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大学共同利用機関としての歴博共同研究の公募環境民俗学と災害「歴史資料と災害像」のひらくもの

私は今回の公募共同研究に共同研究者として参加すると同時に、プロジェクトの国立歴史民俗博物館(歴博)での受け入れ担当教員でもあります。さらに過去2年間、研究委員長という立場から公募型共同研の企画にも携わってきました。プロジェクトの発足にあたって、この共同研究の歴博内での位置づけと、私自身の参加にあたっての思いを述べたいと思います。

大学共同利用機関としての歴博

国立歴史民俗博物館は文部科学省の大学共同利用機関の一つです。大学共同利用機関とは全国の大学研究者などのための研究機関で、人文系では国立民族学博物館、国際日本文化研究センター、国文学研究資料館と本館の4機関があります。歴博が発足したのは1981(昭和56)年ですが、当時大学の国際性や先進性についてさまざまな問題が提起されるようになりましたが、一方で逆に学問が個別化、タコツボ化してきた状況が問題になっていました。それを打破すべく歴博は、歴史学・考古学・民俗学の三学協業と学際的国際的な研究を通じて新しい歴史学の創造を目指してきました。

歴博の中心的な研究活動は、「共同研究」です。歴博内外の研究者が参加して基幹共同研究・個別共同研究を行う中で、専門性と学際性を兼ね備えた研究を行ってきたといえます。しかし開館して約20年が経過し、現実には閉塞感が募ってきました。真の意味での学際性、共同研究の多様性を取り戻すためにはどうすればよいのか、近年これを模索してきました。

共同研究の公募

共同研究の公募はその試みの一つです。すでに1999(平成11)年度の公募に応募した「地域蘭学の総合的研究」が開始していますが、2001(平成13)年度から始まるのは歴博所蔵の資・史料を使った共同研究(資・史料型)と、展示を目的とした共同研究(展示型)です。本館は大学利用共同機関であると同時に博物館でもある、つまり資・史料を所蔵し展示が可能です。この二つの公募はその条件を生かそうというもので、「歴史資料と災害像」は後者にあたります(前者は「水木コレクションの形成とその史的意義」<代表:高木博志京都大学人文科学研究所助教授>として発足)。

歴博外部から公募した共同研究を進めてゆくにあたっては、当然困難が予想されます。史料型共同研究の場合だと、共同研究者が資・史料をいつでも熟覧できるのかという問題、展示型共同研究の場合だと外部の共同研究者が、日常的に博物館に滞在することが必要な展示業務を遂行できるのかという問題です。

その隘路を埋めるのがCOE研究員で、この制度を活用したことも今回の公募の特徴といえるでしょう。歴博は1995年から文部科学省の中核的研究拠点(Center Of Excellence)推進プログラムの指定を受けてきました。この制度によって採用されるCOE研究員をプロジェクトの担当者として館内に置き、外部の共同研究者との連携をスムーズに行うことを目指しています。

環境民俗学と災害

以上は枠組みに関してですが、次に私自身が「歴史資料と災害像」というこの共同研究に参加する問題意識を述べたいと思います。私は民俗学研究の立場から、人間と自然の関係について考えてきました。人間と自然の関係は二つに分けられます。一つは資源、一つは脅威という側面です。社会史の区分で言うと長期波動と短期波動ということになるでしょうか。私はこれまで前者の側面、つまり生業を通じて人間が自然と対峙する面に注目してきました。ただそれでは一方的であり、脅威としての自然という面も見落としてはならないと常々思ってきました。今回の共同研究に参加することで、人と自然の関係について新たな側面から検討を加えたいと思います。

とはいうものの、この問題意識は私自身の個人的な経験に強く裏打ちされています。つまり私自身が災害に出会ったことが背景にある。第1に、私が「満州」からの引揚者であることです。引き揚げは人災だと思われるかもしれません。しかし人々にとっては天災と同じだったのではないか、というのが私の実感です。第2に、引き揚げ後に暮らしていた名古屋で、13号台風と伊勢湾台風に遭遇したという体験。特に伊勢湾台は、引揚げ部落の住民300人のうち200人近くが亡くなる被害でした。私は既に引っ越していましたが、幼なじみや隣人が死んでしまった。今から思うと引揚者ゆえに0m地帯に住まざるを得ない構造に気付きますが、この経験は強く残っています。

そして第3に、アフリカの民俗学的研究の中での体験です。私はこの10年間エチオピアをフィールドとして民俗学的研究を行ってきました。アフリカは1970年代半ばと80年代半ばに大干魃を体験しています。現地で大干魃について聞くと「災害そのものも大変だけれどもその後起きている社会現象の方がもっと大変だった」といわれます。つまり人災の側面に人々は苦しめられている。考えてみれば、私の3つの体験はすべて自然の脅威が人災に転化しています。私はこの経験をもとに今回の共同研究に取り組んでゆきたいと思っています。

「歴史資料と災害像」のひらくもの

「歴史資料と災害像」は自然科学と歴史学が共同して新たな災害像を構築しようという試みです。これまで歴博の共同研究は、歴史・民俗・考古の三学の共同によって行われてきました。しかし、自然科学も含めた共同研究と展示を同時に本格的に行うのは今回が初めてです。はたして人文科学と自然科学の協業は可能か。一つの災害像を、自然科学と人文科学の結合によって表現しようとする試みの中から何かが生まれるのではないかと思っています。

さらに、災害というテーマは、「市民にとって」という視点が大きく問われます。市民にとって災害とは何か。これはある意味では市民社会や、国民国家という枠組みを越えた問いでもあります。いわば人間にとっての課題をどう考えることができるのか、この共同研究はその課題に応えるものでもあると考えています。(談)


篠原 徹 しのはら・とおる 「歴史資料と災害像」共同研究者。国立歴史民俗博物館教授。環境民俗学。著書『海と山の民俗自然誌』(吉川弘文館、1995年)、編著『民俗の技術』(朝倉書店、1998年)ほか。