連載「歴史の証人-写真による収蔵品紹介-」

館蔵 物部の仮面といざなぎ流

本館常設の第四展示室には、日本各地の民俗仮面が展示されているが、この中に、高知県東部物部(ものべ)地域の面のいくつかが含まれている。このほか、収蔵庫に収められているものも含めると、八面の物部地域の仮面が本館には所蔵されている(いずれも模刻仮面)。

列島各地の民俗仮面は、神楽や芝居などの芸能で使用されたり、御神体として祀られて祈りの対象となったりなど、地域の信仰と強く結びついて伝承されてきた。物部の仮面もこうした要素を濃厚にもつ典型的な造形であるが、当地を中心に現在も活動が続く民間宗教「いざなぎ流」とも関わる、独特な信仰や使用を見ることができる。

神楽面

神楽面

魔群・魔性の鎮めの面

物部では家の天井に、祖霊を「ミコ神」としてオンザキ神・八幡神等とともに、位の高い「タカ神」として祀る家が少なからずあり、こうした家ではいざなぎ流の宗教者である「太夫」に依頼して、十一月~二月に屋祈祷(やぎとう)を行う。さらに、その屋祈祷の大祭として十~三十年に一度宅神祭(たくじんさい)を行うが、この大祭では、屋内の舞台のほかに、家の庭に太陽と月を祀る規模の大きな祭壇が作られ、日月祭が行われる。

一週間前後にも及ぶ宅神祭の終結に行われる日月祭(にちげつさい)は、家族・親戚のみならず、集落の人々が集いにぎわうが、かつては(昭和五十年頃まで)その折に面をつけた役による滑稽芝居が演じられた。

仲人が二つの家を往復しての嫁取りの交渉の様子が、おもしろおかしく演じられたり、翁の面をつけた爺さん役が山仕事をしたり休息して煙草を吹かしたりする様子を人々が問いかけ、からかったりと、参拝者を沸かせたが、興味深いのは、これらの芸能に続けて、いざなぎ流の太夫が面をつけて、山川の精霊を鎮めるために反閇(へんばい)(地霊を踏み鎮める陰陽道に由来する作法)等の作法などを行ったことである。山深い物部では、しばしば病気等の災いの原因ともなる動物や樹木の霊を魔群・魔性としておそれたが、面はこうした山川の精霊を鎮める呪力を有するものと信仰されたのである。

女面

*女十二のヒナゴ面

十二のヒナゴ面

本館蔵の物部の仮面に「十二のヒナゴ」と称される面がある。七面一揃いで伝えられてきた面の中の一つであるが、本来は名前のとおり、十二面で一揃いとなるものという。

この面には興味深い話が伝えられている。面におにぎりなどを供えておくと、夜中、斧やのこぎりなどを持って木を伐りに行き、木を運んで来てくれたといい、現在、七面のみなのは、五面は伐った木の下敷きになって死んでしまったためだ、といわれている。また、この十二のヒナゴ面は、一本の木より作って、残った木端をすべて焼却することにより、木の性根が面に込められており、特に面が十二すべてそろった際には恐ろしい力を発揮する、ともいわれている。

山深い物部では、近世以来、伐木は重要な生業であり、その職人を「杣(そま)」と言った。山中で仕事をする杣の間では、夜間、昔の杣の化身が木を伐る音が聞こえてくることがあり、しかしながらその場所に行ってみると誰もいないといった恐ろしくも不思議な怪異が伝えられているが、十二のヒナゴ面の伝承は、こうした物部の生業とも関連するものとしても興味深い。

十二のヒナゴ幣

馬面

シキ食い面

十二のヒナゴといえば、物部においてより知られるのは、いざなぎ流の神楽等において舞台の四方に張り巡らされる注連(しめ)の、その各方につけられる鳥のヒナゴをかたどった御幣である。この御幣(ごへい)には、舞台内に、祭りを妨げ、人に災いをもたらす悪魔・外道が侵入するのを防ぐための関(せき)―悪魔・外道を撥ね返す呪力―が入れられている。面の「十二のヒナゴ」の名称も、こうしたいざなぎ流の祭儀に関連するものなのである。

いざなぎ流においては、先に述べた個人宅の屋祈祷、宅神祭のほか、病人治癒の祈祷等も行われたが、一方、かつては依頼を受けて呪詛、調伏(ちょうぶく)等、他者に災いをなす祈りが行われたこともあった。

物部では現在、太夫以外の一般の人々でも、呪詛、調伏を行うことを「シキを打つ」といったことばで表現するが、この呪詛に対処、防御する面があった。「シキ食い面」と呼ばれる面がこれで、打たれたシキを食うことによって、相手の呪詛を無力化するのだという。この面は、十二のヒナゴ面として作られるもので、角がつけられた面で、家の中では主人しか触れることができず、家族は平生でも肉食せず精進しなくてはならない「やっかいな面」なのだと、大正十二年生のいざなぎ流太夫小松豊孝(とよのり)氏記の『天の神本式作法』(平成十二年記)は伝えている。他者の攻撃に対抗し得る力を発揮してもらうために、その所有者には日常の心構えや祭祀が要求される面であったのである。

館蔵の「鬼面」として蔵せられる面は、角こそないものの、真っ赤な相に、金色の大きな目、口には牙といった、他の物部仮面とくらべてもおそろしさの際立つ形相をしており、この「シキ食い面」なのではなかったか、と想像されるのである。

*鬼面

女面

男面

※原資料は、*十二のヒナゴ面、及び*鬼面は高知県立歴史民俗資料館蔵、それ以外は旧物部村に伝えられた仮面(現在は同資料館寄託)。

松尾恒一(本館研究部・民俗宗教/儀礼・芸能史)