基盤研究

館蔵資料利用型共同研究

デジタル・アーカイブズの拡充を通した中世の写経事業についての研究 ―館蔵の神護寺経と金沢貞顕寄進「紺紙金字法華経」の料紙・装飾・絵画分析を中心に―

研究期間:平成30年度

研究代表者 相田 愛子(立命館大学衣笠研究機構)
館内担当教員 小倉 慈司(本館研究部)

研究目的

古写経のなかでも、潜在的な情報が見過ごされてきた「紺紙金(銀)字経」という作品群について、実地調査による基礎的および光学的データを収集し、デジタル・アーカイブズの拡充を通じて、個別資料や中世における写経事業(製紙技法・材料調達・絵画装訂の変遷などを含め)の考察を深めることを目的とする。

とくに研究の進んでいない13~16世紀における「紺紙金字経」の美術史的特質については、基礎的調査により、仏教絵画のみならず、絵巻物や古典籍などと同一の地表で結びつけ、有機的に明らかにする必要がある。

さらに、非破壊検査であり負担の少ないLED近赤外線照射装置を使用した高精細デジタル写真撮影によって、材質の判断が可能となるため、料紙には(1)地方産和紙と(2)再生紙の2種類があることが分かってきた。(1)の場合には、藍色に潜んだ墨書・墨印・花押が検出され、紙を調達した主体ごとのシルシとしての分析が待たれる。(2)の場合には、反故文書の表裏をそのまま利用する方法と、漉き返した漉返紙を利用する方法がある。前者は藍染に隠れた古文書として貴重であり、申請者の報告で知られることとなった後者は、制作が京都ないしは鎌倉に限定され、追善目的の文学や法会との関わりも見込まれる。いずれの場合も、画像データベースの構築による比較考察や、文献史学的分析と合わせて立体的な写経事業が解明できるものと期待される。

このように分野を横断する独自の研究手法を個人レベルで実施することで、立体的な探求を試みたい。

研究成果の要約

本研究では、国立歴史民俗博物館に所蔵される日本古代~中世に制作された古写経について、個々の資料の実物調査にもとづき、なおかつ追跡調査のできるようなかたちで、基礎情報や光学調査による情報を採り集めデジタライズしていくこと、およびその過程で写経事業(製紙技法・材料調達・絵画装訂の変遷などを含め)の考察をしてゆくことを計画した。

ただし研究期間が一年と限られることから、対象を「紺紙金(銀)字経」に絞ることとした。なぜなら近年の研究状況では、とくに中世の「紺紙金(銀)字経」の料紙には、(1)新品の地方産和紙と、(2)再生紙の2種類があることが分かってきていたからである。ちなみに(1)の場合には、藍染に隠れた署名・文字・記号が検出されることがあり、これを古写経のデジタル・アーカイブズで取りまとめることにより、紙を調達した主体ごとのシルシとしての分析が期待できるのではないか、と見込んでいる。一方で(2)の場合には、より古い時代の古文書・書状や、古紙を漉き返した墨の粒子が検出されることとなる。

そこで実物調査では、料紙各部位の法量をはじめ、簀目や紙圧などの計測、肉眼による目視観察といった基礎調査にくわえ、デジタル赤外線カメラでの撮影、実体顕微鏡での観察と撮影を行うこととした。その成果として、神護寺経や金沢貞顕寄進「紺紙金字法華経」をはじめとして10件程度の「紺紙金(銀)字経」や比較資料について調査を終え、赤外線デジタル撮影により計4 巻から藍染に隠れた墨書・記号を検出した。これらは絵画様式から院政期、1120年代から40年代に制作されたものと推定される。一方で、金沢貞顕が制作した「紺紙金字法華経」7巻は赤外光を透過せず、漉返経(もしくは料紙に墨を含むか)であることが判明した。つづいて各資料の料紙法量についてデータ解析を行ったところ、墨書を検出した4巻を含む院政期の写経料紙には共通性があり、数値による傾向を抽出できる可能性を提示した。また『延喜式』巻第十三「図書寮」の記述を現存資料とあわせて考察することで、写経の制作手順の実際や具体的規則の一端が明らかになった。

今後は、得られた数値や画像をさらなるデータサイエンティフィクな解析へとつなげ、写経事業の具体的な考察を行う予定である。