烏丸二条の北に位置する神社で、もとは惟喬(これたか)親王の邸小野宮の跡にあたるという。平安中期以降、飲めば疫病を免れるという霊泉霊水信仰から名井の一つとされ、祇園社の御旅所が設けられて、三基の神輿のうち一基がこの井戸の上に安置された。内裏の南辺を渡御したので、特に朝廷関係者の関心と信仰を集めた。