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ごあいさつ私と災害史研究学際性と災害研究研究と展示社会と学問

ごあいさつ

平成13年度国立歴史民俗博物館の公募型展示の共同研究がいよいよ発足します。この共同研究を踏まえて平成14年、15年の両年度に展示に向けた委員会が組まれ、展示への実際の取り組みが始まることになります。この二つの委員会にご自身のご研究の成果を展示で公開することをご承諾いただき、また快く御参加を決意して下さいました皆さまにまずはお礼と、そして今後の一層のご協力をお願い申し上げます。

さて、ここにお送りしますニュースレターは、これを通じて意見交換をしたり、研究上あるいは展示における新しい工夫や思い付きなどを語っていただく場として、本年度国立歴史民俗博物館の民俗研究部COE研究員として採用されました寺田匡宏さんが提案したものです。また、彼はホームページも作ろうと努力しております。そこで、まずは、この企画の研究代表者として展示構想の責任を負います私に基本的な考えを示すように要請がありましたので、どんな積もりでこの企画に外部から公募したのか、どんな展示をしようとするのかなど、今考えていることをお伝えしたいと思います

私と災害史研究

さて、この企画に応募した理由からお話ししましょう。私は「歴史地震研究会」(代表:東京大学地震研究所・都司嘉宣助教授)に発足当初から所属して、ほとんどの研究者が理系の方々の中では、数少ない歴史学の立場から災害史という領域に関心を持ってきました。理由は災害というのはその時点での社会的断面を露わにさせ、日常的にはなかなか把握できない社会事象を観察する機会が得られる瞬間だと考えていたからです。また、20年近くこの研究会に属していたのは、いろいろな分野の方々の研究に接したり、あるいは調査に参加させていただきながら、一つの事象についても学問分野を異にすると全く違った方法で事態に迫っていくということを実際に体験させてもらう機会が得られたからだと思います

学際性と災害研究

一時期、学際的という言葉が流行しましたが、この言葉の意味を、異なる学問分野の人たちがそれぞれの学問に固有の方法を駆使して同じ研究対象に挑み、総合的な視野から研究対象を把握するための視座をお互いに広げ合うことだと解しますと、なかなか簡単に実現するものではなく、成功した例も多くはなかったように思います。災害の分野では、もともとそうした研究がある程度進められていましたが、阪神淡路大震災以降その必要性がますます強く感じられるようになった分野であるように思います。なぜかと申しますと、災害こそ純粋な自然現象ではないし、純粋な社会現象でもなく、両分野からの広い視点から判断すべき事象が次々と発生したあの7年前の事態が鮮明に蘇るからです。この点は、わたしたちが共同で実現しようとしている歴史災害の分野についても同様だと思います。

歴史災害でも、当面対象とするのは地球物理的な変化がもたらす災害に限定していますが、同一の歴史資料を素材にしながら異なる分野の研究がどのような方法でどのような結論を導き出すのかを展示で公開するのには、少なくとも研究に参加する者同士がまず相互に理解している必要があります。これは物理的変化に関心をもつ理系の研究者とそれによって社会がどう動くのかに関心をもつ人文系の研究者が同じレベルで討論できるまたとない機会であると思います。それは緊張を強いられるけれども知的刺激が期待できる試みではないかと思います。そしてつぎにさらに重要なことは展示を通じてそれを一般の人にわかってもらえるものにしなければならないということです。そのことをまずここでやってみようというのがこの歴史民俗博物館の公募展示に応募した理由です。

研究と展示

災害研究に関わって来られた方々はすでに多くの人々に災害研究の究極の目的の一つは防災であり、そのことの実現に向けていろいろな場でその方策を説いてこられたと思います。しかし、展示というような間接的な方法はあまり経験されてきていないのではないかと思います。一般の人たちが展示を見てなにをどのように理解するかは予測を越える場合もあり、必ずしもわたしたちが期待するようには受け取ってもらえるものではないようです。展示は深く研究を積み重ねた立場から高踏的な議論で教え諭すというようなものとは違った要素を持つものだからです。展示を見に来てくれる人たちと同じ目線でものを問いかけ、答えを用意するというあり方が求められるように思います。どこまでそのことが個々の展示物で実現できるかわかりませんが、少なくともそうした心構えで展示をしていきたいと私は考えています。以上は展示をしていくための心構えというような領域のことです。

なぜ歴史災害なのか では、つぎになにをみんなにわかってもらいたいかという基本的なことになります。これは言葉でいえば簡単なことになりますが、歴史災害研究はどのような目的で、なにを解明することを目指すのか、またなぜ必要なのかを具体的な事例で示すということです。実際にはさまざま災害事例でそのことを展示しますので、内容も表現もそれぞれに異なるものにはなるでしょう。わたしは歴史研究者の立場からここではさまざまな災害絵図の現物を展示してみたいと考えます。原資料はそれをデジタルで表すこととは異なる資料の尊厳というべきものを発揮します。まずそうしたものを観覧する空間を多くの人たちに提供したいと考えます。そしてその絵に籠められた当時の災害への眼差しとそれを克服しようとする意志を感じ取りたいと思います。これも一種の災害の追体験だからです。こうした発想はあるいは理系の研究者には奇異に感じられるかも知れません。しかし、わたしたち歴史研究者はそれらを分析する以前にそれらが発揮する資料的威厳に吸い込まれるようにして分析を始めます。この共同研究ではこれまであまり議論の俎上に乗らなかったこうした議論も率直にしてみたいと思っています。

社会と学問

阪神淡路大震災以降、災害研究の幅は漸く拡がりを見せ始めたと思います。人間が、あるいは社会が災害に対してどう対応したのかという視点が、地球物理的変化を分析する研究に交じって登場するようになりました。また、行政が編む地域の歴史編纂でも理学的分析を盛り込んだ災害編が作られるようになりました。そこには、これまでのような歴史研究者による災害史のフォローだけではなく、地域が経験した災害を総合的に捉えたい、あるいはそうした過去の体験を詳しく知りたいと考えている一般の人たちの声が反映されていると思います。

それにしましても歴史災害研究の輪がさらに一層広がらないと研究の進展も望めないと思います。今回の展示は研究の存在を世の中に知らせるという意味と新しい研究者を増やしたいという意図も籠められています。

以上、展示を遂行していくにあたっての私の出発点での考えを申し上げました。これから、事態が進行しますとそれなりに具体化した提案をさせていただくことになると思います。また、みなさまのご意見をこのニュースレターにお寄せいただき、展示に向けての議論を活発にしていきたいと思います。(4月24日)


北原 糸子  きたはら・いとこ 「歴史資料と災害像」研究代表者。歴史学。著書『地震の社会史』(講談社学術文庫、2000年)、『都市と貧困の社会史』(吉川弘文館、1995年)ほか。