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「あせたるを」


 あせたるを
 ひとはよしとふ
 頻婆果(びんばか)の
 ほとけのくちは
 もゆべきものを
        (会津八一『南京餘唱』)


 色あせたのが人はよいという。仏のくちびるは真っ赤な果実のように燃えているのが本当なのに・・・・。
 高校生の時に国語の教科書で知ってから、古社寺を訪ねるたびにこの歌を口ずさむようになった。仏像にしても建築にしても、それがつくられた当初は、たしかに今とは比べものにならないくらい華麗な、時として官能さえ秘めた姿をしていたはずなのである。古色を帯びた今の姿をよしとしてはいけない。それは正しい姿ではない。閑寂なたたずまいに安堵をおぼえながら、そんな思いがいつも浮かんでくるようになった。
 そしてそれは仏像や建築に限ったことではない。青く錆びた銅鐸がかつては黄金色に輝いていたように、多くの遺物はもとの色や形を失っているし、草木に埋もれた中世の城跡もかつては建物や人馬に満ちていたはずなのである。現在に残された遺物や遺跡を見る時、それがつくられた当時とのギャップは時として非常に大きい。そう考えてみると、それをなんとかもとの状態にしてみたい、復原してみたいという思いにかられるのは必然のことだろう。
 歴博に来てから、複製品(レプリカ)の製作という仕事に携わるようになった。御存知のように、当館では展示と研究に、複製品を積極的に活用している。多くの場合、それは展示や収集が困難な原品の「代わり」という意味であり、破損や汚れにいたるまで、まったく忠実に原品を再現して作られる。これを「現状複製」と呼んでいるが、しかし、どうせ作るなら欠けた部分を補い、色も当初の状態に戻して製作しては、という考え方も成り立つわけで、これを「復原複製」と呼んでいる。この場合、完成した複製品は原品の模倣を超えたオリジナルな意味を持つことになる。そして仕上がった製品は、当然ながら大変美しい。欠けたところも、汚れも、褪色もない、過去において製作された当初と同じ姿。これこそがその資料の本来あるべき正しい姿なのだ。―と、しかし本当に言えるのだろうか。
 たとえば縄文時代の土偶はほとんどが破損した状態で出土するが、これは死と再生の呪術を行なうために意図的に破壊されて捨てられたものだという。だとすれば、現在においてそれを破壊される前の状態に戻すことは、資料の持つ意味を正しく認識する方法とは言えなくなるだろう。また、最近私の手がけた岐阜に出された織田信長の楽市令制札は、柱に打付けられた跡や日焼けによる変色が明瞭に認められ、実際に屋外に長期間掲示されていたことが明らかであった。人目につく場に自らをさらし、楽市令の内容を道行く人々に示し続けたことにこの制札の役割があったのであり、日焼けによる変色はその証しなのである。これを作られた当初のきれいな状態に戻してしまっては、この資料の果たした意味はまったく伝わらなくなってしまう。あせていることが重要なのである。
 色あせて古色を帯びたのが良いのではない。さりとて、できたばかりの当初の姿が正しいというわけでもない。真新しかったものがあせていく過程、それこそが歴史なのではないか。そこに資料が今日まで伝存してきたことの意味があるのではないか。
 うら若い女性よりも年老いた女性のほうが美しいというなら、やはりどこか無理がある。しかし、その額に刻まれた皺の一本一本に過ごしてきた人生の軌跡を読み取ろうとするなら、それが限りなくいとおしいものに見えてくるのではないだろうか。あせた資料を前にする時、我々は資料の人生に向き会うのである。

(『歴博』49号、1991年10月)



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