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歴史系総合誌「歴博」歴史系総合誌「歴博」

歴史系総合誌「歴博」 173号

連載「歴史の証人-写真による収蔵品紹介-」

民俗としての巻物─祭り・儀礼とのかかわりから

巻物ということばから、われわれは何を連想するだろうか。秘伝とか由緒とか故事来歴(こじらいれき)といった言葉と結びつき、何かものものしい感じを覚える人は少なくないだろう。そしてその内容はなかなか簡単に見られるものではなく、また見ることができたとしても、その深遠(しんえん)な内容は容易に理解できないのではないかという気おくれや遠慮のようなものを感じる場合もあるかもしれない。

巻物の民俗をとらえる視点
民俗研究の立場からは、内容はもちろんだが、こうした巻物にまつわる一種の神秘的な感覚を大切にするべきであると考えられる。それは巻物の中身としてどのようなことが書かれていて、その情報の正否や真贋(しんがん)を書かれている文字などの解読を通して明らかにするのと同時に巻物というかたちそのものが発している雰囲気のようなものにも注意すべきであるということでもある。ここでは第4展示室(民俗)の新構築を進めるなかで調査し、かつ展示に向けて準備をしている海にまつわる二つの巻物を取り上げて、民俗文化のなかでの位置について紹介してみたい。

布団ダンジリのぶつかり合い 老婆神社社前のにぎわい
写真1 布団ダンジリのぶつかり合い 写真2 老婆神社社前のにぎわい
「浮鯛抄」  
写真3 「浮鯛抄」
複製・本館蔵、原品はリアス・アーク美術館現蔵
 

「浮鯛抄」と能地の春祭り
瀬戸内海に面した広島県三原市の幸崎(さいざき)、そのなかでも能地(のうじ)では毎年三月の第四土日に春祭りが行われる。これは能地一丁目の常磐神社と四丁目の幸崎神社との間を御輿と一~四丁目の若者たちによって運行される布団ダンジリが巡行する勇壮かつ華麗な祭礼である。神前や休憩所で神童と呼ばれる子どもたちによる太鼓の奉納が行われ、また若者たちによるダンジリの回転やぶつかり合い【写真1】が祭りの気分を大きく盛り上げてくれる。

興味深いのは能地の町の真ん中にある老婆(うばく)神社【写真2】である。この神社は祭礼の御輿が休む「御旅所(おたびしょ)」とも呼ばれるが、その名の通り、老婆を祀るとも言われている。その理由はこの地の漁師たちの間に伝わった「浮鯛抄(うきたいしょう)」【写真3】という巻物の内容とも関わっている。「浮鯛抄」は能地の沖で春先に海流と海底の地形の関係で鯛の体のなかの浮き袋が急にふくれて、鯛が気絶したかのように海面に浮き上がることを、この地を通過した歴史上の有名人とのかかわりで記してある巻物である。しかしその内容とは別に、能地出身の漁師のなかでは「浮鯛抄」を持っていれば、どこの海に行って魚をとってもよいと信じられていた(川島秀一「浮鯛抄」をめぐる文字と口頭の伝承」笹原亮二編『口頭伝承と文字文化』、2009年)。そしてその巻物のなかで鯛を神功皇后(じんぐうこうごう)に奉った女性がいて、それが老婆神社に祀られているのだという。春祭りの御輿は常磐神社と幸崎神社の神霊を移して、老婆神社で一晩を過ごす。それを氏子の人びとは両社の神様が町内安寧のための話し合いをするのだと伝えられている。

漁船の操舵室に祀られているフナダマ様 岡山県伯方島の船大工が船に祀り込めるために用意しているフナダマ様
写真4 漁船の操舵室に祀られているフナダマ様 写真5 岡山県伯方島の船大工が船に祀り込めるために用意しているフナダマ様
展示のために新たに製作中のフナダマ様  
写真6 展示のために新たに製作中のフナダマ様  

巻物の意味
ここでは巻物がその内容とは別に、広域にわたる積極的な漁業の権利のシンボルとしてとらえられており、さらに毎年繰り返される祭りのなかで御輿の巡行とともに巻物の内容、すなわち能地の歴史が想起されることになる。能地を守る神々は、能地の女性をほうふつとさせる老婆神社を尋ねることで「浮鯛抄」のなかに記された漁師たちの来歴や活動と結びつくと解釈することもできるだろう。「浮鯛抄」という巻物はそうした民俗的な歴史を集約したものなのである。

船に宿り船を守る神霊

さて、こうした漁業にまつわる神霊として民俗研究では古くからフナダマ(船霊・舟玉)に注目が集まってきた。この神霊は船のなかに祀られていて、船を守護するだけではなく、嵐を予告したり、大漁を知らせたりしてくれると考えられてきた【写真4】。漁撈や漁村の民俗に関する数多くの先駆的な調査研究を残した桜田勝徳(さくらだかつのり)は、フナダマについても興味深い指摘をしている。桜田によると福岡県宗像(むなかた)郡の鐘崎(かねざき)では、航海中にフナダマがリインリインと鈴虫のように音を出す場合とチンチンチンと強く激しい音を出す場合とがあるといい、激しい音を出すのは凶兆だと言っていた。またこうしたフナダマが音を出すことを「しげる」とか「いさむ」というのだが、熊本県などでは漁師が六〇歳など一定の年齢を過ぎると、その音は聞こえなくなるととらえられていた。こうした信仰は帆や艪(ろ)などで海上を移動していた時代から船にエンジンが積まれるようになることで大きく変化したであろうと推察されている(桜田勝徳「船霊の信仰」『桜田勝徳著作集(三)』、1980年)。
『船大工秘事之事』巻首 『船大工秘事之事』船霊に関する記載
写真7  『船大工秘事之事』巻首
複製・本館蔵 原品は岩手県立水産科学館蔵
写真8  『船大工秘事之事』船霊に関する記載

船作りの技術と呪術
こうしたフナダマは和船が進水するにあたって船大工によって祀り込められる場合が多く【写真5】【写真6】、船大工はそうした儀礼にあたって巻物を取り出して祭文を唱えることもあった。岩手県宮古市の北村造船所に伝えられてきた『船大工秘事之事(ふなだいくひじのこと)』(岩手県立水産科学館蔵)は、「船造時諸々木ヲ集釿立之大事」にはじまり、船造りの作法や知識に加えて「船霊御夫婦納様事」「十二船霊ノ事」といったフナダマにまつわる記載も見出すことができる【写真7】【写真8】。この巻物は初代の徳松氏が江戸時代に上方で修業し、和船の技術を習得する過程で授けられたものだという。巻末に摂津、伊勢、筑前、江戸、尾張の船大工らしい人名が記され、巻物が筆写され伝来してきた経路をうかがうことができる。

フナダマは海という大自然のなかに漕ぎ出す船を守護し、それに乗る人間を励ましてくれる存在であった。そしてそうした船を作り出す船大工が、フナダマを船に祀り(まつり)込める重要な役割を果たしてきたことをこうした巻物は雄弁に語っている。船大工は船を作る技術ばかりではなく、船を守る呪術(じゅじゅつ)をも担っていた。それらは造船技術や動力機関の発達や変遷によって急激に忘れられてしまったが、船大工の巻物にはそうしたフナダマ信仰を確認し分析していく大きな手がかりが記されているのである。

小池 淳一 (本館研究部・民俗学/信仰史)