカセからテレビ・ゲームに至る日本製品が当然のように並んでいた。
 でも、日本自体について関心を持っている人がどれだけいるかというと、それはまた別だろう。美術史はまだしも、それ以外の日本の歴史となると、関心のある人はほとんどいないのではないだろうか。輸出された「製品」だけが一人歩きしている、という状況は、実は今日に始まったことではない。

「外国語」の解説
 地球時代、と言えば、博物館や史跡で気がついたことの一つは、外国語(つまり英語以外の言語)がかなり用意されていること。パンフレット、看板、音声ガイドなどは、六言語くらいあることが珍しくない。ローマ時代の遺跡ヘイドリアンズ・ウォールの解説掲示にはちゃんと日本語版があるし、アイルランド共和国ダブリンの作家博物館にも日本語の音声ガイドがあった。いったい年間何人の日本人が訪れるのかわからないが、ともかく英語の分からない人間にも自国の文化を理解できるように配慮していることは間違いない。ただ外国語にも翻訳してある、というより、最初から色々な民族・国民に対して話しかける言葉を持っている、と言うべきだろう。
「同じ島国」とよく言うが、イギリスの歴史を紐といてみると、実は大陸と密接不可分であることはすぐにわかる。イギリスは古代には400年間もローマ帝国の一部だったから、どこの博物館へ行ってもたいていローマ時代の展示があるし、ノルマン・コンクェストのウィリアム一世をはじめ、君主やその配偶者は外国から来た人が多い。本当に「騎馬民族王朝」ができてしまったりするわけで、最初から決してただの一国史でない。それが、日本人が見てもイギリスの歴史を面白いと思わせる一つの理由かもしれない

日本史は「国学」か?
 日本史はどうだろうか。いくら事情が違うと言っても、他の世界と全く切り離された日本だけの歴史なら、日本人には「国学」として面白くても、外から見たら、何が面白いのかよくわからないだろうことは容易に想像できる。今までの日本史研究とその発信は、あまりに内向き=日本人のための日本史でありすぎたのではないだろうか。
 実際に日本の歴史がどのように世界と連動しているのかは、もっと意識的に追求する必要があろう。確かに日本語も分からない人が天皇になったり将軍になったり、ということはなかったけれど、かといって日本がずっと孤立して自己完結していたわけではもちろんない。私も含めて日本史の研究者は、ともすると日本以外のことは外国史、あるいは国際交流史という特殊な分野のこととして敬遠してしまうが、これは鎖国以来のことなのか、前号で藤尾さんも紹介していた、国民統合のためという近代の要請なのか、とにかく良くない癖、というべきだろう。
 私は最近、室町時代の14世紀末から15世紀半ばまでの間は、地方の国人領主が「花の御所」そっくりの館をつくり、幕府と直接の政治的・文化的結びつきの中で安定した地域秩序をつくっていたらしいことに注目しているが、それだけ面白がっていたのでは、やっぱり「国学」だろう。これも、明や朝鮮の建国という、汎東アジア的な安定と連動しているのかもしれない、ということに思いをいたせば、事情は少しは違ってこよう。少し目を外に、というのが一つ。
 それから、外へ語る言葉を、というのがもう一つ。形のある資料=「製品」の方は先に見たとおり。モノ以外の文化は、そのままでは伝えにくいにしても、需要は、あるはずである。日本史のいったい何が面白いのか、もう少し外の目、外からの需要を意識して語ることも必要だろう。
 英文の概説書を出すことや、比較史を行うことも悪くないが、ここで言いたいのはそういう特別に用意されたことではない。イギリスで感動を覚えたのは、個々の遺跡、個々の博物館での体験を通してである。まず博物館が―歴博が、日本語を解さない人たちにも理解できる、開かれた場にならなくては、と考えている。



戻る

National Museum of Japanese History, All rights reserved.
http://www.rekihaku.ac.jp