展示案内「中世の古文書 -機能と形-」

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文書の作成・伝達と保存-高山寺文書の例から

高山寺文書(展示風景)

小島: 文書とは、出されたものが相手に届いて内容が伝わる―それで終わりではないんです。もっと長いスパンで見なければいけないというのが最近の考え方です。

つまり、誰がどう命令して文書ができていくのかが第1段階。それが相手に届けられて機能するのが第2段階。その文書が何らかの形で保存されるのが第3段階です。第1、第2段階が一般的に注目されますが、第3段階も重要です。文書が大事に保存されたからこそ今日見ることができるのであって、逆に言うと今日見られる文書は後に残しておくこと自体に意味があったわけです。その部分を考えていく必要性があると思います。

文書に書いてある内容だけなく、なぜその文書が伝わっているのかを考えることも重要なのですね。

小島: 展示では公的な文書と当事者間での文書との2つに大きく分けて、文書の作成・伝達と保存についてお見せしています。

まず、第 II 章の公的な文書の動きの部分では、今回ぜひとも出したかった「高山寺文書」という屏風を展示しています。世界に2つしかないと言われる源義経の自筆書状があることでとても有名なものです。屏風仕立てとなっていて非常に大きいため、これまで中々展示する機会がなかったのですが、今回公開することができました。

源義経自筆書状(1185年)【重要文化財】高山寺文書(本館蔵)

「高山寺文書」とはどのような文書なのですか?

小島: 鳥羽上皇の娘である八条院の事務所に届いた文書が今日に伝わったものです。例えば義経の書状は、八条院が伊予国の荘園に使者を送ろうとして義経に伺いをたてたことに対する義経からの返事になります。

八条院の事務所にはこうした様々な文書が集積されていきます。集積された文書は一定期間保存された後、処分されます。ただ当時紙は非常に貴重ですので、簡単には捨てずに裏面を再利用します。八条院の文書も京都の高山寺へ寄進され、仏典などを書き写す紙として再利用されました。明治時代に高山寺が手放し、興味を持った人が仏典の裏面に別の文書があることを発見して屏風に仕立てるんです。それが回り回って今当館に所蔵されている、という経緯になります。

そういう経緯で今日まで伝わっているんですね。

小島: 文書は出したらそれで終わりではなく、2次的、3次的な価値が付けられながら様々な形で伝わっていきます。そうした経緯を考える上でも、「高山寺文書」はとても興味深い文書です。

合戦に飛び交う文書-合戦は「文書戦」!?

惟宗(島津)忠兼軍忠状(1338年)越前島津家文書(本館蔵)

小島: 武家文書の代表的なものとして越前島津家文書を展示しています。

越前島津家文書はどういった文書なのですか?

小島: 南北朝時代の文書ですが、特に合戦関係の文書が多い点が特徴です。突然ですが、なぜ武士は戦うのでしょうか?

…なぜでしょう。自分なりの主義主張のため?

小島: ずばり見返りが欲しいからです。正義のためとかは考えていません。戦えば見返りとして土地やお金が手に入って暮らしが成り立つ。だから戦うんです。

シンプルですね。

小島: ですので、どうやって恩賞をもらうかということを武士は常に考えているわけです。そのためには、自分がどの戦争でどれだけ活躍したのかを認めてもらう必要があるので、そのための書式が発達していきます。

なるほど。

小島: 「私はこの合戦でこれだけの戦功をあげました。間違いないですよね?」ということを大将から一筆もらうわけです。その書式を軍忠状といいます。「惟宗(島津)忠兼軍忠状」の例ですと、島津忠兼が播磨国守護の赤松円心へ「私はあの合戦の時にこれだけがんばりましたよね?」と文書を出します。それに対し円心が「間違いありません」と一筆書き添えることで、戦功が認められるわけです。

合戦ではこうした軍忠状がたくさんやり取りされるわけですよね?お互い大変ですね…。

小島: 今回展示を作っていく中で思いましたが、戦争って文書なんです。文書無しの戦争はありえないです。みんな文書のために戦い、逆に言うと文書によって戦わされています。まさしく戦争は文書の戦い―つまり「文書戦」と言えます。

そう考えると文書って恐ろしいですね。

足利尊氏御判御教書(1351年)越前島津家文書(本館蔵)

小島: そうです。文書には人を戦わせる魔力があるのかも知れません。

合戦と関連してもう一点。足利尊氏がサインした文書というのは数多くあるのですが、次の文書はちょっと変わっています。

小島: この文書は尊氏が出したものですが、威張っていますか?

前回教えていただいた知識から考えると、日付の下に花押があるので、むしろ相手に対してへりくだっているように見えます。でも将軍なのに…。

小島: そのとおりです。さらに宛先の部分でも「○○殿」と殿まで付けていて、下手に出ていることが読み取れます。実はこの文書は軍勢催促状なんです。ここで尊氏は「戦争があるから早く軍勢を率いて来てくれ!」と言っているんです。これは下手に出ないとまずいでしょ?

その状況で威張れないですよね(笑)

小島: これはとても小さい文書で、密書だろうと言われています。パタパタと小さく折りたたんで使者が密かに持って行くわけです。合戦になるとこういう文書が大量に飛び交い、場合によっては両方の陣営から「こっちの味方についてほしい」という文書が届くということです。

まさしく「文書戦」ですね。

第4回に続く