企画展示「伝統の朝顔」

8月7日 「伝統の朝顔」展オープン

8月7日(火)〜9月9日(日)まで約1ヶ月間続く植物の展示としてはとても長い展示がスタートしました。前日には関係者が集まり内覧会が行われました。この展示にあわせて開花調整してきた朝顔の花が咲きそろう中、佐原館長の挨拶、辻展示プロジェクト委員代表の説明会がありました。報道関係者も集まり、にぎやかなオープンとなりました。

8月1日 朝顔の仕立て

歴博では、変化朝顔は最終的に5号鉢に鉢上げします。朝顔はつるが伸びる植物ですので、正木系統と出物系統の親木は「行灯(あんどん)作り」に、出物は針金をらせん状に巻いて作る「らせん作り」にしています。らせん作りは花が上向きに咲きやすく自然な感じになります。正木系統には行灯やらせんをかける必要のない枝垂れや木立もあります。大輪朝顔のらせん作りは7号鉢に、つるを切り込んで作る「切り込み作り」は6号鉢に鉢上げします。また、畑に植えた朝顔は竹を組んだ支柱で大胆に仕立てたり、門を入ったところには曜白朝顔を生垣のように仕立てたりしています。

畑での大仕立て

入口風景

7月25日 浮世絵の中の朝顔

豊原国周 花揃美人くらべ

夏(暦の上では初秋)の涼を演出する植物として描かれたり、着物や小物の柄にも登場すなど、朝顔を題材とする浮世絵は少なくありません。しかし、江戸時代に2度もブームが訪れながら、変化朝顔を意識して描いたものは以外と少ないようで、大部分は丸咲の花で葉も3裂に切れ込んだ常葉が占めています。江戸後期から明治時代になると牡丹咲や采咲、花模様として絞りや刷毛目、覆輪、吹雪、曜白などを見ることができます。描かれた場景からは植木市のほか、台輪と呼ばれる、台を竹で吊した荷台を植木売りが天秤棒で担いで市中で売っている姿もうかがうことができます。

7月18日 朝顔花合せ

江戸の朝顔ブームは、文化13(1816)年秋の浅草大円寺・上野寛永寺子院の「闘花会」から始まったといわれています。その後次々と境内や作り手の自宅を舞台に変化朝顔の競い合いが繰り広げられ、優品を「六花(歌)仙」「天地人」などに見立てた見立番付が刊行されました。後に訪れる第2次ブーム(嘉永・安政期)の朝顔図譜に掲載されたのは、このような選りすぐられた花だったようです。
弘化4年(1847)年7月に浅草黒船町榧(かや)寺(正覚寺)の境内で開催された「花競(はなくらべ)」の番付を見ると、六花(歌)仙などにたとえて花名・作品名・作者を記してあるのがわかります。開催者は「下谷植木屋中」とあり、第2次ブームの中心人物で北町奉行をつとめた鍋島直孝の号「杏葉館」や、当時生産地のひとつであった行徳(千葉県市川市)でたくさんの優品を作出した植木屋「東寧菴」の名をみることができます。

7月11日 江戸期の変化朝顔ブーム

朝顔が「変化」することが知られるようになり、鑑賞用として広く栽培されるようになったのは、江戸期に入ってからです。文化・文政期と嘉永・安政期の2回にわたって変化朝顔のブームがおこりました。
文化・文政期(1804〜1830)、浅草大円寺・上野寛永寺子院で開かれた品評会(花合せ)を背景に、突然変異で生じた奇花・奇葉を楽しむ変化朝顔が人々にもてはやされました。これが朝顔の第1次ブームといわれているもので、当時江戸や大坂で刊行された園芸書をみると比較的単純な丸咲きの花と葉の組み合わせで多くの品種がつくられていたことがわかります。しかし、名前のつけかたは単純で、系統の名を表すか風雅な品種名をつけていたようです。天保の飢饉や改革で一時盛んだった園芸ブームが下火になり、再燃するのが、嘉永・安政期(1848〜1860)で、第2次ブームといわれています。図録の表紙をかざる朝顔は花が深く切れ込んだり、折り返したり、牡丹になったりしています。葉もいくつかの変異を組み合わせたより複雑なものとなっています。色は渋めのものが珍重されました。これらの花のほとんどはめしべやおしべまでもが花びらに変わってしまうため種子をつくりません。栽培法は秘密とされ、人々はこぞってよりよい花をつくるかにしのぎをけずりました。この時期には、朝顔の葉の色・形、茎の形状、花の色・形、花弁の重ねを順に記述していく命名法が確立していて、花や葉のくせを分離し、巧みに操っていたようです。これは現在の遺伝学に通ずるところでもあり、驚くべきことです。

企画展チラシ

企画展チラシ

7月4日 入谷朝顔市

桔梗台咲

現在では朝顔といえば入谷朝顔市が夏の風物詩にされていますが、これは江戸時代に何度か訪れたブームの後、明治時代に入ってから入谷一帯の植木商による大輪咲や変わり咲の朝顔が人々の間でもてはやされたことに由来しています。人々が早朝に朝顔を見物に来やすかったことなどから多くの見物客が訪れ、一躍有名になりました。

都市化とともに一旦姿を消しますが、昭和23年地元有志による地区活性化により、入谷鬼子母神境内を中心とした朝顔市が復活しました。漢字名「牽牛子」にちなみ、本来花の咲く時期でない7月初旬の七夕に開催日が決められたため、当初の開催者は大変苦労をされたとのことです。最近では子どもの守り神鬼子母神と朝顔が結びつき、子どもの健やかな成長を願って朝顔を求める人が増えてきました。花の生産は江戸川区鹿骨がその大部分を担っており、開花や出荷の調整ができる場所としてなくてはならないところです。本年度の入谷朝顔市は7月6日(金)〜8日(日)の3日間です。

6月27日 出物系統の本葉のいろいろ

複雑な突然変異遺伝子をもつ出物系統では、同じ親から葉の形が全くちがう親木と出物が分離して出てきます。

柳牡丹系統で渦が入った一品種
<系統番号636>
左:親木 「青渦葉紫丸咲」
右:出物 「青渦柳葉江戸紫采咲牡丹」
糸柳系統の一品種 
<系統番号637>
左:親木 「青蜻蛉笹葉藤紫切咲」
右:出物 「青糸柳葉藤紫細切采咲牡丹」
獅子牡丹系統の一品種
<系統番号442>
左:親木 「黄抱常葉紅丸咲」
右:出物 「黄握爪龍葉紅総風鈴獅子咲牡丹」

6月20日 出物系統の本葉のいろいろ(2)

渦蜻蛉立田葉 「508 青渦蜻蛉立田葉淡青切咲」 渦葉 「851 青渦葉鮮紅色丸咲」 鼻葉 「591 青鼻葉淡黄丸咲」 孔雀葉 「931 青水晶斑入林風孔雀葉石化白切咲」

6月13日 出物系統の本葉のいろいろ(1)

常葉 「333 青常葉木立藤色星咲(木立)」 蝉葉 「122 黄斑入蝉葉青軸白地紅時雨絞咲分大輪(咲き分け・雀斑)」 乱菊葉572 青乱菊葉青紺覆輪乱菊石畳咲 蝙蝠南天葉 「597 青渦蝙蝠南天葉淡青地藤紫吹雪筒八重咲」

6月6日 双葉のいろいろ

朝顔は多面発現といって、1つの情報をもった遺伝子が、双葉・本葉・花などのいろいろな部分に変異をもたらします。芽生えの最初の形である双葉でほとんどの変異が確かめられるので、江戸時代の人々は双葉をみて、変わった系統を探ったり観賞用の出物を選抜していました。

5月26日

5月26日(土)第38回くらしの植物苑観察会が開かれました。今回のテーマは「朝顔を育てる」。タネのまきかたから、植付け、鉢への植えかえ、つるのからませ方までをひと通り説明しました。

朝顔の土について
使用する腐葉土は、一度袋を開いて水をかけぎゅっとしぼると、大体70%くらいの湿り気が残ります。これを使用します。

苗の植え付けの深さについて
苗床から根を傷つけないようにピンセット状のもので掘り取り、深くなりすぎないように鉢に植え付けます。

5月23日

正木系統 851

「青渦葉鮮紅色丸咲」

葉の形に複雑な凹凸をもったり、よじれたりする『渦』という性質がでています。

出物系統 641

親木:「青笹葉極淡藤紫切咲」
出物:「青糸柳葉極淡藤紫細切采咲牡丹」

同じ親から生まれた兄弟です。親木とよばれるものは5枚に少し切れた花か牡丹が咲きます。出物とよんでいるほうは花びらが5枚またはたくさんの細い花びらからなる牡丹の花が咲きます。

洋品種 「ヘブンリー ブルー」

日本の朝顔とはちがうソライロアサガオの1品種です。

朝顔の近縁種 「サンシキヒルガオ」

朝顔と近縁のヒルガオの1品種です。朝顔の仲間の双葉とはちがって全体に丸みをもっています。

5月16日

種をまいて数日後、元気よく双葉が出てきました。 鉢用の特製の土も作っています。 双葉が出たら小型のポットに上げていきます。 5月14日、展示プロジェクト委員会の集まりがありました。発芽状況、系統、展示の方法を確認しました。