刊行物
歴史系総合誌「歴博」
歴史系総合誌「歴博」 130号
[連載] 歴史の証人 写真による収蔵品紹介
聆涛閣(れいとうかく)集古帖
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| 肖像部 聖徳太子之御影 | 碑銘部 宇治橋断碑 (うじばしだんぴ) |
印章部 山城国印 |
『聆涛閣(れいとうかく)集古帖』は、摂津国菟原(うばら)郡住吉(すみよし)村呉田(くれた)(現在の兵庫県神戸市の東部)の豪商吉田家により編纂された古物類聚の模写図録である。
吉田家は、南北朝時代に後醍醐天皇の近臣であった内大臣吉田定房の後裔(こうえい)を称する灘の大きな酒造家であった。この旧家では、慈照寺銀閣大修繕の施主となるほどの豊かな財力と、京都の藤貞幹(『好古日録』を編纂した考証学者)、奈良の穂井田忠友(正倉院文書の整理紹介を行った国学者)ら当代一流の学者、および和歌や国学で知られた日野大納言資枝(すけき)など京都の公家らとの交友関係を利用して、この図録を完成させた。近世の安永・天明頃から明治初年に至る約百年間にわたり、道可(どっか)・拙翁(せつおう)・渚翁(しょおう)と号する三代の当主は、いずれも考古の学を愛し、学者・貴族と交わり、その人脈により多くの古文書・古物を収集した。自家の書庫を「波の聞こえる書庫」の意味で「聆涛閣(れいとうかく)」と称した。
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| 宇治橋碑 復原複製(参考資料) | 宝亀七年備前国津高郡収税解 (参考資料) |
肖像部 鎌足公尊像 |
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| 馬具部 大和出土馬具拓本 | 文房部 東大寺新羅墨 | 戯器部 摩訶大将棋図 |
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| 天地部 東大寺水成瀬絵図 | 葬送部 筑紫国造磐井墓 石人・石馬 | 葬送部 筑紫国造磐井墓 石人・石馬 |
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| 書部 天平感宝元年閏五月二十日聖武天皇施入勅願文 てんぴょうかんぽうがんねん うるう 五月二十日 しょうむてんのうせにゅうちょくがんもん |
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地図内裏・扁額・肖像・鐘銘・旌旗陣営(せいきじんえい)の5函については、帖仕立てがむずかしい大型の図版が函に分類されていたと想定され、本来は古地図・肖像画などが函ごとに分類されていたものと考えられる。現在、函は残っていないが46帖以外に40点に及ぶ大型の古地図・肖像画が附属しており、本来はこれらの5函のいずれかに分類されていた可能性が高い。なお、これらの模写図録を種本として第三代渚翁の時代には、家蔵の名品を集めた大型極彩色刷の刊本図録「聆涛閣帖」3冊を刊行している。第1冊は1841(天保12)年、第2冊は1855(安政2)年、第3冊は1864(元治元)年の刊行である。ちなみに、この図録に掲載の考古遺物については清野謙次『日本考古学・人類学史』上巻に紹介されている。
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| 文房部 大仏開眼筆・唐紙 | 隠岐国駅鈴 複製(参考資料) | 鈴鐸部 隠岐国駅鈴図 おきのくにえきれいず |
近世後期の文人たちが古器物や古文書を収集・研究の対象として、古代を考証する学問動向が顕著になったことについては、近年とみに注目され始めているが、この史料によって研究が進むものと期待される。
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| 古刀剣部 筑紫出土銅戈拓本 | 文房部 東大寺題箋軸銘 | 文房部 東大寺題箋軸銘 |
仁藤敦史(本館研究部)













































