年度別研究調査報告

2012年10月31日~11月18日

第2回ライデンのシーボルトコレクションに関する日本調査

国立歴史民俗博物館・松井「ブロンホフ・フィッセルチーム」

[調査地]26施設訪問閲覧、江ノ島(貝広物産、渡辺物産本店)神奈川県立歴史博物館、箱根関所資料館、箱根旧街道資料館、元箱根・畑宿・湯本にて、寄木細工専門店巡り、箱根町郷土資料館、小田原城天守閣内常設展、小田原市郷土文化館、畑宿寄木会館、本間寄木美術館、金指ウッドクラフト・田中幸一氏工房、大田区立郷土博物館、水口屋(興津脇本陣)、さった峠小池邸、正雪紺屋、由比本陣公園東海道広重美術館、東海道由比宿交流館、東海道由比宿おもしろ宿場館、静岡市文化財資料館、静岡市古美術商・郷土玩具店巡り、三嶋暦師の館(三島暦・三島茶碗)、沼津市歴史民俗資料館、富士市市立博物館、駿府匠宿工芸館、早稲田大学中央図書館西垣文庫

[調査目的] ライデン国立民族学博物館所蔵ブロンホフ、フィッセル手稿目録(コレクションをオランダ国王に売却の際に記した目録)刊行のための現地(収集品調達地)調査

[調査担当] マティ・フォラー(ライデン国立民族学博物館)、フォラー邦子(日本博物館シーボルトハウス)

[成果]
 ブロンホフ、フィッセル、シーボルトの収集品と記述に基づき、府中宿(静岡県静岡市葵区)から、神奈川宿までを歩き、各地の工芸品を調査した。今年は、まず地元の郷土資料館で図書の調査、そして、学芸員との意見交換を行った。これで、短い調査期間ながら、効率よく調査することが可能となった。一方で、時間的に訪問先を絞らざるを得なくなったのは事実だが、調査全体としては、最大限の効果を得られたものと思う。さらに、絶版となっている貴重な書物も、静岡県庁教育委員会文化財課や箱根町郷土資料館に出向くことで入手することができた。これは、帰国後の目録の仕上げに向けて、たいへんに大きな収穫となった。
 今回、調査対象とした工芸品は、六種類で、貝細工、寄木細工、挽物細工、竹細工、漆器・和紙である。

1. 貝細工

*神奈川県立歴史博物館・江ノ島(貝広物産・渡辺物産本店)・大田区立郷土博物館・沼津市立歴史民俗博物館
 江ノ島の土産物だが、オランダ人の一行は江ノ島には立ち寄っていない。また、ブロンホフの記述に「原(宿)は貝」(細工?)という微妙なものがあり、原宿(静岡県沼津市)の可能性も含めて調査を行った。両地を調査し、ブロンホフコレクションの貝細工は「江ノ島」産と特定するのが妥当と判断した。ただ、江ノ島ではすでに江戸期の貝細工の生産を長く中止しており、現在、土産物として売られている貝細工も東南アジアで作らせているという。貝細工については、ちょうど大田区立郷土博物館が貝細工展を開催中であったと知り、そちらも見学し、学芸員の藤塚氏と意見交換をした。

2. 寄木細工・箱根細工(組子細工)

*神奈川県立歴史博物館・箱根町郷土資料館・箱根関所資料館・本間寄木美術館・畑宿寄木会館・田中幸一氏工房(箱根細工)・元箱根、畑宿、湯本の寄木細工専門店
 寄木細工は、箱根(畑宿)産である。ただ、地元では、畑宿での創業は1844年という神話が根強く残っている。一方、ブロンホフコレクションの寄木細工は文政期のものであるから、寄木細工は19世紀初頭には箱根で生産されていたことにまちがいない。また、文様も現在の物とはだいぶちがう。箱根の郷土資料館の学芸員は、ブロンホフ、フィッセルの収集した寄木細工にたいへん興味を示し、写真を公開することが望まれる。
組子細工は、現在、田中幸一氏だけが継承するものだ。同氏の作業場でお話が伺えたのは幸いであった。

3. 轆轤細工
*神奈川県立歴史博物館・静岡市文化財資料館・丸子駿河匠宿工芸館・沼津市立歴史民俗資料館・富士市立博物館
 職人の町、府中での挽物細工の始まりは遅く(19世紀後半)、箱根から伝えられたという。一方、小田原宿でも小田原漆器の関係で木地師についても調査をしたが、木地師と言われる人々は小田原ではなく、箱根山中や大山(神奈川県)にいたという。最終の加工作業はともかく、轆轤を使った挽物は、箱根地方で作られていたと考えるのが適当だという印象を持った。

4. 竹細工

*神奈川県立歴史博物館・小田原城天守閣内常設展・静岡市文化財資料館・丸子駿河匠宿工芸館・沼津市立歴史民俗資料館・富士市市立博物館
 ブロンホフ、フィッセルコレクションの竹細工は、いまの静岡市の千筋細工の類ではない。市内の古美術商の話でも、千筋細工は比較的新しく、江戸時代にはもっとほかの竹細工もあった、と言う話を聞いた。竹細工の類は、副職として、どこでも作られていたように考えられ、製作地の特定はむずかしい。一方で、城下町の府中は、やはり職人の多さでは群を抜いていたということで、府中産の可能性は十分にあるという認識を持った。

5. 漆器

*神奈川県立歴史博物館・静岡市文化財資料館・小田原市小田原城天守閣内常設展示・丸子駿河匠宿工芸館
 3番目と関係するが、小田原や府中は漆器が作られていた。小田原では、木目を生かした摺漆塗り、または、木地呂塗り、府中でも同様で、平蒔絵の入った時期も比較的新しいようで、いずれもブロンホフコレクションを代表するような蒔絵の入った漆器は生産されていなかったことが、分かった。

6. 和紙(駿河半紙)

*静岡市文化財資料館・沼津歴史民俗資料館・富士市市立博物館
 ブロンホフは和紙に興味があったと見え、彼の和紙のコレクションはすでに日本人の専門家家憲チーム(金沢大学)を驚かせている。ブロンホフは、興津川(静岡県静岡市清水区)で和紙が作られている、と明記している。これについては、各地資料館でも疑問視する声を聞いたが、富士市立博物館で、和紙が富士川、興津川、安倍川で生産されていた旨、同博物館の図書、ビデオなどから十二分に確認をとることができた。

おわりに
 今回調査をした六品目のうち、貝細工と寄木細工については、その特異性から生産地をそれぞれ江ノ島、箱根(畑宿)と特定することができた。ただし、貝細工はすでに製作されておらず、また、寄木細工については現行販売されているものは、文様など、文化文政期のものとはかなり違うことが明らかになった。寄木については、今も昔も変わらないのは、その値段の高さだけのようだ。
 これに反して、挽物細工、竹細工の類は、特異性に欠け、産地特定がむずかしい。挽物は、箱根山中で生産された物が、交通の要所である小田原で漆仕上げ、続けて、販売されていたと推測できる。竹細工については、どこで製作されたのか、特定することは出来ないが、販売地としては、やはり街道中、府中(静岡市)や小田原が、濃厚ということだ。
 和紙は、安倍川、興津川、富士川で確実に生産されていたことが、分かった。紙の特徴などの専門的事項については、ブロンホフの詳細な記述と金沢大学の科研報告書と照らし合わせながらなるべく正確に訳してゆきたい。
 漆器については、今回の駿河や小田原ではなく、やはり京都や江戸で作られたものだという印象を強く持ったが、これは目録の翻訳がすべて済んだ時点で、日高氏に確認する。

(文責:フォラー邦子 )

 

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