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このたび、国立歴史民俗博物館では、企画展示「万年筆の生活誌-筆記の近代-」を2016年3月8日(火)から5月8日(日)まで開催いたします。

本展は、万年筆が明治時代に海外から日本に輸入され、日本独自の万年筆製作が始まり今日に至るまで、製作に必要な技術の発展やその装飾の技巧の展開、また万年筆を取り巻く文化まで含めて改めて展望するものです。

本展は、博物館で開催される日本初の万年筆の総合的な展覧会です。

万年筆が輸入されてから、日本ではろくろの応用で国産品が作られるようになり、漢字・ひらがな・カタカナという日本の多様な文字にあわせた繊細なペン先など、独自の技術的発展を遂げました。また、どこにでも持ち出すことができ、すぐに書き記すことができるという特性は、近代の生活のさまざまな場面で万年筆を活躍させ、「書く」という行為の風景を変えました。日本における万年筆の歴史をふりかえることは、西洋起源の道具が日本人の生活に根付いていった歴史の一つをつぶさに見ることであり、広くは現代の人間にとって「書く」ことの意味に思いをはせる新鮮な契機ともなるでしょう。

本展では、世界でも賞賛された精巧な蒔絵万年筆の胴軸部分の蒔絵や明治時代に輸入された古典的な万年筆など、魅力あふれるさまざまな万年筆の数々を、その文化的背景とともに考察します。「なつかしくて、新しい・・・」万年筆の展覧会です。

左から、パイロットの「伺い状」 個人蔵、セルロイド製万年筆 個人蔵、蒔絵万年筆 本館蔵、鮮やかなセルロイド製万年筆 個人蔵、蒔絵万年筆 本館蔵

開催概要

万年筆の生活誌-筆記の近代-
開催期間2016年3月8日(火)~5月8日(日)
開催期間 2016年3月8日(火)~5月8日(日)
会場 国立歴史民俗博物館 企画展示室A・B
料金

一般:830(560)円 / 高校生・大学生:450(250)円 /
小・中学生:無料 /( )内は20名以上の団体 

※総合展示もあわせてご覧になれます。 
※毎週土曜日は高校生は入館無料です。

開館時間 9時30分~17時00分(入館は16時30分まで)
※開館日・開館時間を変更する場合があります。
休館日 月曜日(休日の場合は翌日が休館日となります)
※3月28日(月)、5月2日(月)は開館します
主催

大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館

本展の見どころ

・日本の万年筆技術の真骨頂! 蒔絵万年筆の装飾面を展開図にして公開!
・4Kディスプレイで蒔絵万年筆を自在に回転し、気に入った角度から鑑賞できる!
・世界有数の万年筆技術をもつ日本の職人による技を、映像で公開!
・明治の作家たちが使用したのと同じ古典的な万年筆も登場!

展示趣旨

万年筆は明治時代に日本に輸入されはじめてから、それまでの毛筆に代わって、公的な筆記具として広く用いられてきました。いわば近代日本の筆記を支えた道具ということができます。この展示では、その歴史や製作に必要な技術、装飾、さらにはふだんの暮らしのなかでの位置づけなどについて、さまざまな角度から光をあててみます。
第1部では、明治になって輸入された万年筆が人びとをとらえ、やがて国産化されていった様子について、その技術に目配りしながら見ていきます。

第2部では、近代の暮らしのなかで万年筆がはたした役割や位置について、販売の様相、使用された諸場面、特に個人の表象として万年筆が用いられてきたことなどについて取りあげます。とりわけ、進学や就職にあたって万年筆を贈答すること、持ち歩いて、日常的に用いることが、一種の通過儀礼の意味合いを帯びていたことを確認し、万年筆にこめられた人びとの思いを掘り起こすようにします。

全体を通じて、文字を書く道具としての万年筆が、近代の庶民生活のなかで担ってきた多様な意味を考え、万年筆をめぐる文化を歴史のなかで改めて考えてみます。

【展示代表 紹介】

小池 淳一(こいけ じゅんいち)

1963年長野県生まれ。専門は民俗学(民俗信仰、口承文芸、民俗学史)、信仰史。
主な研究テーマは、民俗における文字文化の研究、陰陽道の展開過程の研究、地域史における民俗の研究など。1992年、弘前大学講師。同助教授、愛知県立大学助教授を経て2003年に国立歴史民俗博物館研究部民俗研究系助教授に就任、現在は国立歴史民俗博物館研究部民俗研究系教授、および総合研究大学院大学文化科学研究科日本歴史研究専攻長。
著書
『伝承歳時記』飯塚書店 2006
『民俗学的想像力』(編著) せりか書房 2009
『陰陽道の歴史民俗学的研究』角川学芸出版 2011
『季節のなかの神々: 歳時民俗考』春秋社 2015ほか。

展示構成

プロローグ 日本の文字と筆記

古代から近世まで、紙(漆紙)や木簡、土器などに文字を記す行為をうかがい、古文書から筆と墨によって筆記された厖大な記録が日本社会に蓄積されてきたことを最初に確認します。そして、近代以降の幕末から明治にかけて西洋的な文物と諸制度の輸入にともない、ペンとそれによる筆記が普及し、広く行われるようになりました。また鉛筆やメカニカルペンシルなども用いられるようになり、筆記とそれを支える道具は近代化が進んでいきました。

第1部 日本の万年筆とその技

1-1-1 輸入された万年筆


《プラトン万年筆の広告(大正の末頃)》個人蔵

筆記の近代化を担った丸善はイギリスのデ・ラ・ルー社のオノトを中心として万年筆の普及啓蒙を図りました。丸善の『学燈』を編集していた内田魯庵は、当時の人気作家であった夏目漱石や北原白秋、幸田露伴らを宣伝に起用し、万年筆を新しい時代の筆記具として宣伝したのです。

文筆業を中心に万年筆は大いに受け入れられ、その利便性が社会全体に浸透していくとともに知的な活動のシンボルともなっていきました。

 

1-1-2 初期国産万年筆

明治末になると、筆記具をはじめとする文具の輸入に携わっていた人びとが国産の万年筆の製造に挑むようになりました。スワン、オリバーが代表的なメーカーであり、少し遅れて大正に入るとサンエスやプラトンといったメーカーも参入し、国内での部品製造や加工技術の向上を背景に輸出なども行われるようになっていきました。

 

1-1-3 国産万年筆の展開

明治44年に創業したセーラー萬年筆は現存する最古の万年筆メーカーです。広島県呉市に本拠を置き、国産で最初の14金ペンを生産したのをはじめ、万年筆の国産化を推進していきました。

パイロットは並木製作所として大正3年頃に創業し、多様なインク吸入方式の開発やエボナイトの胴軸に漆を塗り変色を防ぐといった工夫を行いました。さらに、軸に蒔絵を施すことで、昭和に入るとダンヒル社との提携で蒔絵万年筆をヨーロッパをはじめとする世界各地で販売しました。

プラチナは、大正13年の創業で、戦前は通信販売という方法で販路を開拓し、戦後はカートリッジ式を他社に先んじて取り入れるなど進取の姿勢で、製作を続けました。

日本の万年筆は現在、これら3社を中心として競い合いながら製品の開発、販売の工夫を重ねて今日に至っています。

《セーラー萬年筆のカタログ(大正13年)》 個人蔵 《パイロットの呑み込み式インキ瓶》 本館蔵

1-2 日本の万年筆の技

細長い万年筆の胴軸を削り出すために、日本では伝統的なろくろ(轆轤)の技術が応用されました。初期の万年筆作りにはろくろが広く用いられました。ろくろは古代に惟喬親王という貴種によって発明されたという伝承があり、またそれを操り、木地を挽く職人たちにはさまざまな特権が与えられていたと言われます。近世になると近江の君ヶ畑・蛭谷で惟喬親王を祀る寺社が、全国の職人を掌握し、その技術の特性を喧伝しました。これを氏子狩といいます。こうした組織が近代に入って万年筆製造に関わる職人たちも取り込むようになりました。そうした職祖信仰とつながりを持ち、自己の技術を守護する神仏を意識するようになったのは、日本の伝統的な技術が万年筆という近代的な道具にも適応したことを示しています。

 

1-2-1 ろくろとその技

滋賀県東近江市の君ヶ畑・蛭谷には木地師の職祖神、惟喬親王が祀られています。万年筆の生産が盛んになると関西をはじめ、各地の万年筆職人が自らの祖神、ろくろの神様としてこの地の寺社を尊崇し、参詣するようになりました。同地には、彼らが自己の技術の結晶である製品を奉納しています。

ろくろを用いることで、万年筆の軸の部分を削り出すだけではなく、自らが加工した道具を用いてねじの部分を巧みに削り出すことも行われました。手動と電動とを組み合わせて細部の加工と能率的な切削とを施すことによって、よく手に馴染み、使いやすい万年筆が生み出されてきました。

《ろくろ道具 ウマ》 個人蔵 《万年筆用のろくろ》 本館蔵

 

1-2-2 蒔絵万年筆


左側《蒔絵万年筆》(プラチナ・プラチナ・セーラー)
右側《きわめて珍しい大型の蒔絵万年筆》(パイロット)

オーダーメイドで、鳥獣戯画の画が模写され、キャップ部分には持ち主の歌が書かれている。
すべて本館蔵

胴軸に漆を塗り、さらにそこに蒔絵を施すことで日本の万年筆には独特の美しさが生まれ、芸術性を帯びることになりました。細い曲面に巧みな筆使いと技巧で繊細な絵が描かれている蒔絵万年筆は日本の万年筆の装飾面での技術水準の高さをよく示しています。

漆工芸の伝統が近代的な道具である万年筆と結びついたことで、新たな美が生まれ、人びとに愛好されるようになっていきました。蒔絵を描く職人たちは万年筆以外の作品も手がける一方で、斬新なデザインにも果敢に挑戦し、伝統的な技術に新たな趣向を加えた作品も生み出しています。

このコーナーでは大画面の4Kディスプレイをつかって、蒔絵万年筆を手に取るように鑑賞したり、気に入った万年筆の展開図を自由に選んで見たりすることができます!

 

1-2-3 さまざまな工夫~インク止め・カートリッジ・キャップレス


《キャップレス万年筆》 本館蔵
左が最初期型で尻軸を回転させてペン先を出す仕組みになっていた。右は尻軸部分をノックすることでペン先を出すように改良されたもの。

日本の万年筆を特徴づける技や技術をいくつか取りあげてみます。 インク止め式とは、 尻軸に連結した中芯でインクの流量を調整できるもので、インクの補給は首軸を外して行います。おそらく、オノトなどに用いられていたプランジャー式から生み出された独自の方式で、日本の万年筆にかなり広く用いられました。

カートリッジ式とは、インクを吸入するのではなく、あらかじめ個別に充填したインクをカートリッジに入れ、インク吸入にまつわる不便さを解消したものです。さまざまなメーカーによって試行錯誤がくり返されましたが、日本ではプラチナが昭和32年に「インク瓶よ、さようなら」というキャッチコピーとともに、この形式の万年筆を売り出しました。

書き出す際にキャップを外す動作を省略して、簡単に書き出すようにするために、尻部のノックなどでペン先が容易に露出する形式の万年筆をキャップレスといい、パイロットが昭和38年に開発、発売しました。欧米ではヴァニッシング・ポイント(消えるペン先)と呼ばれ、日本の万年筆独自の技術として知られています。

 

第2部 万年筆と日本の近代

2-1 万年筆の時代

万年筆は日本人の筆記をさまざまな場面で支えました。ボールペンの品質向上とそれに伴う普及以前には唯一の公的な筆記具でした。昭和に入ると国産の万年筆の生産は進展し、多様な万年筆が人びとの需要に応えるようになっていきました。近代社会のさまざまな場面で、私的な場合から公共での使用まで万年筆は至るところで用いられたのです。万年筆を切り口に日本近代の知的な営みをふり返ります。

 

2-1-1 大衆化した万年筆

大規模メーカーのものだけではなく、人びとの需要に合わせてさまざまな万年筆が生み出され、市場に流通しました。海外のメーカーのものが輸入される一方で、日本で生産されたものが輸出される場合も多くありました。大人になれば一人が一本、必ず持つものとして万年筆は大衆化し、軸の素材やペン先の種類など、多種多様な万年筆が生み出され、使用された。

 

2-1-2 店頭風景(ディスプレイ)


《鳥取 万年筆博士の店頭風景》 個人蔵

万年筆とインキは文房具店だけではなく、書店や雑貨店でも扱われ、容易に手にすることができました。一方で、ペン先をはじめとする微妙な調整が必要で、専門の技術を持つ店舗での販売も盛んでした。進入学、就職の時期には万年筆店の店頭に多くの人びとがつめかけ、贈答用に、あるいは自らが用いるために先を争うように購入し、店側も態勢を整えてそれに応えるようになりました。

 

2-1-3 店頭の道具

万年筆はインクをつけて実際に試し書きをすることで、その人にとって書きやすいか否かを確認してから購入することが普通でありました。店頭には試し書きをするためのインクと紙が用意され、誰もが気軽に書き味を確認することができるように準備がされていたのです。また、万年筆はペン先の微妙な調整によって、その書き味が激変します。一人一人の書き癖に合わせて、書きやすいように整備することもよく行われていました。

 

2-2 万年筆と近代の制度


《銀行における万年筆の貸与に関する規定》 個人蔵

毛筆に代わって公的な筆記具として用いられるようになった万年筆はさまざまな場面で広く用いられるようになりました。ここでは外交や教育、軍隊などといった近代的な制度や空間において用いられた万年筆をとりあげます。集団生活、過酷な戦場、外国との交渉といったさまざまな場面で万年筆が用いられました。万年筆を用いて文字を記すことで近代という時代は生み出されていったとさえ言えるでしょう。

 

2-2-1 外交の舞台で

条約の調印式において互いの国の代表が文書に署名をし、筆記具を交換します。外交のクライマックスの場面でも広く万年筆が用いられました。ペン先には国家の命運が委ねられたのです。

 

2-2-2 教育の場で

個々人の成長の過程、子どもから大人へと移行する時期に、万年筆を贈り、門出を祝う習慣は広く行きわたっていました。初めて自分の万年筆を持った時の胸の高鳴りを記憶している人は少なくないでしょう。万年筆は単なる筆記具ではなく、大人の証しであり、一人前のシンボルでありました。

 

2-3 万年筆と暮らし

人々の筆記を支えた万年筆は、さまざまなシチュエーションのもとで文字をつむぎ出しました。生活のなかで、メッセージを伝えたり、自己の思いを記す時に万年筆が用いられただけではなく、肌身離さず持ち歩くことで、その人の分身のような位置を占めるに至った場合も少なくありません。文字はその人の個性であり、その個性は万年筆を通して表現されたのです。

 

2-3-1 万年筆と近代の制度


個人蔵

個人の気持ちや思いを伝えるときに万年筆は広く用いられました。
綴られた文字は、長い年月に耐えて、我々も目にすることができます。
万年筆で書かれた文字が人と人とを結び、気持ちの行き来を記録していきました。

 

2-3-2 携行する

軍隊生活において万年筆は不可欠のものでした。人びとは万年筆を携えて、入営しました。さまざまな訓練や実際の戦場でも万年筆は通信や記録のために頻繁に用いられました。戦場に遺された万年筆は多くの兵士が万年筆を携行して戦ったことを示しています。

 

2-3-3 記録する

万年筆は屋内で机に向かってさまざまな思索や感情を記録するために用いられただけではなく、屋外でのさまざまな調査においても用いられました。インクを内包した万年筆によって現場での貴重な記録が次々と生まれていきました。

行動とともに万年筆があり、万年筆の力によって人びとはさまざまな見聞を文字や図にして記録し、研究を深めていきました。万年筆は知性のシンボルであったのです。

 

2-3-4 所有する喜び

万年筆は決して安いものではありませんでした。美しい装飾が施されたものは単なる筆記具であることを越えて、所有する喜びをもたらします。自らの書き癖になじんだ万年筆は手放しがたく、その状態を維持するためには、たとえ家族でも貸し借りすることははばかられたものです。また、子どもたちは大人が使う万年筆に憧れ、自らも自分だけの万年筆を持つことを望んでいました。万年筆は筆記具であるだけではなく、成長にともなう夢や希望をかたちにしたものでもあったのです。さらに、その人の持ち物であることをはっきりと示すために胴軸やキャップに名前を刻むことも広く行われました。

 

エピローグ 「書く」を問う

万年筆は扱いやすい筆記具ではありません。ペン先は注意して保護しなくてはならず、インクの補給も慣れるまでは難しく感じられます。しかし、その一方で簡単に使い捨てるのではなく、長期間の愛用に適しているのが万年筆です。さらに万年筆によって文字を書き記す感覚は、独特の快さが伴います。つまり「書く」喜びを与えてくれる筆記具なのです。

「文字は人なり」と言います。われわれは文字を書き記すことをしないではいられません。手を動かし、文字を綴る行為は生きていることの証といってもよいでしょう。万年筆はそうした人生の伴走者です。今日、これから、もう一度「書く」ことを見直し、「書く」ことの意味を問い直してはいかがでしょうか。

主な展示資料

  • 明治から大正期の古典的な万年筆
  • 貴重な国産万年筆メーカーのカタログ・看板
  • 繊細を極めた美しい装飾が施された蒔絵万年筆
  • 日本各地の万年筆専門店の店頭風景写真
  • 近代日本のさまざまな場面で用いられた万年筆の姿

など

開催期間中に数回「万年筆組み立て教室」を開催予定。
※ 上記詳細については当館ホームページ上にてお知らせいたします。

ギャラリートーク

開催期間中の土曜日を中心に実施予定です。
※ 上記詳細につきましては当館ホームページ上にてお知らせいたします。

歴博フォーラム

第101回「万年筆が拓いた時代:万年筆の生活誌にむけて」

聴講無料、要申込(往復はがきまたはHP内申込フォームにて)、先着順(定員280名)

開催日時 2016年4月16日(土) 10:00~12:30 (予定)
会場 プリミエール酒々井(千葉県酒々井町)
講師

小池 淳一(本館民俗研究系教授)、重信 幸彦(本館客員教授)、
佐藤 健二(東京大学大学院人文社会系研究科教授)他

歴博講演会

聴講無料、申込不要、先着順(各定員90 名)※当日開館より整理券配布予定。第1回と第2回は同じ内容です。

第388回「万年筆の魅力」

開催日時 2016年4月9日(土) 第1回10:30~11:30、第2回13:00~14:00 (予定)
会場 国立歴史民俗博物館 ガイダンスルーム
講師 小池 淳一(本館研究部民俗研究系教授)

広報用作品画像の使用について

本展の資料画像を、広報素材としてご提供いたします。別紙返信用紙に必要事項をご記入のうえご返信ください。
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<画像使用に際しての注意>

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  • 資料画像の使用は本展の紹介目的に限ります。展覧会終了後の使用、ならびに二次使用はできません。web掲載の際は「作品画像の転載、コピーは禁止」の旨を明記してください。
  • 転載、再放送など2次使用をされる場合には、別途申請いただきますようお願いいたします。
  • 基本情報、図版使用の確認のため、ゲラ刷り・原稿の段階で広報事務局までお送りいただきますようお願いします。
  • 掲載、放送後は必ず、掲載誌、同録テープを、本展広報事務局へ1部お送り願います。
1)蒔絵万年筆(パイロット)
(国立歴史民俗博物館蔵)
2)蒔絵万年筆(プラチナ)
(国立歴史民俗博物館蔵)
3)鮮やかなセルロイド製万年筆 カトウセイサクショカンパニー製
(個人蔵)
4)セルロイド製万年筆 カトウセイサクショカンパニー製
(個人蔵)
5)プラトン万年筆の広告(大正の末頃)
(個人蔵)
6)パイロットの「伺い状」
(個人蔵)
7)パイロットの「伺い状」
(個人蔵)
 
8)セーラー萬年筆のカタログ(大正13年)
(個人蔵)
 
9)富山県魚津市の商店街の絵はがき
(個人蔵)
 

本リリースに関するメディア問い合わせ先

国立歴史民俗博物館 広報事務局(株式会社ユース・プラニング センター内)担当:岩川、大山
〒150-8551 東京都渋谷区渋谷1-3-9 東海堂渋谷ビル3F
TEL:03-3406-3411/FAX:03-3499-0958/Mail:rekihaku@ypcpr.com

<お客様からのお問い合わせ先>
※ご掲載いただく際に紙誌面上に記す問い合わせ先は、こちらでお願いいたします。
国立歴史民俗博物館
〒285-8502 千葉県佐倉市城内町117番地  ハローダイヤル:03-5777-8600 (8:00から22:00まで)