刊行物
歴史系総合誌「歴博」
歴史系総合誌「歴博」 166号
連載「歴史の証人-写真による収蔵品紹介-」
「金沢地方近代生活資料」を収蔵した経緯と意義
一 資料の概要
歴博では、「金沢地方近代生活資料」という総数三〇三四件四一三五点の膨大なコレクションを収蔵している。このコレクションは、タンスや家電などの大型資料を数多く含んでいることもあって、「歴博」の文字が貼られている五階建ての収蔵庫のうち、一階部分の大半を埋め尽くすほどの量がある。
それはコレクション名の通り、石川県金沢市とその周辺で集めた資料と伝えられているが、栃木や京都の看板が含まれているなど、来歴に不明な点が多い。また、明治時代から昭和三〇年代のものが大半を占めるが、近世資料もわずかに含まれている。
内訳は、紙資料が教科書二七五冊、宝生(ほうしょう)本・長唄(ながうた)一一二点、商品券九二三枚、絵葉書・手紙二二四点など、モノ資料が飲食器一〇六点、酒器(しゅき)一一九点、炊事・調理用具一六八点、家具・調度品一三一点、灯火具(とうかぐ)一〇七点、軍隊関係一八二点、貨幣(かへい)一三三点など幅広い。大雑把(おおざっぱ)にいえば、日常の生活用具全般がコレクションされているのだが、他にも手に入りにくい農具・漁具、職人・商人道具が使用痕(しようこん)を残したままの状態で含まれており、研究上の価値が高い。
一方で、日常生活に関係のない軍服や軍刀、小学校の机、民芸品店で売られている土産品、一点ものの文書なども含まれており、資料収集の方向に一貫性が感じられない。これは、おそらく古いものを手当たり次第収集した結果であると推察される。コレクションには一般に収集者の目的と嗜好(しこう)性が表れるものだが、その不明瞭(ふめいりょう)なことが「金沢地方近代生活資料」の大きな特徴といえる。
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| 写真1 収蔵庫内の金沢地方近代生活資料 (2層化された2階の様子) |
写真2 棚に保管されている状態 |
二 収蔵の経緯
この「金沢地方近代生活資料」は、歴博が一九八七年に当時金沢市寺町にあった加賀民芸資料館の資料を一括購入したものである。この加賀民芸資料館は個人経営の博物館であり、三階建てのビルに資料を雑然と置いていたという。しかし、そこは開館してからあまり年月の経たないうちに、経営難から資料の売却先を探していた。
この経営者は、当時八十歳代半ばであり、資料館近くのスーパーで魚屋を営んでいた。地方学会に所属していた形跡はなく、郷土史家というよりは、コレクターとして資料を集めていたそうである。個人でどうやって四千点を超える資料を収集できたのか、その理由は不明であるが、当時はバブル経済の直前であり、金沢市では開発のために古い家屋が取り壊されては、その中の家財道具が古物商を通じて市場に出回っていた。このため、資金さえあれば、短い期間に大量の資料を集めることができたと推察される。また、近所から不用になった生活用品が持ち込まれることもあったらしい。
このように古い家財道具を様々な経路から入手しやすかった状況は、「金沢地方近代生活資料」の古めかしい資料を手当たり次第収集した印象と合致(がっち)している。ただし、目的と指向(しこう)性が不明瞭であるとはいえ、余程の熱意がなければ、個人でこれだけの資料を収集することはできず、また手放す際はそれ以上の覚悟が必要だったはずである。
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| 写真3 案外収蔵されることが少ない家電製品 (3点全てラジオ) |
写真4 現在はあまり残ってない幻灯機 |
一方、歴博では同じ一九八七年に第五展示室の開室に向けた展示プロジェクト委員会を組織し、近代の生活資料を探していた。その時、共同研究「近・現代の都市生活」で、共同研究員の一人から館内メンバーに加賀民芸資料館が資料の売却先を探しているとの紹介があった。そこで、生活用具や生産道具に関する館内外の専門家を交えて現物の評価をした上で、これを購入するに至った。
その資料が歴博に運び込まれた時、加賀民芸資料館の経営者は立ち会い中に思い入れのある資料を売却せざるを得なかった悔しさとも、あるいは資料を一括で残せた安堵の気持ちとも取れる涙を流していたという。その数年後に彼は亡くなったため、もはや当時の思いを聞くことはできない。
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| 写真5 数多い軍隊関係資料の一部 | 図6 下駄屋の型板:職人・商人道具が多いことも金沢近代生活資料の特徴 |
三 収蔵後のこと
歴博収蔵後の「金沢地方近代生活資料」は、近現代の生活や仕事に関連した網羅(もうら)的な資料群であったため、瞬く間に出入りの多い人気の資料となった。また、旧蔵者が資料の専門的な保存方法をおそらく知らなかったために、クリーニングや修復措置が施されていないことが幸いし、それらを生活用具として使用した痕跡がよく残っている。その使用痕は、これらの資料を金沢の生活史に位置づけていくうえで、研究上貴重なものである。一方で、それはバックデータに乏しく、生産・使用した地域や時期、収集の目的と経緯などがわからないため、扱いにくい資料でもあった。
だが、網羅的に集めたからこそ、「金沢地方近代生活資料」は結果的に貴重なものとなっている。なぜなら、近現代は大量生産・大量消費の時代であり、膨大な商品や情報が次々と生み出されては、あっという間に廃棄(はいき)されていく。したがって、ついこの間まで身近にあったものが、気がついたらどこにも無くなっていることが、近現代資料を収集する際には頻繁(ひんぱん)に生じる。「金沢地方近代生活資料」には、その気がついたら無くなっていた資料が数多くある。
もちろん、網羅的に資料を集める方法は、経費や収蔵スペース、効率の悪さ、研究面での制約など様々な問題があり、推奨(すいしょう)できることではない。しかし、結果として残された資料については、最大限に活用する方法を考えていくべきだと考えている。
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| 写真7 加賀民芸資料館で展示用に針金で 留められた木びき道具 |
写真8 加賀民芸資料館でキャプションを 付けられた自在大鉤 |
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| 写真9 加賀民芸資料館で貼られたラベル (ビール瓶) |
そこで、平成二十二年度から本館の上部組織である人間文化研究機構の連携(れんけい)研究として「近現代の生活と産業変化に関する資料論的研究」を立ち上げ、その活用と保存方法について研究することにした。具体的には、来歴(らいれき)のわからない「金沢地方近代生活資料」を、金沢市の生活と生産・流通に対比させてその特色をあぶりだすことや、加賀民芸資料館で展示していた跡を残しつつ保存・修復する方法などを検討している。そして、最終的にはこの試みが、研究上の需要が高まっている近現代資料の収集と保存を続けていく上ための先例として、今後に役立てていけるようにしたい。
青木 隆浩(本館研究部・民俗学/地理学)

































