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歴史系総合誌「歴博」歴史系総合誌「歴博」

歴史系総合誌「歴博」 132号

[連載] 歴史の証人 写真による収蔵品紹介

うたのちから-和歌の時代史-

今年は『古今和歌集』が編纂(へんさん)されて1100年、『新古今和歌集』が編纂されて800年に当たる、日本文学史上、記念すべき年です。和歌文学会では、この機会に各博物館・資料館・美術館などに対して、それぞれの機関が所蔵する『古今和歌集』『新古今和歌集』を中心とする和歌関係資料の展示会を開催するよう働きかけていました。本館には「高松宮家伝来禁裏本(たかまつのみやけでんらいきんりぼん)」を中心に和歌関係の資料を数多く所蔵していますが、従来はそれらを展示により公開する機会が少なく、一部の専門研究者を除いて資料の内容はよく知られてはいませんでした。私たちはこの状況を打開するための好機として和歌文学会の要請を受け止め、「うたのちから-和歌の時代史-」と題する展示会を開催することにいたしました。
また2004年度から国立歴史民俗博物館は「人間文化研究機構」の一員となり、同じ機構に属することとなった国文学研究資料館とは兄弟の関係になりましたので、「うたのちから」を共通のテーマとする展示を共同で開催することとしました。ただし展示の内容はそれぞれの館の特徴を生かすため、異なったものになっています。

古今和歌集 俊成本 後京極摂政良経筆歌切

 『古今和歌集』が編纂された10世紀初頭の時代は古代国家のほころびが目立ち始めた時期で、その建て直しが重要な政治課題となっていました。このような時代に生まれた『古今和歌集』の序文には、天地の神々を動かし、さらには霊魂や人としての道にも影響を与える「ちから」を持つという和歌の本質と効用がのべられており、この和歌集が単に文化的な意図のみで編纂されたものではないことをものがたっていると考えられます。
ここにうかがわれるように、和歌にはいろいろな「ちから」があります。文化的な「ちから」はいうまでもありませんが、政治的な「ちから」、経済的な「ちから」なども和歌の効用として無視することができません。このような和歌が持っているさまざまな「ちから」を歴史的に見ていくことが本館の展示の目的です。その概略をつぎにのべることにします。


柿本人麿像
 『古今和歌集』の序文には、和歌は天地の始まりのころから起こり、奈良時代に大いに広まったとのべられていますが、奈良時代には『万葉集』が編纂され、和歌が文化の中心の一つとしての地位を占めました。同時に当時の日本列島では古代国家を形成するため、中国の律令制度や文化を吸収することに努めており、貴族の世界ではその一環として漢詩を作ることも盛んで、『懐風藻(かいふうそう)』のような漢詩集も編纂されていました。このような中国文化の吸収は遣唐使の派遣などを通じて平安時代初期、つまり9世紀後半ころまで熱心に行われ、文化の面では漢詩全盛の時代が続きました。この時期、和歌は日常生活の中でひそかに生き続けてきたのです。しかし中国の唐帝国が衰えを見せはじめるとともに中国文化への憧憬は薄れ、次第に仮名文字の文化が力を持つようになり、天地の始まり以来の和歌の伝統とその力が主張されるようになります。このような流れの中で『古今和歌集』は生まれましたが、そこに収められた和歌は前代の漢字文化の強い影響を受け、漢詩を題材にしたものが多く見られることが一つの特徴といわれています。
新古今和歌集 伏見天皇宸翰 和漢朗詠集

 『古今和歌集』を最初として、15世紀半ばまでに21の勅撰(ちょくせん)和歌集(二十一代集)が編纂されています。これは貴族の世界において和歌が大きな地位を占め続けていたことを示すものですが、和歌の世界は単に宮廷の文化サロンとしての意味を持つに過ぎないものではありませんでした。とりわけ平安時代後期の院政期以後は政治の運営方式が大きく変化していくにしたがって、和歌の政治的な役割がはっきり見えるようになります。
院政時代には宮廷の職種ごとに世襲の家が固定し、それぞれの家が職種を担当するという政治の運営方式が成立します。和歌もまたそのような流れと無縁ではなく、藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい)・定家(ていか)に代表される御子左家(みこひだりけ)のような「歌道家(かどうけ)」が生まれ、子々孫々にわたって和歌の作法や技術を伝え、国政(国家的な儀礼)に奉仕することとなります。『新古今和歌集』の序文にあるように、和歌は「世の中を治め、民衆に平安をもたらすための道」としての政治的役割を与えられたのです。今回の展示では、このような意味での和歌の「ちから」を、漢詩や音楽などとともに、中世から近世にかけての天皇が身に付けるべき資質としてとらえ、それぞれのウエイトが時代とともに変化する様相と変化の意味について考えたいと思います。
それとともに、和歌は宮廷世界の占有物ではなく、幕府を始め、中央や地方の武士・僧侶・有力農民層にも広く浸透し、そこに形成された人々のネットワークを通じて中央と地方の政治的・経済的な関係を作り出すという役割も果たしています。このような視点も今回の展示で示したいと考えます。

後西院御製 四季花鳥風月詩歌 鉢木模様振袖

本館では「高松宮家伝来禁裏本」というコレクションを所蔵しており、現在、このコレクションについて館内外の研究者による共同研究を行っています。禁裏本とは天皇家の文庫(禁裏文庫)に収められた書籍ですが、その一部が高松宮家に伝わってきたのです。この中には和歌関係の資料も大量に含まれています。禁裏文庫は中世末期の戦乱で大きな被害を受けましたが、江戸時代初期の後陽成(ごようぜい)天皇以降、後西(ごさい)・霊元(れいげん)両天皇を中心にその再興が図られ、大規模な書籍の書写・収集が行われました。この事業は禁裏文庫の復興という目的とともに、中世に断絶した宮廷の儀式を再興しようとする動きとも関係していると推定されます。この点も含めて、「高松宮家伝来禁裏本」の性格を明らかにしようというのが共同研究の目的の一つです。その研究の一端を展示で紹介したいと考えています。

 

『古今和歌集』『新古今和歌集』をはじめとする和歌は後世、さまざまな分野に影響を与えています。とりわけ工芸品や衣装には和歌が題材として多く取り入れられ、優美な姿を見せています。ここにも和歌の「ちから」をうかがうことができると思います。工芸品については本館に所蔵していないため、東京国立博物館・京都国立博物館などから重要文化財クラスを含む貴重な資料を借用して展示します。衣装については本館所蔵の「野村正治郎(のむらしょうじろう)衣裳コレクション」から精選した資料を展示します。

 

和歌は歴史のさまざまな時代に、さまざまな階層の中で、また広範な分野においてその「ちから」を発揮してきました。今回の展示を通じて和歌の「ちから」の多様性を感じ取っていただきたいと思います。

吉岡 眞之(本館研究部)