刊行物
歴史系総合誌「歴博」
歴史系総合誌「歴博」 172号
連載「歴史の証人-写真による収蔵品紹介-」
第4展示室 新構築に向けて 「カツオ一本釣り用疑似鈎」
本号から6回にわたってご紹介するのは、2013(平成25)年3月に装い新たにオープンする第4展示室(民俗)で展示予定の資料である。新たな展示では、1985(昭和60)年の旧展示室開室以降、現在まで積み重ねられてきた研究成果を、多くの新収資料をとおしてお伝えする予定である。その一部を、先取りしてご覧いただきたい。
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| 写真1 カツオ一本釣り漁 写真提供:「土佐の勝土漁業史」編纂事務局 (高知県中土佐町) |
写真2 カツオ 高知県中土佐町の久礼漁港に水揚げされたもの |
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| 写真3 カタクチイワシ 写真提供:「土佐の勝土漁業史」編纂事務局 (高知県中土佐町) |
写真4 カモシカの角で作られたツノ 気仙沼市大島のもので、現地ではバケと呼ばれる 写真提供:川島秀一氏 |
カツオ一本釣りと言えば、大海原の真ん中の、うねりに揉まれる船上で、大勢の漁師が次々とカツオを跳ね上げるダイナミックな漁の様子が思い起こされるだろう(写真1)。カツオ一本釣り漁は、何キロもの重さのあるカツオ(写真2)を一本一本竿で釣り上げる肉体的に苛酷な漁である。また、その一方で、自然に対する膨大な知識にもとづいて、道具に創意工夫を凝らし、それを巧みに使いこなす繊細さを要求される漁でもある。
今回「歴史の証人」として紹介したいのは、カツオ一本釣り漁師の知恵と経験が詰まった道具の一つ、疑似鈎(ぎじばり)である。疑似鈎とは餌に似せた釣用の鈎である。疑似鈎を使った漁は、餌の入手や付け替えの必要がないため、釣漁の中では効率的な漁法であるが、疑似鈎自体は漁獲対象の習性をつぶさに観察して作らなければならない。この疑似鈎は、高知県高岡郡中土佐町久礼(くれ)の漁師さんたちからご寄贈いただいた。
カツオ一本釣りでは、カツオの食欲に応じて生き餌と疑似鈎とが使い分けられる。生き餌に用いられるのは主にマイワシやカタクチイワシ等(写真3)で、疑似鈎はこれらを模したものである。現在の漁では、漁の初めにカツオの食い気を誘いたい時やカツオの食いが悪い時、あるいは漁も終盤にさしかかり、カツオの食い気が鈍ってきた時等に生き餌が使われ、カツオの食い気が旺盛な時には疑似鈎が使われる。ただ、一口に疑似鈎とは言ってもその形状と材質等によってさまざまなものがあり、呼称も多様である。一般的には疑似鈎全般をカブラ・バケ・バカシ等と呼ぶが、地域や時代によってこれらの名称の指し示す範囲や対象は異なる。そこで、ここでは疑似鈎全般をそのまま疑似鈎と呼び、さらにそれを形状と材質からツノ・シャビキ・カブラの三種類に分類して紹介したい。
まずは、胴体に動物の角や骨が用いられた疑似鈎、ツノ(写真4)である。カツオ漁においていつからツノが使われているかは定かでない。考古資料からは獣骨を用いた釣りが古くから広く行なわれていたことが理解されるが、カツオ漁に関する記録は元禄八年(1695)の『本朝食鑑』が初出である。そこには牛の角や鯨の牙を削って疑似鈎が作られることが記述されている。これ以降の文献にも馬の爪、鹿や羚(かもしか)の角、松、竹、ガラス等さまざまな材料の使用例が紹介される。しかし、早くから使われることの少なくなったツノは、現在では容易には手に入らない貴重なものとなってしまった。
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| 写真5 シャビキ 胴体の白い部分が鳥の羽の軸 |
図 カツオ一本釣りの陣取り |
一方、シャビキ(射引・斜引)とカブラは現在でも入手可能で、実際に製作や使用の経験がある人の話を聞くこともできる。
シャビキ(写真5)は胴体に鳥の羽根の軸の部分が使われる疑似鈎である。ワシやトビ、コウノトリ、アホウドリ等の羽根軸が良いとされる。鈎を鋳込(いこ)んだ錘(おもり)に赤・白・茶等の羽根を巻きつけ、その上から鳥の羽根の軸の堅い部分を被せる。シャビキは竿を大きく動かしながら「ピピピッ」と水面を這わせて使う。主に取舵(とりかじ)側(左舷側)で漁をする土佐のカツオ船では、舳先(へさき)部分とその面舵(おもかじ)側(右舷側)に陣取るナカヘノリやオモカジヘノリ、または艫(とも)(船の最後尾)の取舵側の角に陣取るトモロシと呼ばれるベテラン等が、広いスペースを利用してシャビキを操ることができる(図)。筆者の調査では、シャビキは胴体が割れやすいため、エサで釣るような食いの悪い時にのみ使い、釣り上げたカツオは一匹ずつ脇に抱えて鈎を外すと聞いたが、食いの良い時に使うとする漁師もいるようだ。
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| 写真6 タタキカブラ 紅白の鳥の羽根をサンポテハゲの皮で包んでいる |
写真7 カブラの材料 紅白の鳥の羽根と猪の毛 |
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| 写真8 サンポテハゲの皮 水中でイワシのように光るという |
写真9 ビニールテープを利用したタタキカブラ 鳥の羽根や猪の毛をビニールテープで巻きつけている |
さて、最後にカブラである。カブラには、釣り上げた魚を抱いて鈎を外すウダキカブラと、抱かずに空中で鈎を外すタタキカブラ(写真6)がある。どちらの鈎にも返しは無いが、鈎の曲線はウダキカブラがきつく、タタキカブラは魚が外れるよう緩やかである。つまり、船上で何匹ものカツオが宙を舞うカツオ一本釣りの光景は、タタキカブラによる漁が行なわれている時なのである。現在の漁師が使う疑似鈎のほとんどがこのタタキカブラである。
カブラは鈎の鋳込まれた錘に紅白の羽毛や猪の毛等を巻きつけ(写真7)、その上からサンポテハゲ(ウスバハギ)、ヒラマサ、ボラといった魚や、シャミと呼ばれる猫の皮等(写真8)が被せられる。この皮をエバと呼ぶ。猪の毛を混ぜるのは羽毛が切れにくいよう補強するためである。近年ではタタキカブラのエバの代わりに透明なビニールテープが使われることも多い(写真9)。作るのが簡単で色味も良く、何匹もカツオを釣ってテープが傷んで変色しても、二、三周テープを剥がせば元通りの色に戻るからだという。以前はカブラの胴体部分に鳥や猫の足の骨を使ったり、貝殻や猫の骨、ナンテンの木等を鋳型(写真10)に敷いて鉛の胴体に鋳込んだりすることもあったという(写真11)。
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| 写真10 カブラの胴体の鋳型 溶かした鉛を流し込む |
写真11 ビンチョウマグロ用のカブラ 動物の角がはめ込まれている |
こうした疑似鈎作りは、次第に市販の材料で型どおりのものを作るように変化し、現在では出来合いのカブラを購入することも多い。資料を提供してくださった漁師さんの一人、中城捷治(なかじょうとしはる)さん(昭和16(1941)年生まれ)は、「そうよね、やっぱりある程度イワシに近い、色が近いとか光るとか、カツオの好みになるわけよ。で、わざわざ貝を削って、この(鋳型の)中に入れるわけよ」と自分が習い、また工夫してきたカブラ作りについて語りながらも、一方で「漁師し始めの頃は、そんなもんもやりおったけんどね。だんだんだんだん船が太くなって、だんだんだんだん沖に行って漁を探しだしてね。すると、これ(既製品)が一番長持ちして。丈夫(じょうぶ)くてね」とも語ってくれた。
この言葉はとても重要である。私たちはどうしても伝統的な技を駆使して作られたものに強い思い入れを抱きがちである。しかし、生業にともなう実用的な技は、それが生活の豊かさを直接的に左右するものであるがゆえに、常に革新の機会をうかがっている。古いものと新しいものの間に横たわる人びとの生活や生業に対する感性の変化にも、「歴史の証人」から思いを巡らせたい。
〔参考文献〕
・川島秀一『カツオ漁』ものと人間の文化史127、法政大学出版会、2005
・高知県立歴史民俗資料館『鰹 ―カツオと土佐人― 展示解説図録』2008
・「土佐のカツオ漁業史」編纂事務局編『土佐のカツオ漁業史』高知県中土佐町、2001
・「土佐のカツオ漁業史」編纂事務局編『鰹人海』(『土佐のカツオ漁業史』別冊)高知県中土佐町、2001
・農商務省水産局編『日本水産捕採誌』全、水産社、1929
・日本学士院日本科学史刊行会『明治前日本漁業技術史』新訂版、野間科学医学研究資料館、1982
・人見必大『本朝食鑑』鱗介部之三(『本朝食鑑』四、平凡社、1980)
松田 睦彦 (本館研究部・民俗学)




































