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このたび、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)では、2015年度企画展示「ドイツと日本を結ぶもの-日独修好150年の歴史-」を2015年7月7日(火)から9月6日(日)まで開催する運びとなりました。

本展は、日独交流の歴史を、日本とドイツ両国(一部オーストリア)に残された資料から紹介する企画展示です。2011年には、1861年に成立した「日本・プロイセン修好通商条約」締結の150周年を記念して、日本とドイツで展覧会やシンポジウムなど様々な記念行事が行われました。それらの成果も踏まえて開催いたします本展は、ドイツにゆかりのある3つの地域、長崎歴史文化博物館・鳴門市ドイツ館・横浜開港資料館にも巡回予定です。日本とドイツは、幕末に外交関係を結んで以来、150余年の交流の歴史を持ち、日本は、憲法などの法制や軍事、医学、化学、地質学など学問・文化の諸分野で、ドイツから強い影響を受けました。第一次世界大戦時には敵国として交戦し、ドイツ租借地青島(チンタオ)からドイツ人捕虜が送り込まれた日本各地の収容所に由来する多くの資料群からは、大正期の日独交流の実態をうかがうことができます。第二次世界大戦では同盟を結ぶなど関係が密になりますが、相次いで無条件降伏し、戦後は、連合国側の占領下で、ともにめざましい経済発展を遂げました。様々な展示品から、改めてドイツとの歴史的な関わりを見直します。

開催概要

ドイツと日本を結ぶもの-日独修好150年の歴史-
開催期間2015年7月7日(火)~9月6日(日)
開催期間 2015年7月7日(火)~9月6日(日)
会場 国立歴史民俗博物館 企画展示室A・B
料金

一般:830(560)円 / 高校生・大学生:450(250)円 /
小・中学生:無料 /( )内は20名以上の団体 

※総合展示もあわせてご覧になれます。 
※毎週土曜日は高校生は入館無料です。

開館時間 9時30分~17時00分(入館は16時30分まで)
※開館日・開館時間を変更する場合があります。
休館日 月曜日(休日の場合は翌日が休館日となります)
※8月10日(月)は開館します
主催

大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館、
長崎歴史文化博物館鳴門市(鳴門市ドイツ館)ドイツ館史料研究会横浜開港資料館

特別協力 東京大学史料編纂所
助成 ドイツ連邦共和国外務省、平成27年度 文化庁 地域の核となる美術館・歴史博物館支援事業
共催 ドイツ連邦共和国大使館
後援 外務省、全国日独協会連合会、独日協会連合会
協賛

キリン株式会社   ANA   トルンプ株式会社   キッコーマン   ビッグ・エスインターナショナル   株式会社大阪塾   Rapport Style K.K   Steiff

本展の見どころ

・ドイツと日本の150年の交流を一望する、日本初の展覧会
・〈徳川家茂の竹内使節団に対する信任状〉や〈日独伊三国同盟〉など、外交文書の実物公開!
・幕末の日本にドイツから使節団が来ていた!
・明治日本とドイツの切っても切れない関係を振り返ってみよう
・二度の世界大戦で、ドイツと日本はどのように関わったのだろう?

フリードリッヒ・アルブレヒト・ツー・オイレンブルク伯爵肖像画 (個人蔵) アルベルト・ベルク画『プロイセン東アジア遠征隊:日本、中国、シャムの風景』より「江戸城の門」 (東京大学史料編纂所蔵)

展示趣旨

日本とドイツは、150年を越える交流の歴史を持ち、それぞれ「勤勉」や「規律」などに関する価値観では親近性を感じています。またドイツといえば、車やカメラ、サッカーやビールなどだけでなく、EUで主導的役割を果たしていることを想起する人も少なくありません。近年では、リサイクルなど環境保護の問題や原子力発電の問題などで、その動向に関心が集まっています。にもかかわらず、日本とドイツの交流の歴史について具体的に知る機会は、これまでほとんどありませんでした。本展は、外交や文化に関する日独交流の歴史を、本格的な「展示」というかたちで表現する、日本で初めての試みとなります。

戦後から現代までは、ともに連合国に占領されたのち、その後めざましい経済発展を遂げるという点で、両国は共通点を持ちます。冷戦下で東西に分裂したドイツのうち、ドイツ連邦共和国とは、民主主義・資本主義とそれに関する基本的な価値観を共有しました。ドイツはその後統一され、戦後70年を迎えて、日本とドイツ連邦共和国が世界のなかで果たすべき役割には共通するところが多くあります。同時に歴史的な環境の違いから異なるところも少なくありません。

本展を通して、多くの価値観を共有するとともに70年を経て異なる点のあるドイツと日本が、今後どのような新しい関係を築いていくのかについて考えるために、改めて両国の交流の歴史を振り返る機会を提供したいと思います。

展示構成

I プロイセンおよびドイツ帝国と幕末維新期の日本

オイレンブルク伯爵
オイレンブルク伯爵はプロイセン王国の外交官で、東南アジアや東アジアとの貿易を促進するため組織された使節団の代表として1861年に来日し、日孛(日普)修好通商条約締結に尽力しました。彼は離日後、清国とも条約を結んでいます。

1)日独外交の黎明
  A)オイレンブルク使節団と条約締結
  B)描かれた日本・描かれた「プロイセン」人

幕末日本に「プロイセン」の使節団がやって来た!


歌川貞秀画「横浜渡来商人孛漏生国男女之図」 (個人蔵)
来航した外国人風俗や横浜市街などを描く横浜絵の中心絵師のひとり、歌川貞秀が描くプロイセン人の男女。

日独の外交関係が結ばれた頃、「ドイツ」という統一国家はいまだ成立しておらず、中央ヨーロッパのドイツ語圏地域には、多くの独立国家がひしめいていました。その中で最大規模の王国プロイセンは、1860年東アジアへ使節団を送り、翌年1月24日、日本の徳川政権と修好通商条約を結びます。

これが日独外交の始まりです。その際に交わされた外交文書や、プロイセン国王から将軍家茂へ贈られた贈答品など、日独外交の黎明期を飾る貴重な資料を、ドイツからの招来資料を含めて展示します。

また「使節団がみた当時の日本」「日本からみた当時のプロイセン」がうかがえる当時の絵画を紹介。プロイセン使節団に随行した画家たちがとらえた幕末の江戸や長崎の風景、江戸の浮世絵画家たちが描写したプロイセン人から、当時の双方向のまなざしが浮かび上がってきます。

 

2)外交仲介者としてのシーボルト父子
  A)フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトの幕末外交活動
  B)明治政府の外交とアレクサンダー・フォン・シーボルト

シーボルト父子
出島のオランダ商館付の医師として有名なシーボルトがドイツ人であったことはあまり知られていません。 彼はシーボルト事件で日本を追放されますが、幕末には再来日して短期間ながら幕府の外交顧問として活躍しました。 またその長男のアレクサンダーは明治政府の外交官として活躍し、次男のハインリッヒは駐日・オーストリア・ハンガリー帝国の通訳官として活動するとともに日本資料の収集家としても知られています。

3)1862年の竹内保徳遣欧使節団
  A)「開市開港延期交渉」
  B)描かれた使節団

竹内遣欧使節団が経験した19世紀後半のドイツ


ベルリンの日本人 (本館蔵)
ドイツの風刺漫画雑誌『クラダラダッチュ』には、当時の日独関係に関する興味深い挿図を多く見出すことができます。これは、1862年8月3日に掲載された挿図。同年、幕府がヨーロッパへ派遣した竹内使節団を描いたものでしょう。キャプションには、「〔ドイツ人と日本人が〕民謡「俺たちゃ素敵な人間さ!」に合わせつつ、ゲンツダルメン広場〔ベルリン中心部〕でお互いに感嘆し合う」とあります。

1862(文久二)年、幕府は、外国奉行竹内保徳を正使とする使節団をヨーロッパへ派遣しました。目的は、安政の五ヶ国条約などの対外条約にあった大坂・兵庫・江戸などの開港開市規定の実施を延期することについて、各国の承諾を得るためでした。竹内使節団は、フランス、イギリス、オランダ、プロイセン、ロシア、ポルトガルの順で、ヨーロッパの条約締結国を訪れます。プロイセンでは、使節団は、ベルリンの宮殿でヴィルヘルム一世に謁見したのをはじめ、数多くの外交セレモニーに参加しました。ベルリン大学や機械製造工場の見学もし、その実地見聞録を使節団は残しています。

II 明治日本とドイツ

1)明治維新とフォン・ブラント
  A)北ドイツ連邦の成立と戊辰戦争
  B)ドイツ帝国の成立とブラントの活動
  C)居留地の生活とドイツ商社の活動

プロイセン領事ブラントと明治維新の舞台裏を覗いてみよう!


M・フォン・ブラント著 『東アジアにおける三十三年間-あるドイツ外交官の回想』より (本館蔵)
ブラントは、オイレンブルク使節団員として1860年に初来日した後、初代プロイセン(のち北ドイツ連邦、次いでドイツ帝国)駐日代表として幕末・明治初期の日本に駐在し、その後1875年から93年まで中国でドイツ帝国駐清代表を務めた。

フォン・ブラントはプロイセンの初代駐日外交官です。幕末にプロイセン使節団の一員として来日し、条約締結後の1862年末、初代駐日領事として横浜に着任しました。1868(慶応4・明治元)年、戊辰戦争の勃発に際し、列強各国の駐日代表は局外中立を宣言しますが、ブラントは、奥羽越列藩同盟が占領・管理していた条約港新潟への自国民の渡航を許可するなど、維新政府支持の英国公使パークスに対抗するような行動を取りました。

 

 

 

2)ドイツから学んだもの
  A)始まるドイツ語の学習-幕末維新期の独逸学-
  B)岩倉使節団
  C)日本からドイツへ -ドイツで学んだ日本人留学生
  D)ドイツから日本へ -「お雇い外国人」
  E)外交官たちの活躍

ドイツこそ明治日本のお手本だった


木戸正二郎の洋行願 1880(明治13)年3月15日 (本館蔵)
木戸正二郎(1861~84)は明治維新の功労者木戸孝允の甥で、その養嗣子となりました。「独逸学修業」のため5年間の留学を願い出て、最初、1881年から翌年にかけベルリン大学で法学を学びましたが、後に陸軍士官になるべく兵学校に入学しました。

日本における西洋文化の導入は、当初、江戸時代の蘭学(オランダ)、幕末からの英学(イギリス・アメリカ)・仏学(フランス)によってなされたのですが、明治維新の後になると、後進国日本にとって最も参考とすべき国として新興国ドイツが浮上しました。

派遣された日本人留学生や招聘されたお雇いドイツ人教師を通じて、医学をはじめとする先進的な学問、軍隊や政治のしくみなどが大々的に取り入れられたのです。

帝国大学も英米仏ではなくドイツ型のシステムを指向していきました。

 

 

3)ドイツにおけるジャポニズム
  A)演劇と美術

ドイツにおけるジャポニズム

19世紀末のドイツでも、英仏に一歩遅れてジャポニズムがブームとなりました。1885年夏、ベルリンに続きミュンヘンで開催された日本展は評判となり、その様子は画家メンツェル(1815-1905)によって水彩画に描かれました。一方演劇の世界では、イギリスのオペレッタ「ミカド」が1886年にミュンヘンで客演され、1889年にはドイツ語で再演されて好評を博しました。このようなさまざまな機会を通して日本の美術や演劇、文化も接し、一般のドイツ人の生き方の中にもジャポニズムの美的感覚が定着していったのです。

フリーゲンテ・ブレッター 第89巻 (本館蔵
ミュンヘンで1844年に創刊され、1944年までの1世紀の時代をユーモラスな社会風刺で描いたドイツの代表的な風刺雑誌のひとつ。政治的色彩は弱く、ドイツの小市民の日常生活を風刺したものが中心で、日本に関する記事や挿絵は非常に稀ですが、本巻には“Japan in Deutschland”(ドイツの中の日本)の全項大挿絵があり、ジャポニズム趣味を楽しむ小市民の風景が描かれています。
ミカドあるいは3つの課題 五幕物の日本のおとぎ話 (個人蔵
Ernst Siewert(エルンスト・ジーヴェルト)による有名なオペレッタ『ミカド』の登場人物の紙製ミニチュア。丁寧に切り離して、同じく紙製の劇場で遊ぶために作成されました。

  B)独和会の活動と玉井喜作
  C)ドイツにおける日本研究

III 両大戦下の日独関係

1)中国をめぐる対立と世界大戦
  A)三国干渉
  B)日独戦争(第一次世界大戦)とドイツ人捕虜

激動の20世紀前半を日独関係から振り返ってみよう

第一次世界大戦では交戦国となり、青島などからドイツ人の捕虜を日本に収容しましたが、これに関する資料群は当館蔵のものも含めて多く残っています。こうした史料を通じて、大正期の日独交流を振り返ってみましょう。その後、昭和初期にかけて両国の政治的関係が緊密化していった経過については、日本とドイツ双方の中国大陸との関係を絡めながら、当時の国際関係の一こまとして、位置付け直します。ナチス政権下で催されたベルリン日本美術展を報ずる貴重な映像からは、当時の日独文化交流を取り巻いた時代の雰囲気をうかがうことができるでしょう。

「板東俘虜製作品展覧会」ポスター 1918(大正7)年3月 (本館蔵
1918(大正7)年3月8日から17日までの間、板東俘虜収容所近くの公会堂と四国霊場第1番礼所の霊山寺を会場に開催された捕虜製作品の展覧会のポスター。印刷は地元業者ですが、デザインは捕虜によるものです。展覧会は非常に好評で、急遽さらに19日までの2日間延長されるほどでした。
絵葉書「板東俘虜収容所製作品展覧会光景」(見物風景) (本館蔵
徳島市内の写真館が製作し、6枚組の絵葉書として売り出したものの一部。展覧会のブースが賑わう様子が写されています。

 

2)ワイマール共和国時代の交流 -大正から昭和へー
  A)外交官ヴィルヘルム・ゾルフとドイツへの学術振興支援
  B)ワイマール共和国へ留学した日本人

3)ナチズムと軍国主義、第二次世界大戦
  A)中国をめぐる日独の立場 -満州事変と国際連盟―
  B)ナチス台頭と日独の接近
  C)ナチズム下の日独文化交流
  D)「諸国民の中の正義の人」 杉原千畝
  E)日独両国の敗戦

IV 戦後の日本とドイツ

1)日独の戦後復興 -両国の地方都市の戦後復興-
  A)ヴュルツブルク(バイエルン州)の戦後復興
  B)長崎市の復興

2)民主国家としての再出発
  A)外交関係の再出発
  B)紹介されるドイツ文化

3)地域からのさまざまな交流の広がり

焼け跡からの再出発


1954年10月、吉田茂元首相のボン訪問時の写真 (ドイツ歴史博物館蔵/Pressebild-Verlag Schirner/DHM)

ともに戦災の中から、民主国家として新たな出発をした日本と西ドイツの復興のありようをヴュルツブルク、長崎という姉妹都市を通して垣間見るとともに、国交の回復にともなう要人の行き来、自治体やさまざまな文化団体の活動などを通して日独の交流が深められていることをご覧いただきます。

またブレヒト研究で知られる岩淵達治氏のドイツ留学中の記録から、戦後の日本に紹介されたドイツ文化についても考えます。

エピローグ

1)宮古島に残る3つの碑から

2)姉妹都市の交流

日独友好の島、宮古


ドイツ皇帝博愛記念碑拓本(部分) (東京大学史料編纂所蔵)
長年の風雨にさらされ実物の碑文を読むことは困難となっていますが、東京大学史料編纂所の拓本で両国の友好の歴史を偲んでいただけたら、と考えています。

1873(明治6)年7月、宮古島の沖合で座礁したドイツ商船ロベルトソン号の乗組員を宮古の人々が救助し手厚い看護をしたことに感激したドイツ皇帝ヴィルヘルム1世は、1876年、島に博愛記念碑を建てました。この出来事がもとで、以後の日独の歴史の中で宮古島が友好を象徴する地として取り上げられてきたことを紹介します。

主な展示資料

※期間中、展示替えがあります。

  • オイレンブルク伯爵肖像画(個人蔵)
  • 日本・プロイセン修好通商条約の条約書・批准書(プロイセン枢密文書館)
  • 徳川家茂への贈答品・プロイセン王立磁器製作所の磁器、額入りの「風景画」(徳川記念財団蔵)
  • ハンザ同盟から日本の皇帝への書簡(ハンブルク国立文書館蔵)
  • 月王乙姫物語絵巻(ベルリン国立図書館蔵)
  • シーボルト関係資料(個人蔵)
  • 徳川家茂の竹内使節団に対する信任状(プロイセン枢密文書館)
  • 日本国独逸北部連邦修好通商航海条約(外務省外交史料館蔵)
  • 幕府の洋書調所が刊行したドイツ語辞書・ドイツ語文法書(静岡県立中央図書館蔵)
  • 明治憲法発布に関する錦絵(本館蔵)
  • 青木周蔵肖像画ほか、青木家関係資料(個人蔵)
  • 第一次世界大戦ドイツ人俘虜ケーバライン関係資料(本館蔵)
  • 写真帳など板東俘虜収容所関係資料(鳴門市ドイツ館)※パネル
  • 『余の闘争』の日本語訳版(本館蔵)
  • 日本古美術展覧会記念図録(個人蔵)
  • ドイツ皇帝博愛記念碑拓本(東京大学史料編纂所蔵)

※内容は変更になる場合があります。

※現在の日独間のさまざまな「ものや人や情報」の交流について、展示場だけでなく博物館のなかを使ってご紹介。そのほか、グリム童話などドイツの絵本やドイツのおもちゃにふれる体験イベントも開催予定! 詳しくは当館のホームページでお知らせします。

歴博講演会

定員260名、聴講料無料(事前申込不要、当日会場までお越しください)

第379回「20世紀のドイツと東アジア」

開催日時 2015年7月11日(土) 13:00~15:00
会場 国立歴史民俗博物館 講堂
講師 田嶋 信雄 (成城大学法学部教授)

第380回「プロイセン東アジア遠征と幕末日本」

開催日時 2015年8月8日(土) 13:00~15:00
会場 国立歴史民俗博物館 講堂
講師 福岡 万里子 (当館歴史研究系)

ギャラリートーク

開催期間中、週1回開催予定
※ 詳細日時につきましては、当館ホームページ上にてお知らせします。

広報用作品画像の使用について

本展の資料画像を、広報素材としてご提供いたします。別紙返信用紙に必要事項をご記入のうえご返信ください。
※下記素材以外の作品画像が必要な場合は、別途お問い合わせください。

<画像使用に際しての注意>

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  • 資料画像の使用は本展の紹介目的に限ります。展覧会終了後の使用、ならびに二次使用はできません。web掲載の際は「作品画像の転載、コピーは禁止」の旨を明記してください。
  • 転載、再放送など2次使用をされる場合には、別途申請いただきますようお願いいたします。
  • 基本情報、図版使用の確認のため、ゲラ刷り・原稿の段階で広報事務局までお送りいただきますようお願いします。
  • 掲載、放送後は必ず、掲載誌、同録テープを、本展広報事務局へ1部お送り願います。
1)フリードリッヒ・アルブレヒト・ツー・オイレンブルク伯爵肖像画
(個人蔵)
2)アルベルト・ベルク画『プロイセン東アジア遠征隊:日本、中国、シャムの風景』より「江戸城の門」
(東京大学史料編纂所蔵)
3)歌川貞秀画「横浜渡来商人孛漏生国男女之図」
(個人蔵)
4)ベルリンの日本人
(国立歴史民俗博物館蔵)
 
5)M・フォン・ブラント著『東アジアにおける三十三年間-あるドイツ外交官の回想』より
(国立歴史民俗博物館蔵)
 
6)木戸正二郎の洋行願 1880(明治13)年3月15日
(国立歴史民俗博物館蔵)
 
7)フリーゲンテ・ブレッター 第89巻
(国立歴史民俗博物館蔵)
 
8)『ミカドあるいは3つの課題。五幕物の日本のおとぎ話』
(個人蔵)
 
9)「板東俘虜製作品展覧会」ポスター 1918(大正7)年3月
(国立歴史民俗博物館蔵)
 
10)絵葉書「板東俘虜収容所製作品展覧会光景」(見物風景)
(国立歴史民俗博物館蔵)
 
11)1954年10月、吉田茂元首相のボン訪問時の写真
(ドイツ歴史博物館蔵/Pressebild-Verlag Schirner/DHM)
 
12)ドイツ皇帝博愛記念碑拓本(部分)
(東京大学史料編纂所蔵)
 

本リリースに関するメディア問い合わせ先

国立歴史民俗博物館 広報事務局(株式会社ユース・プラニング センター内)担当:岩川、大山
〒150-8551 東京都渋谷区渋谷1-3-9 東海堂渋谷ビル3F
TEL:03-3406-3411/FAX:03-3499-0958/Mail:rekihaku@ypcpr.com

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国立歴史民俗博物館
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