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歴史系総合誌「歴博」歴史系総合誌「歴博」

歴史系総合誌「歴博」 120号

[連載] 歴史の証人 写真による収蔵品紹介

西洋銅版画写しの輸出漆器-蒔絵プラーク・プラケット-

図1 サンクト・ペテルブルク風景図蒔絵プラーク
1787年から翌年まで出島に滞在した医師ストゥッツェルがエカチェリーナⅡ世に献上したプラーク(ロシア・クンストカーメラ蔵)に酷似し、同時に注文、製作されたものと推定される。
図2 サンクト・ペテルブルク風景画蒔絵プラーク 裏面
画面中央に「ネワ河下流から眺めた冬宮と科学アカデミーを望むサンクト・ペテルブルク市の眺望」とフランス語の文字が蒔絵され、その周囲を螺鈿の折枝文が取り囲む
図3 サンクト・ペテルブルク風景図銅版眼鏡絵(致道博物館)
マハエフ(1717-1770)による風景画が版画化され、流通したもの。版画化される際に、誤って裏焼き状態となったもので、実際の風景とは左右が逆である。プラークは、原画ではなく、この版画から写し取られたことがわかる

江戸時代後期に輸出された漆器の代表的な例に、蒔絵プラークと蒔絵プラケットがある。
「プラーク」とは、壁に掛けて用いる飾り板のことで、サイズが小さなものは「プラケット」と呼ばれる。長方形のプラークには風景図や戦闘図、楕円形のプラケットには人物図が表されるのが通例であるが、いずれも1780年代から1800年前後にかけての比較的短期間に、ヨーロッパからの注文を受けて製作され、出島から輸出された。

図4 グスターヴⅢ世肖像図蒔絵プラケット 1788(天明8)年
裏面に「Japonia factum 1788(1788年日本製)」と記されており、現存する年紀入りのプラケットでは最古のもの。原図はヤコプ・ヒルベルフによる1773年の銅版画である。
図5 グスターヴⅢ世肖像図蒔絵プラケット 裏面
グスターヴⅢ世はスウェーデン国王で、紋章・宝冠・2頭の獅子は国王の象徴
図6 ヨーゼフⅡ世肖像図蒔絵螺鈿プラケット
装飾に伏彩色の螺鈿技法(薄い貝の下にあらかじめ彩色を施す技法)を用いている点が珍しいプラケット。(原画は図14を参照。)
図7 ドゥル・デュ・ラディエ『絵で見るヨーロッパ』表紙(パリ国立図書館蔵)

精巧な蒔絵技術による装飾は、西洋からもたらされた銅版画を原画とし、その図柄を丹念に写しとったものである。銅板に漆を焼き付けて滑らかな黒漆地をつくり、金や青金の平蒔絵(ひらまきえ)、金貝(かながい)、付描(つけがき)などの技法を用いて文様が表される。銅版画特有のハッチング(細密な線描で陰影を付ける技法)の表現を付描の細線に置き換えるなど、極めて洗練された作風である。版画中のキャプションのアルファベット文字まで、忠実に写されており、職人の技術の確かさに驚かされる。

図8 『絵で見るヨーロッパ』よりシャルルⅦ世(パリ国立図書館蔵) 図9 シャルルⅦ世肖像図蒔絵プラケット 図10 シャルルⅦ世肖像図蒔絵プラケット 裏面
図11 フリードリッヒⅡ世肖像図蒔絵プラケットの原画となった版画(パリ国立図書館蔵) 図12 フリードリッヒⅡ世肖像図蒔絵プラケット
表面を沃懸地(金地)とし、漆絵または密陀絵を主体とした技法によって文様を表す点が珍しい。写実的な顔貌表現に特徴がある。
図13 フリードリッヒⅡ世肖像図蒔絵プラケット 裏面
裏面の螺鈿の装飾には、原画の周囲の部分が用いられる。

最初は個人的な依頼による特注品であったようだが、肖像図蒔絵プラケットに関しては、比較的多くの遺品が伝存することから、かなりの数量がまとまって輸出されたと考えられる。ドゥル・デュ・ラディエ(Dreux du Radier)の『絵で見るヨーロッパ(L' Europe Illustre)』(1755-65、パリ刊)をはじめとして、古今の為政者や学者などの肖像を集めた版画集を原典としたことが確認されている。プラケットの意匠と原画と比較してみると、版画の肖像の部分、人物名、説明のキャプション、周囲の飾りなどを、プラケットの表裏のデザインに適宜利用している様子がわかり興味深い。

図14 ヨーゼフⅡ世肖像図蒔絵螺鈿プラケットの原画となった版画(パリ国立図書館蔵)
原画の図柄を表裏に分割して描く点が興味深い。
図15 ヨーゼフⅡ世肖像図蒔絵螺鈿プラケット
ヨーゼフⅡ世はオーストリアの王。髪を弁髪にし、懸章をかけた姿で描かれる。方形のプラケットは珍しい。
図16 ヨーゼフⅡ世肖像図蒔絵螺鈿プラケット 裏面
ハプスブルグ家の鷲に、王位の象徴の宝冠・王笏・十字架付き宝珠などが描かれる。

日高薫・本館情報資料研究部

*掲載図版で所蔵記載のないものは国立歴史民俗博物館蔵