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歴史系総合誌「歴博」歴史系総合誌「歴博」

歴史系総合誌「歴博」 133号

[連載] 歴史の証人 写真による収蔵品紹介

輸出された漆のうつわ

図1 紋章付山水人物文蒔絵皿(本館蔵) 17~18世紀 富士山を描く文様は、17世紀半ば頃から流行し、とくに寛文期の肥前磁器に多用される。ほぼ同時期に輸出された漆器にも富士山の図柄を用いたものがみられ、本資料の意匠もこれを踏襲したものとみなされる。

ヨーロッパで陶磁器のことをチャイナ、漆器のことをジャパンと呼ぶが、日本からヨーロッパに向けての漆器の輸出は、磁器の輸出に先立って本格化した。
 オランダ東インド会社は、寛永11(1634)年以降、漆器貿易に積極的な姿勢を示し、磁器の輸出が始まる万治2(1659)年頃には、日本製漆器は、東アジアからの贅沢(ぜいたく)な貿易商品として、すでに確固たる地位を獲得していたと推測される。花形商品であった櫃(ひつ)やキャビネットなど大型蒔絵(まきえ)家具のほか、ヨーロッパ輸出用の漆器はさまざまな品目におよんだ。大小の皿やカップなどのうつわ類もそのひとつで、輸出漆器の重要な一角を担っている。

図2 紋章付山水人物文蒔絵皿・部分(本館蔵) 街道を旅する人々の姿は、富士山の描写と相俟(あいま)って、ヨーロッパ人のエキゾチシズムを満足させたことであろう。オラニエ家に伝来したキャビネット(ハイス・テン・ボス宮殿蔵)は、出島や商館長の参府旅行を描くことで知られるが、ここでは行列の中に、商館長ならぬ朝鮮通信使の姿をした異国人が描かれる点に注目したい。
図3 紋章付山水人物文蒔絵皿・部分(本館蔵) 図4 紋章付山水人物文蒔絵皿・裏面(本館蔵) 高台をもたない形態は、ヨーロッパの金属の食器に由来する。

輸出用食器のなかでも注目されるのは、貴顕(きけん)からの需要に応えるため、家紋を入れた特注品の大皿である。  本館が所蔵する紋章付山水人物文蒔絵皿(もんしょうつきさんすいじんぶつもんまきえざら)(図1~4)は、見込に大きく描かれた家紋から、アムステルダムの貿易商人でオランダ東インド会社には創設時から関わりの深いヒンローペン(Hinlopen)家のために製作されたことが知られる。口縁部には富士山にいたる東海道の旅の様子が精細な蒔絵で表され、この皿が特別の注文品として入念に作られたことを物語る。
 類似の作例としては、1691年から1704年に東インド総督をつとめたウィレム・ファン・アウトホールン(Willem van Outhoorn)や、同様に1704年から9年まで総督をつとめたヨアン・ファン・ホールン(Joan van Hoorn)、また東インド会社の要職を勤めたファルケニール(Valckenier)家の家紋を表すものなどがあり、このうちファルケニール家の大皿など数点は、周囲の風景文様がヒンローペン家の大皿と酷似することから同工房の作と考えられる。名家の家紋を入れた蒔絵皿の輸出は、17世紀後半から18世紀前半にかけて流行したが、この頃には、家紋入の磁器皿も輸出されている点が興味深い。

図5 牡丹文蒔絵大皿(本館蔵) 17~18世紀 一対で伝来した大皿。 図6 牡丹文蒔絵大皿・裏面(本館蔵) 17世紀後半から盛んに輸出された肥前磁器の大皿と共通する形態である。三本の牡丹の折枝を配置する文様構成もどことなく陶磁器風である。

ヒンローペン家の大皿の底には、高台がなく、日本の食器には見られない形態である。おそらくヨーロッパ製の銀やピューター(しろめ・錫を主成分とする合金)の食器を模したものであろう。
 これに対し、あきらかに陶磁器の形態を写した漆器も存在する。本館蔵牡丹文蒔絵大皿(ぼたんもんまきえおおざら)(図5・6)のような大皿や、遺品は極めてまれであるが、花鳥蒔絵蓋付大壺(かちょうまきえふたつきおおつぼ)(アシュモリアン美術館)、楼閣山水蒔絵広口大瓶(ドレスデン工芸美術館・ピルニッツ宮殿)のような作例もある。国内向け漆器の遺品には、大皿や大きな壺の例はほとんど見られず、これらの漆器の様式は、輸出用磁器の様式に倣ったことが明白である。


図7 楼閣山水動物文蒔絵髭皿(本館蔵) 17~18世紀 楕円形の髭皿の例は珍しく、中国製の磁器を模したものかと推測される。

このほか磁器から影響を受けて製作されたと考えられる漆器に楼閣山水動物文蒔絵髭皿(ろうかくさんすいどうぶつもんまきえひげざら)(図7)がある。髭皿とは、口縁の一部を半月状に落とした珍しい形態の皿で、くぼみを首に押し当てて髭剃りに用いたり、瀉血(しゃけつ)療法の受け皿として使用することもあったという。
 背面の高台部分には、小さな穴があけられており、壁に掛けて飾った痕跡がある。今回紹介した大皿とともに、ヨーロッパにおいては、実用よりも装飾品として用いられたと推測される。

8 色絵花車婦人文髭皿(佐賀県立博物館蔵)
肥前・有田 1700~1730年代
9 白地藍彩花卉柴垣文髭皿(出光美術館蔵) オランダ・デルフト 18世紀

日高 薫(本館研究部)