連載「歴史の証人-写真による収蔵品紹介-」

歴博と社会運動・学生運動資料

歴博では従来、近現代の社会運動関係の収蔵資料は少なかった。近現代の総合展示では、第5室の民権運動や水平運動、第6室の熊本水俣病関係、あるいは「一九六八年」に関する映像展示などの試みをおこなっているが、労働者や民衆の権利要求とその実現のための運動、学生・青年層の運動、女性の人権に関わる問題や運動、あるいは日比谷焼打・米騒動・安保闘争などの巨大な民衆運動などへの目配りは、限られた展示スペースという物理的制約を抱えるにしても、概して弱い。また、こうした領域での企画展も試みられなかった。

歴博の展示は、社会や人々の生活の視点から構成することが基本的スタンスであるが、生活に根ざし、社会の基底に蓄積される、静かな、しかしマグマとしての成長を準備するいくつかの火種、そしてその奔流への発展とある段階での権利の制度化、そしてその途上での厳しい対抗、などにも眼を凝らしていく必要があることは言うまでもなかろう。

こうした背景もあり、この数年、歴博では、その手始めとして一九六〇年代から七〇年代の社会運動資料の受け入れを進めてきた。

その一つは、「一九七〇年代ミニコミ資料群」と命名されている、七〇年代に日本全国各地に噴出するように発刊されたミニコミ紙誌である。現在目録の整備中であるが、ほぼ三〇〇〇点に達すると見込まれる。本資料群の形成は、一九七一年に丸山尚(まるやまひさし)によって、ミニコミを発行する諸団体・諸個人の連携を作るべく設立されたミニコミセンターでのミニコミ誌収集に始まり、同センターの活動停止(一九七三年一二月)後にミニコミ紙『タクシージャーナル』を発刊していた坂口順一(さかぐちじゅんいち)に引き継がれたという経緯をたどる。その後、坂口はこれら資料群の整理を行うとともに、新規のミニコミの受け入れをも行い、二〇〇一年重信幸彦(しげのぶゆきひこ)(現・歴博客員教授)への移管を経て、二〇一三年に歴博が受け入れたものである。

ミニコミとは何か。坂口は、一九七〇年代半ば、ミニコミの存在意義をこう語っている。

マスコミによって独占された「言論と表現の自由」を奪還するためにといいながら、そのマスコミに頼らなければ世論を喚起したり形成することができ得ない、絶対的な矛盾を前にして、ミニコミがミニコミでなくなってしまう危険を冒しながら全国各地で無数の自主出版物(ミニコミ)が刊行され、「自分たちの手で言論の場を確立しよう」と果敢に闘っている。この国において管理の手を逃れて自己を確立することが、どんなに至難事であるか、本当に身にしみてわかっているけれど、この厚い壁を打ち破ろうをするミニコミ発行者たちの努力が連綿と続くかぎり、民主主義の芽は摘み取り尽くされはしない。・・・自由と平和を侵す魔手は野生の一匹狼の鋭敏な五感をかいくぐることはできない。・・・批判する自由とされる義務が被支配と支配の間に正しく確立されてこそ理想的だ。言論の自由を守ることは、かかる理想主義というある意味での「幼児性」を追い求めることにあるのではないだろうか。(坂口順一著・重信幸彦構成『たった一人のメディアが走った―『タクシージャーナル』三十三年の奮闘記』現代書館、二〇〇四年)

ミニコミ資料群は、こうした意義を持つ一九七〇年代の多数のミニコミ誌の集積であり、当時の人々が納得できない問題を如何に捉え、その問いを如何に発信しようとしたのか、文字を通じての発信が自身に如何なる緊張を突きつけたのか、そうした時代の息吹と状況を示している。なお、丸山尚は一九七六年に住民運動の資料センターとして「住民図書館」を開館した。二〇〇一年まで続いた住民図書館の資料群は、現在立教大学共生社会研究センターに引き継がれている。

二つ目は学生運動関係資料群である。これらは現在二種類あり、東大闘争資料群と日大闘争の資料群である。いずれもほとんどは二〇一四年末までに受け入れ、本年初めから整理・目録化を行っているが、資料の受け入れは、現在まで逐次続いている。

東大闘争資料群は、元東大全共闘議長山本義隆(やまもとよしたか)などの東大闘争関係者(68・69を記録する会)から受け入れたものであり、一九六七年医学部闘争から一九六九年初めまでのビラ・パンフレット・大会議案・討議資料・当局文書など約五〇〇〇点が一群をなし、その他雑誌類、フィルム、裁判資料などを含んでいる。このうち前者のビラ類等は、現在国会図書館で複写版を見ることができるが、歴博では今後の展示への活用と貴重な歴史資料としての長期的保存を期して原資料を受け入れた。闘争委員会や共闘会議、実行委員会など全共闘関係の資料の外、自治会、サークル、クラス、学内諸組織、諸セクトなど二年間という短期間に集中的に作成された多様かつ大量のビラ類から東大闘争の諸主体を多面的に検討できる貴重な資料群である。

もう一つは、東大闘争とともに一九六八年の大学闘争を象徴する日大闘争の記録群である。「日大九三〇の会」(日大全共闘同窓会)が各会員から集めた資料群であり、分類と目録化が開始されたばかりであるが、段ボールなどのまとまりで四〇ほど、ビラ・冊子・書籍・ノート・新聞雑誌等を中心に、ポスター・ステッカー・映像資料等を含め、大まかな点検で約一万五〇〇〇点と見積もっている。当時の日大は一一の学部を数えるが、そのほとんどの学部・キャンパスの闘争資料を含んでおり、教職員組合や学生向け当局文書、裁判資料などとあわせ、日大闘争の全容を検討する資料として期待できる。さらに他大学の闘争や三里塚など他の諸運動の文書を含み、これら資料のあり方からも、当時の諸運動間の関係性が推察できる。

これら館が受け入れた社会運動資料群の学術的価値を踏まえ、歴博では、本年度から本資料群、および他の諸機関所蔵の一九六〇年代社会運動資料を含めて一九六〇年代後半の社会運動を検討するための共同研究を発足させた。この共同研究を基礎において、二〇一七年に「一九六八年」をテーマとする企画展を開催すべく、計画を進めている所である。

荒川 章二 (本館研究部/日本近現代史)