研究活動一覧

科学研究費補助金による研究

平成16~20年度 文部科学省・科学研究費補助金 学術創成研究費:
弥生農耕の起源と東アジア-炭素年代測定による高精度編年体系の構築-

近畿の弥生前・中期の年

1 2005年度の概要

2005年度(2005年1月~12月)は、中四国・近畿地方では縄文前期~晩期、弥生前期~後期、古墳前期に属する土器付着炭化物(88点)、木材(101点)、炭化材(9点)、漆(1点)、植物ツル(1点)の試料31遺跡計200点の炭素14年代を測定しました。それらの測定結果のうち近畿地方にかぎって成果の一部を紹介します。

2 近畿の弥生開始年代

近畿地方における弥生時代の開始時期について、前年度までに奈良県唐古鍵遺跡、大阪府水走、瓜生堂遺跡の前期土器(Ⅰ期前半、中頃)の付着炭化物を測定したところでは、前8世紀中頃~前7世紀末が上限でした。測定した点数が十分でなかったので、今年度はⅠ期前半に属する八尾市木の本、東大阪市若江北、同水走、神戸市本山遺跡の資料の測定をおこないました。
その結果、木の本遺跡は前8~5世紀を示しましたが、若江北、水走、本山の試料は前8~前6世紀を示し、いわゆる「2400年問題」の前半に位置していることから、近畿における弥生時代の開始は前7世紀までさかのぼる可能性が依然としてあると考えました。長原式も同様に前8~前6世紀を示しており、Ⅰ期前半と重なっている。遺跡でのあり方からも、前7~前6世紀頃に同時に共存した可能性がつよいことを示しています。長原式に先行する突帯文土器の口酒井式は測定例が少ないが、前8~前7世紀頃です。
なお、Ⅰ期後半は、大阪府瓜生堂、水走、兵庫県東武庫遺跡が前7~前5世紀、大阪府美園遺跡が前4~前3世紀であって、前5世紀から前4世紀のどこかに前期末がくることを示しています。

3 堰(せき)跡(あと)の年代

大阪府牟礼遺跡は1985年に茨木市教育委員会が発掘調査し、縄文晩期の突帯文土器の時期に属する堰跡として当時、大きな話題になりました。しかしその後、類例が見つからなかったこともあり、最近ではとりあげることがなくなっています。そこで、炭素14年代を測定し、問題の解明をはかりました。その結果は次のとおりでした。

堰の杭1 : 前595年~前405年(61.3%) 堰の杭2 : 前795年~前515年(95.4%) 堰の杭3 : 前595年~前400年(70.8%) 縄文晩期土器 : 前800年~前735年(48.0%)、前690年~前660年(16.0%)、 前650年~前545年(31.5%) 1条突帯文土器 : 前830年~前750年(84.2%) 弥生前期土器 : 前785年~前505年(92.8%)

問題の堰をつくっていた杭の年代は3点のうち2点が前6~前5世紀、1点が前8~前6世紀で、弥生前期土器の年代と重なる一方、1条突帯文土器は前9~前8世紀を示し、杭すなわち堰の年代は弥生前期まで下る可能性が高いと判断しました。  兵庫県伊丹市岩屋遺跡は、2003~04年に兵庫県教育委員会が発掘調査をおこない、弥生時代の堰跡が見つかりました。出土土器から弥生前期と推定されましたが、他機関が堰に使っている杭の炭素14年代の測定した結果では前3世紀後半であったので、時期比定に問題が投げかけられました。そこで、現地においてPG液がかかっていない個所から新たに試料を採取して測定しました。その結果、堰1は前430~370年で前400年頃を中心とする前期末、堰2は前390~前350年で前400年をやや下る前期末ないし中期初め時期または前290~230年で前200年頃の弥生中期中頃、護岸施設は前485~前405 年で前400年頃の前期末と判断しました。

4 弥生中期の年代

大阪府美園遺跡の3点、新上小阪遺跡の4点、亀井遺跡の1点、兵庫県玉津田中遺跡の4点など測定例のほとんどが、前4~前3世紀にまとまっています。
2003年に奈良県田原本町唐古鍵遺跡の第93次調査で田原本町教育委員会が発掘した、近畿期前半の大型建物跡にのこされていたケヤキ材の柱根(辺材型)の炭素14年代を測定しました。IntCal04にもとづいてウィグルマッチング法により計算したところ、その年代を前290~前255年(68.9%)、前205~前165年(26.5%)、最頻値は前270年(後者のばあいは前170年)としぼり込むことができました。Ⅲ期前半の1点は前3世紀前半の可能性があることを示しています。
1998年に守山市埋蔵文化財センターが下之郷遺跡の第25次調査で発掘し、年輪年代が前272年と測定されている3号溝No.83出土の木材(辺材型)を測定し、IntCal04にもとづいてウィグルマッチングをおこなったところ、前285~前255年(95.4%)、最頻値は前270年としぼり込むことができました。時期は期に相当します。
2002年に東大阪市教育委員会が実施した大阪府東大阪市瓜生堂遺跡第47-2次調査で見つかった瓜生堂4号方形周溝墓の5号木棺の底板(辺材型)の炭素14年代を測定しました。ウィグルマッチング法により、その年代を前210~前145年(88.3%)、最頻値は前175年としぼり込むことができました。伴出した土器はⅢ期後半です。
大阪府池上曽根でⅣ期が前52年、兵庫県武庫庄で期前半が前245年という年輪年代値を定点として用い、今回の炭素14年代にもとづく唐古鍵、下之郷と瓜生堂のデータを援用するならば、Ⅱ期の上限つまり弥生中期の始まりは前300年を超える前4世紀代であるとみるのが妥当でしょう。
ウィグルマッチング法による木材の伐採年代をしぼり込んで、伴出土器の炭素14年代をチェックすると同時に、年輪年代との照合をおこなうことによって、その精度を確認していますので、近畿の弥生前・中期の年代は、いっそう確かになってきたといえると思います。

(文責 春成秀爾)