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歴史系総合誌「歴博」歴史系総合誌「歴博」

歴史系総合誌「歴博」 174号

連載「歴史の証人-写真による収蔵品紹介-」

第4展示室 新構築に向けて ヤクスギ工芸品

代表的な「ヤクスギ」として紹介される縄文杉(写真1)をひとめみようと、多くの登山客が屋久島の山岳地域に足を運ぶようになった。こうした状況をみても、ヤクスギには鑑賞の対象として多大な価値が存在していることがわかる。しかし今回の「歴史の証人」では、伐採されてからも、あるいは枯死してからもなお、職人の手によって工芸品へと加工されることで、ヤクスギが新たな価値を発揮することを紹介したい。

一般的には、屋久島の山岳地域で生育する樹齢一〇〇〇年を超えるスギが「ヤクスギ」、それよりも若いスギが「コスギ」、里に植林されたスギが「ジスギ」と紹介される。ただし年輪が密で、樹脂を多く含んだスギであれば、樹齢七〇〇~八〇〇年でも「ヤクスギ」と呼ばれてきた。「ヤクスギ」と「コスギ」は単に樹齢だけでなく、利用形態の違いも含めて使い分けられてきたと理解した方がよい。ちなみに種としては、「ヤクスギ」、「コスギ」、「ジスギ」も同じく「スギ」(Cryptomeria japonica)である。

かつて林芙美子(はやしふみこ)は「月のうち、三十五日は雨」が降る場所として屋久島を紹介したが、年間降水量が、実に一万ミリ(一〇メートル)近くに達する場所も山岳地域には存在する。多雨な環境は、スギの生育に有利な状況ではあるが、表土は薄く土壌が貧弱であるため、成長は遅い。実際、ヤクスギの年輪幅は、一~二ミリに過ぎない。写真2は、上部にヤクスギが、下部にジスギが使用されている工芸品を撮影したものであるが、一目でヤクスギの木目の細かさが理解できる。また、成長が遅い分、ヤクスギには樹脂成分が多く含まれるために腐りにくく、伐採・枯死されて数百年を経ても林内に残っている場合がある。これが「土埋木」(写真3)と呼ばれるもので、現在のヤクスギ工芸品の原料となっている。

縄文杉 ヤクスギとジスギを使ったヤクスギ工芸品
写真1 縄文杉 写真2 ヤクスギとジスギを使ったヤクスギ工芸品
本館蔵
林内に今も残る土埋木 平木(ジスギでの複製品)
写真3 林内に今も残る土埋木 写真4 平木(ジスギでの複製品)
屋久杉自然館寄贈

ヤクスギの伐採が継続的に行われるようになったのは、一七世紀半ば以降のことである。当時はヨキで伐採し、現場で屋根ふき材としての平木に加工してから里に運び、貢租として薩摩藩へ納めていた(写真4)。また余剰に生産された平木については、藩から支給される生活物資と交換していた。

大正後期になると、国有林経営が本格的に開始し、国有地内に小杉谷・石塚といった林業集落が形成され、森林軌道を使ってスギ材が里に運ばれるようになった。ただし、当時はヤクスギの生木が禁伐となっていた。しかし、昭和三〇年代になると、チェーンソーの導入や、ヤクスギの伐採が解禁され、大規模な伐採が拡大していった。こうした過剰な生産活動は、山岳地域のスギ資源を急速に枯渇させ、最後まで残っていた小杉谷集落も一九七〇(昭和四五)年に閉鎖を余儀なくされた。現在、ヤクスギの生木は禁伐とされ、ヘリ集材で搬出された土埋木が、工芸品としてごくわずかに利用されるに過ぎない。

「アワコブ」をいかした抹茶茶碗 「トラモク」をいかした木皿
写真5 「アワコブ」をいかした抹茶茶碗
本館蔵
写真6 「トラモク」をいかした木皿
本館蔵
「レンコン」をいかした飾り壺 平木をイメージした組皿
写真7 「レンコン」をいかした飾り壺
本館蔵
写真8 平木をイメージした組皿
本館蔵

ヤクスギは材が柔らかく、年輪の濃淡で固さが異なるために、ロクロをつかう、いわゆる「挽き物」には向かないとされてきた。しかし一九六〇(昭和三五)年頃に、鹿児島市在住の職人がロクロで回しながら土埋木を加工する方法を確立し、以後、ヤクスギ工芸品の代表作である飾り壺や木皿などが作られるようになった。

ヤクスギ工芸品の場合、平木と異なって、独特な木目などを持つ材が好まれて利用される。とりわけ希少価値が高いとして評価されるのが、「アワコブ」である。アワコブとは、樹病で正常に成長できなくなった箇所に発生する斑状の模様を意味する。ごくまれにしか生じないため、周辺部分も腐朽したり欠けたりしている場合が多い。写真5の抹茶茶碗も、アワコブ以外の朽ちた部分をうまく取り入れて、仕上げている。

また「コウミョウ(光明)」の入ったものも、希少性の高い工芸品として扱われる。コウミョウとは、何らかの理由でまっすぐ成長することができず、成長の歪みによって生ずる濃淡の光沢模様である。特に、濃淡模様が規則正しく、陰影が明確なものは、「トラモク」と呼ばれる。写真6の木皿は、腐朽した部分をそのまま活用しつつ、トラモク模様を活かしており、屋久杉工芸品の中でも高い技術に裏打ちされた作品といえる。

この他に、腐朽菌などによって虫食い状態になった箇所は「レンコン」と呼ばれる。レンコン部分やその周辺は、もろくなっている場合が多い。ロクロ加工ややすりがけの際に壊れやすく、好んで利用される材ではない。まれに、腐朽が進んでいる箇所とそうでない箇所がはっきりしていて、飾り壺などの大型の工芸品に加工できる材がみつかる。写真7は、一つ一つのレンコンに、慎重に磨きをかけた、職人の根気によって誕生した労作といえる。

「コウミョウ」の入った大型の勾玉 ヤクスギから抽出したアロマオイル
写真9  「コウミョウ」の入った大型の勾玉
本館蔵
写真10  ヤクスギから抽出したアロマオイル
本館蔵

近年は、飾り壺、盆や大皿といった商品よりも、小型の商品に人気が移ってきた。商品の多様化も進んでいる。たとえば、平木を連想させながら、食卓皿という実用的な機能も兼ね備えた組皿などがある(写真10)。対照的に、実用性はなくとも、癒し(ヒーリング)を求める観光客に人気のある商品もある(写真9)。癒し(ヒーリング)に関連して、ヤクスギから抽出されたアロマオイルなども販売されている(写真10)。さらに、前述したように、ヤクスギとジスギの木目の違いに着目しながら、森の妖精をイメージした商品もある(前掲写真2)。

平木を生産していた時代には、真っ直ぐに成長し、年輪幅も比較的大きいスギが好んで利用された。その一方、伐採に手間のかかる根の部分や、コブつきや木目の曲がった材は、林地に放置されてきた。しかし、現在は、かつて無用とされたものが土埋木として搬出され、付加価値の高いものとして生産されるようになったのである。

土埋木についても、資源の枯渇が指摘されるようになった。自然遺産の価値を否定するつもりはないものの、島民との関わりによって生み出された文化的資源の伝承も含めた上で、自然保護政策が打ち出されることが、今後望まれる。

〔参考文献〕

  • 飯田正毅『鹿児島の伝統工芸』春苑堂書店、一九九五年
  • 牛島伸一ら『ヤクスギ林内の切株に関する年輪年代学的研究』、九州森林研究五九巻:一五〇~一五三、二〇〇六年
  • 鹿児島県『図説 屋久島 屋久島環境文化村ガイド』、一九九六年
  • 中島成久『森の開発と神々の闘争―屋久島の環境民俗学』、二〇一〇年
  • 林芙美子『浮雲』新潮社、一九五八年

柴崎 茂光 (本館研究部・林政学)