刊行物刊行物

歴史系総合誌「歴博」歴史系総合誌「歴博」

歴史系総合誌「歴博」 164号

連載「歴史の証人-写真による収蔵品紹介-」

「職人風俗絵巻」と「洛中洛外図屏風歴博F本」

職人風俗絵巻
本号の特集でも述べたが、近世に入るころから、洛中洛外図屏風の一部が飛び出して、人物がクローズアップされたような風俗画が多く描かれるようになる。「職人風俗絵巻」もそんな絵画の一つで、市中の一部を切り取ったような、道に面した町屋にいろいろな職人を配して、ひとつの巻物に仕立てたものである。(図1、2)

「職人風俗絵巻」の冒頭部分 右から弓屋、組屋、団扇屋、柄巻屋、紅屋

図1 「職人風俗絵巻」の冒頭部分 右から弓屋、組屋、団扇屋、柄巻屋、紅屋

職人の種類
まず取り上げられている職人を紹介すると、ひとつの店として描かれ、職人名が記されているものは、次の二四種類である。

弓屋  くミや(組屋<組紐>) うちわや(団扇屋) つかまきや(柄巻屋) へにや(紅屋) せと物や(瀬戸物屋) ことや(琴屋) やはき(矢作) かさはり(傘貼り) かゝミや(鏡屋) まき物や(巻物屋) くつや(沓屋) そうめん屋(素麺屋) やり屋(槍屋) えほしや(烏帽子屋) ひものや(檜物屋) ぬいものや(縫い物屋) 筆屋 じゅずや(珠数屋) あふきや(扇屋) まりや(鞠屋) うつほや(靫屋) 太刀や たはこや(煙草屋)

絵巻の末尾は町並が終わるので「煙草屋」が最後だが、冒頭はいきなり店が始まるため、この前に何かがあったかは確認できない。ただ、屏風絵の職人絵は二四の職業が描かれることが多く、この資料も、現状が二四種類なのは偶然ではないと考えてもよいだろう。
屏風絵としては、江戸初期の喜多院(きたいん)<川越市>蔵「職人尽絵(しょくにんづくしえ)」が有名たが(当館も類本を所蔵)、「職人風俗絵巻」と共通するものに、弓、矢作、傘貼り、檜物、縫い物、筆、数珠、扇がある。それよりも時代が下る「職人風俗絵巻」は、伝統的なものに加えて、煙草屋のような新しい風俗も取り入れてこのような内容になったらしい。

「職人風俗絵巻」の巻末部分 右から靫屋、太刀屋、煙草屋

図2 「職人風俗絵巻」の巻末部分 右から靫屋、太刀屋、煙草屋

路上の人物
この他にも、路上に多くの人物が描かれており、名前は記されていないが、次のような職業が見られる。

鉦叩(かねたたき)、獅子舞、琵琶法師、柴売り、山伏、草履(ぞうり)売り、傀儡師(くぐつ)(人形遣い)、虚無僧(こむそう)、八丁鉦(はつちようがね)(歌念仏の一種)(図4)、猿牽(さるひ)き、綿売り(?)、高野聖(こうやひじり)、油売、竹売。この他、天秤棒(てんびんぼう)の物売りや駕籠(かご)かき、荷物を背負う人々、馬や徒歩で通る人々なども描かれている。

屋内に描かれたものと同じような関心で、さまざまな生業を描いたものと思われるが、洛中洛外図屏風にもよく現れる職業が多いことは、洛中洛外図屏風との関連性をうかがわせる。

獅子舞と瀬戸物屋 八丁鉦
図3 獅子舞と瀬戸物屋 図4 八丁鉦

洛中洛外図屏風「歴博F本」
この点で注目されるのは、本館所蔵の「歴博F本」(図5)との類似である。町並みや人物(図6)の描き方がよく似ており、獅子舞(図7)のような、明らかに同一の粉本(手本)から描いた図像も見られることから(図3と図7)、同じ工房で制作されたと見なせる。

歴博F本は、量産された洛中洛外図屏風のひとつで、よく似た屏風が他に少なくとも四点は現存する。描かれた内容が少しずつ異なっているから、完全なコピーではなく、一応ひとつずつ制作されているが、基本的な内容や人物などの描き方は一致し、それらが同じ工房で制作されたことは明らかである。

「洛中洛外図屏風」歴博F本 左隻

図5 「洛中洛外図屏風」歴博F本 左隻

住吉具慶との関係
それがどんな工房だったかについては、実は「自己申告」がなされていて、歴博F本には、「法眼具慶筆」という落款がある。落款は後世に書き込まれることもあるが、F本とよく似た別の屏風にも、やはり「法眼具慶筆」の落款があるので、制作当初から書かれていたと見られる。

「法眼具慶」は、住吉具慶(すみよしぐけい)(一六三一~一七〇五)のことで、江戸幕府の奥絵師となり、大和絵の一派をなした画家だが、本人の筆としてはいかにも下手だし、落款もやや異なるようだ。しかし、「職人風俗絵巻」は、住吉具慶の代表作として知られる「洛中洛外図巻」(東京国立博物館蔵)や「都鄙図巻(とひずかん)」(興福院(こんぶいん)<奈良市>蔵)と似た構成を取っているとも言えるし、歴博F本も、画面は基本的に横方向の金雲で区切られ、つまり絵巻を縦に並べたような画面になっている。住吉具慶と何らかの関係があるか影響を受けた工房で、具慶をブランドとして用いていたのかもしれない。

歴博F本の町並みと人物 歴博F本の獅子舞
図6 歴博F本の町並みと人物 図7 歴博F本の獅子舞

シェアと購買層
いずれにしても、現存の洛中洛外図屏風で言えば、この工房が最も「シェア」が高く、この種の都市風俗図をかなり量産していたことは間違いない。ということは、一方に安定した需要があったはずだが、いったいどのような人々がそれを購入していたのだろうか。この「職人風俗絵巻」も、実物はかなり美麗で、けっして安価なものだったとは思われない。上級の武家や公家・寺社、有力町人などが、その享受者だったと一応想定できよう。「職人風俗屏風」は、書き込まれた文字がほとんど平仮名なので、女性向きに作られたものと思われる。洛中洛外図屏風は嫁入り道具として好まれたことが知られており、これもそうだったのかもしれない。

小島 道裕(本館研究部・中近世史)