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開催概要関連の催し物その他の催し物広報用素材の提供について問い合わせ先

謹啓 時下益々ご清祥のこと、お慶び申し上げます。平素より、当館の運営等につきましては、 格別のご配慮を賜り、厚くお礼申し上げます。
当館では年初1月より、「人間文化研究機構連携展示「幻の博物館の『紙』」および平成19年度企画展示「新収資料の公開」・「日本の建築 -旧花田家番屋と鰊漁場-」を開催します。
当館の研究成果についてご理解いただき、本館へのより一層のご支援をいただけたらと存じます。つきましては、この展示開催を貴媒体にてぜひ多くの方々にご紹介くださいますようお願い申し上げます。

敬具

開催概要

人間文化研究機構連携展示
「幻の博物館の「紙」-日本実業史博物館旧蔵コレクション展-」
開催期間2008年1月16日(水)~2月11日(月・祝)
開催期間 2008年1月16日(水)~2月11日(月・祝)
会場 国立歴史民俗博物館 企画展示室
料金 一般 420円 (350円)
小・中学生 110円 (90円)
高校・大学生 250円 (200円)
*( )内は20名以上の団体料金
※常設展もあわせてご覧になれます
※毎週土曜日は小・中学生、高校生は入館無料です。
開館時間 9時30分~16時30分(入館は16時00分まで)
休館日 1月21日(月)・28日(月) ・2月4日(月)
主催 国立歴史民俗博物館

千代紙 伊勢辰製 並摺
(幻の博物館の「紙」)

展示紹介ページ

趣旨

大学共同利用機関法人「人間文化研究機構」は2004年に設立された研究組織で、国立歴史民俗博物館、国文学研究資料館、国立民族学博物館、国際日本文化研究センターおよび総合地球環境学研究所によって構成されています。本機構は、これらの諸機関が学問的伝統の枠をこえて連合し、人間の文化活動並びに人間と社会および自然との関係を総合的に研究する拠点となることを目指すため、共同利用機関として膨大な研究資料・情報を収集・調査・研究し、成果を展示その他の方法によって広く提供・公開することを重要な機能と考えています。

その一環として、このたび「21世紀における新しい人間文化研究の創出」を目的とした連携研究の研究成果を、国文学研究資料館・国立民族学博物館・国立歴史民俗博物館が協力して、「幻の博物館の『紙』-日本実業史博物館旧蔵コレクション展-」という形で開催いたします。

本展示は、財界人として活躍した渋沢敬三(1896~1963)は、民俗学の発展にも大きく寄与しました。彼は戦前に「近世経済史博物館」の設立を構想し、江戸後期から明治にかけての経済発展を跡づける資料の収集を進めました。この構想は戦後も「日本実業史博物館」として続けられましたが、ついに実現しませんでした。この幻の博物館のために彼が収集した資料は、生前、文部省史料館(現、国文学研究資料館)に寄贈されています。

今回の展示は、「日本実業史博物館」が具体的にどのような構想で収集準備を進めていたのかを見直し、同博物館の「製紙」部門の実像に迫ることを目的としています。

なお、本展示資料はすべて国文学研究資料館所蔵です。

(図版:広報用写真一覧 1)


新収資料の公開
開催期間2008年1月16日(水)~2月11日(月・祝)
開催期間 2008年1月16日(水)~2月11日(月・祝)
会場 国立歴史民俗博物館 企画展示室
料金 一般 420円 (350円)
小・中学生 110円 (90円)
高校・大学生 250円 (200円)
*( )内は20名以上の団体料金
※常設展もあわせてご覧になれます
※毎週土曜日は小・中学生、高校生は入館無料です。
開館時間 9時30分~16時30分(入館は16時00分まで)
休館日 1月21日(月)・28日(月) ・2月4日(月)
主催 国立歴史民俗博物館

趣旨

国立歴史民俗博物館では、歴史・考古・民俗・情報資料の研究者が共同して、日本の歴史と文化について研究してまいりました。その成果は総合展示や企画展示に生かされていますが、研究や展示を支える重要な活動のひとつに資料の収集があります。日本の歴史と文化を語る重要な歴史資料や貴重な文化財を、研究し、活用するため、また、散逸から保護するために収集活動を継続しています。毎年多くの資料を新たに収蔵していますが、これらの中にはスペースや期間が限られた総合展示・企画展示では公開が難しいものもあります。そのため、近年収集した資料のうち、未公開もしくは公開の機会が少なかった資料を「新収資料の公開」という場を設けて、皆さんに広くご覧いただいております。

今回は「漆工制作関係資料」「近代東京・山の手婦人のキモノ」「禁裏寺社建築雛形」といったまとまった資料群の他、錦絵のように毎年継続して収集しているものも公開いたします。また、あわせて、ミニ企画コーナーとして国立歴史民俗博物館の名でおこなった「井出上ノ原(いでうえのはら)遺跡」の発掘の成果の一部として、縄文時代複式炉住居からの出土品を展示します。

これを機会に、今後とも、資料の収集・保存と活用を図る本館の活動にご理解と御協力を賜りますれば幸いです。

展示構成

(1)漆工制作関係資料

(図版:広報用写真一覧 2)-1

漆工芸作家、勝田精一(かつたせいいち)(1920-2002)が生前使用していた漆工制作のための用具一式。漆工芸品制作に必要な、定盤(じょうばん)・篦(へら)・刷毛(はけ)・蒔絵筆・粉筒(ふんづつ)・漆風呂・各種材料のほか、制作過程をかいま見せる下絵・デザイン帳・漆手板等があり、一部に父静璋(せいしょう)関係の資料を含みます。

勝田精一は、1920(大正9)年、著名な輸島塗の漆芸作家、勝田静璋(1890-1975)の長男として東京都本郷区湯島に生まれ、1939(昭和14)年に東京府立工芸学校を卒業、戦争を経た1947(昭和22)年以降に、作家として本格的な活動を始め、1951(昭和26)年の第7回日展入選作「笹文蒔絵手筥(てばこ)」(石川県輪島漆芸美術館蔵)をはじめとする漆芸品の制作を行いました。1953(昭和28)年にパイロット万年筆に入社してからは、蒔絵万年筆など各種デザインおよび制作に携わるなど、産業工芸分野にも貢献しました。

漆工芸は、日本を代表する伝統工芸であるとともに、さまざまな分野で利用され、独特の文化を築きあげてきました。本資料は、実際の制作者が使用していた道具類を遺族が一括寄贈したもので、漆工技術史、産業史の生きた資料として貴重です。

今回の展示では、実際の制作者がアトリエで使用した雰囲気を再現し、資料の一部を展示します。


(2)四季遊猟図

(図版:広報用写真一覧 2)-2

本資料は江戸時代後期に写されたものであると考えられます。四季折々の風景描写とともに狩猟や漁撈を行う人びとの様が、約12メートルに及ぶ長巻に20余りの場面として展開します。

狩猟については、鷹狩りを中心にして、水辺や原野など猟場の自然環境とともに、猟者や勢子(せこ)などの所作が詳細に描かれています。また、狩猟の他にも、網を用いた漁を中心に海や川における漁撈の様子が描かれているが、狩猟の描写に比べると質量ともにだいぶ劣るといってよいです。

以上のような多様な狩猟および漁撈の様子が四季折々の風景とともに描かれていて、江戸時代後期における狩猟・漁撈の習俗を知る上で民俗学的に興味深いものとなっています。とくに狩猟に関しては、ウサギ、カモ、サギ、キジといった狩猟対象ごとに猟の様子が描き分けられている点は当時の狩猟技術を知る上で参考となります。


(3)怪談・妖怪コレクションから

妖怪は、一般に異様な姿と不思議な力をもつ超自然的な存在のことだが、同時に、不思議な現象や不可解なできごとを示す言葉でもあります。不安や恐怖を駆り立て、時には災厄を引き起こす対象としてさまざまな性格が創造されてきました。今日、広く用いられている妖怪という言葉も土地によって変化があり、江戸時代には化物という言い方が普通でした。姿やイメージは実に多彩です。天狗、鬼、河童といった類型的な妖怪像は、口から耳へと語り継がれてきた口頭伝承をはじめ、絵画や文芸、芸能など多様な影響関係のなかから形象化されたものといってよいです。とくに18世紀の後半以降、都市の人びとはあそびの対象としてさまざまな妖怪像をつくりだしていきました。錦絵のなかにもユーモラスな河童の図柄は少なくありません。「江戸名所道戯尽(えどめいしょどうけづくし)二・両国の夕立」は、両国橋の下に落ちた雷神を引き込もうとする河童が、雷神の放った屁にたまらず鼻をつまむという場面です。「商内道具集之内・桐油御合羽品々」(図版:広報用写真一覧 2)-3)も、合羽を売る店に河童が登場するという面白い発想で描いています。


(4)錦絵コレクションほか

錦絵は江戸後期に生まれた多色摺の浮世絵版画で、江戸市中で安価に広く売られていました。当時の世相や風俗を生き生きと描き出しているため、歴史学や民俗学など、江戸後期を対象とするさまざまな学問分野で画証資料として注目されています。当館でも錦絵は研究や企画展示の場で活用されています。本館は約3000点の「錦絵コレクション」を収蔵していますが、継続してその充実をはかっています。

芝居見物の人々で賑わう猿若町を描く「東都名所 芝居町繁栄之図」や、参詣人目当ての茶屋が軒を連ねる浅草寺の参道を描く「新撰江戸名所 浅草金龍山観世音之図」などの名所絵は、大都市江戸の盛り場の様子を知る好資料であり、「江戸高名会亭尽」(図版:広報用写真一覧 2)-4)は、江戸の料理文化の研究資料のみならず、料理茶屋の座敷を舞台としたさまざまな文化活動などの画証資料として注目されています。「頼朝公冨士野牧狩飾立」は、源頼朝による富士の裾野での巻狩という錦絵で人気のある主題を立版古(切り抜いて組み立てる玩具)にしたもので、小金原の鹿狩りの関連資料として収集しました。「当時流行道具のほし見世」は、1868(慶応4)年閏4月の作。会津戦争の戦端が開かれた白河口の戦いが行われた月です。白河城を暗示したような盆、「一もんも引なし」などの文字から、戊辰戦争における会津藩をはじめとする東北諸藩の抵抗を風刺したものであることがわかります。錦絵は当時の政治的出来事に対する庶民の見方をうかがう好資料でもあります。


(5)近代東京・山の手婦人のキモノ

東京在住の倉田陽子(くらたようこ)氏(1920:大正9年生)を中心とする一家が用いた服飾品。陽子氏の姉は女優の長岡輝子(ながおかてるこ)。1942(昭和17)年に日本のチェリストの草分け的存在である倉田高(たかし)氏(1913−45年)と結婚し、翌年には一人娘の澄子(すみこ)氏(女流チェリスト)が誕生しました。一家の服飾品には畳紙(たとう)やラベルが付属しており、三越・伊勢丹・竺仙(ちくせん)・ゑり円・道明(どうみょう)などといった老舗(しにせ)や一流店の顧客であったと知られます。製作年代は、おおむね大正時代から昭和20年代の間、戦争を挟む頃の時期に収まります。当時一級の染織技術や流行、山手女性の‘おしゃれ’の感覚を良く伝えているのみならず、震災や戦争のため、とかく散逸しがちで資料に乏しい時期の東京の風俗資料としても、貴重です。このたびは、総数285点にも及ぶ中から、そのごく一部、女性のキモノや帯を主として選んで紹介します。

花立涌水葵花束模様振 1942(昭和17)年(図版:広報用写真一覧 2)-5
1942(昭和17)年に婦人は音楽家と結婚しました。戦時下の花嫁でした。この振袖はその時のお色直しの衣裳で、新郎の母親が用意したものです。デザインは、江戸時代の武家女性の服飾に特徴的な模様を写した古典柄。華やかですが、装飾技術が簡素化しているのは否めません。戦争という事情のためでしょう。なお、夫は終戦後間もなく結核で死去。3年余りの短い結婚生活でした。


(6)葬儀祭壇・棺車(白木祭壇・白布祭壇・棺車)

棺車(図版:広報用写真一覧 2)-6
土葬の際に自宅から墓地までの葬列に使用しました。千葉県袖ヶ浦市蔵波薬蔵寺旧蔵。蔵波では車があっても「輿」と呼ばれており、1960年代より火葬に変わっていきましたが、1980年代まで一部土葬が行われたため使用されていました。制作年は不明ですが、大正期には担いで使用する通常の輿を用いていたことから、それ以降と考えられます。明治期に都市部においては葬列を行えない階層が棺車を使用していたが、時を経て村落部においては担ぐ手間を省くために棺車が使用されている例が広くみられ、輿と霊柩車の展開を捉える上で大切な資料です。

白布祭壇
白布祭壇は現在使用されている白木の彫刻祭壇の原型です。葬列を中心とした葬儀形態である大正期までは、室内の飾り付けは簡単な枕飾り程度でした。しかし大正期以降次第に葬列が廃され、自宅告別式が普及する昭和初期になると、白布を掛けた段を用いて位牌堂や雪洞等を配置して形式を整え、祭壇と呼ぶようになりました。高度経済成長期を経て、白木の彫刻祭壇が葬儀祭壇の主流になるまで、全国的に使用された不可欠の葬具でした。現在の祭壇中心の葬儀形態を理解するための貴重な資料となります。

白木祭壇道具
高度経済成長期以降、葬儀も次第に派手になっていき、白布祭壇の替わりに金襴祭壇や祭壇全体を白木の段にする彫刻祭壇が使用されてきました。それとともに単純な祭壇道具からレリーフを施した装飾性のある祭壇道具が次々に開発されるようになり、祭壇の多様性を作り出しました。とくに最上段の飾輿は、当初は最奥の棺を隠すためだけの単純な形態でしたが、次第に瀟洒となり聖殿化していきました。それに伴い祭壇が仏浄土的なモティーフをとるようになり、他の道具もさまざまな寺院的なデザインとなりました。白布祭壇と共に現代の葬儀形態を捉える上で興味深い資料です。千葉県佐倉市松井葬儀社旧蔵。


(7)禁裏寺社建築雛形

近世の宮殿、寺院・神社建築関係の資料群で、軸装もあるが多くは巻物。今回展示した「上棟式絵巻」のような建築儀式関係絵図、「禁裏諸御殿建地割(たてぢわり)」(図版:広報用写真一覧 2)-7)のような京都御所関係の図面、「(ときょう)図説」に代表される寺院・神社など各種建築図面集が含まれます。御所図面には紫宸殿、清涼殿などの実際の構造を詳細に示したものがあり、各種建築の実例集である図面集は、部材の詳細寸法、規矩を含む建築実務に有用なもので、実際に用いられた形跡もあります。 多くに前田文庫、木子清敬(きこきよよし)の所蔵印が捺印されています。木子清敬(1844(弘化元)年-1907(明治40)年)は、東京帝国大学工科大学造家学科(東京大学工学部建築学科の前身)で1889(明治22)年に最初に「日本建築」の講義を担当した宮内省内匠寮技手であった人物です。伊東忠太など日本建築史草創期の研究者を育てたことでも知られますが、明治宮殿(1887(明治20)年)平安神宮(1893(明治26)年)などの実際の宮殿建築に携わった明治初期の代表的な建築家の一人です。これらの資料は、建築の設計など実務の必要に応じて集められた可能性が高く、このことが当時の日本建築界の実情をあきらかにする資料として意味を持ち、貴重な資料群です。


(8)勘仲記

(図版:広報用写真一覧 2)-8

勘仲記は、鎌倉時代後期の貴族である勘解由小路(かでのこうじ)兼仲の日記で、兼仲卿記(かねなかきょうき)とも称される。勘解由小路家(のちに廣橋家)は、朝廷の実務官僚をつとめる家系で、鎌倉時代から代々の当主がつけた日記 が伝来しています。その多くは、本館の所蔵する「廣橋家旧蔵記録典籍文書(ひろはしけきゅうぞうきろくてんせきもんじょ)」に含まれており、勘仲記もそのひとつです。

平安時代後期から残される貴族たちの日記は、現在のようなプライベートな内容ではなく、むしろ 自らの家のために書き記された職務の記録が中心をなします。勘仲記は、朝廷の日常的な政務に関す る記事にとどまらず、モンゴル襲来とそれに対応する朝廷や幕府の動向など豊富な内容をもち、鎌倉 時代後期の研究を進めるうえでの基本史料となっています。

また、勘仲記は、そうした日記の内容だけでなく、鎌倉時代後期の紙背文書を数多く含んでいるこ とでも著名です。中世の貴族たちは、おもに職務の必要から手許に集まった文書が不要になると、そ の裏(紙)を再利用するべく、ロール状の巻子や袋とじの冊子に成形して日記などを書き記しました。 これが大切に保存されたために、最初に紙に書かれていた文書の内容も残されることになりました。 これが紙背文書(しはいもんじょ)です。最近の研究では、貴族などの日記に裏の白紙部分を再利用された文書は、不要 となって廃棄されたものではなく、日記の記事内容と関連づけて意図的に残されたものもある、とい うことが指摘されています。

今回展示した勘仲記の断簡2紙は、このたび新発見された史料で、それぞれ記事の内容等から、1287 (弘安10)年2月24日条の一部、1288(正応元)年8月3日条の後半および同4日条の前半であ ることが判明しました(東京大学史料編纂所・遠藤珠紀氏からもご教示を受けた)。いずれも、本館 の所蔵する兼仲卿記の原本において欠落していた部分にあたります。ちょうど1紙づつの断簡であり 本館所蔵の原本とは裏打ち等の装幀が異なることから、早い段階で紙と紙を継ぎ合わせていた糊がう すれて剥がれたものと考えられます。

1288(正応元)年8月3日条の後半と同四日条の前半にあたる1紙は、本館の所蔵する1288(正応元) 年7月・8月の原本で欠落していた当該部分と完全に接続することから、同巻を一緒に展示することとしました。紙背に残された文書とともに、中世貴族が伝えた記録と文書をあわせてご覧ください。


(9)船橋清原家旧蔵文書 ■船橋清原家はなにをしていたのか

清原氏は平安時代から江戸時代まで外記として朝廷の文書作成業務を代々勤め、中原氏とともに大外記(だいげき)が少納言局のすべての実務を掌握し局務(きょくむ)と呼ばれる地位を世襲してきました。今回、公開された資料群は、室町・戦国時代の歴代天皇の即位式の必要経費に関する帳簿類7冊と、1586(天正14)年後陽成天皇の即位用途支払帳1冊と「清原頼業記」「小槻兼治記」「代始和抄」の近世書写本3冊と清原家の系図である「清原伝」一冊の合計12点の資料です。

即位下行帳とはなにか
帳簿類7冊のうち、一冊は応永26年の春日社と伊勢社への由奉幣の記事を『康富記』から抜書したものですが、ほかの6冊はすべて大宮時元が作成した即位下行帳といえるものです。その内容は、鎌倉時代の1261(文応元)年から1349(貞和5)年・1414(応永21)年・1465(寛正6年)・1501(文亀元)年・1511(永正8)年・1518(永正15)年までの天皇の即位式で支出された関係文書や帳簿群を類聚した記録です。いずれも時元の自署や紙背文書が大量に含まれています。大宮時元は1493(明応2)年後土御門天皇の下で官務(かんむ)に就任し、1520(永正17)年4月11日50才で急死するまで約27年の長きにわたって、五位の左大史で「官長者(かんちょうじゃ)」をつとめました。官務は、太政官の公式文書を管理し先例を調査する職務で、五位にのぼる左大史が事実上弁官局(べんかんきょく)の局中を掌握して行政事務をすべて執行しました。この地位は、小槻氏が独占して請け負い、一門の壬生家と大宮家が世襲していました。その原本が船橋清原家という局務の家に相伝されていたのです。局務清原家では、官務という他人の家の文書である原本を大切に所持してきたのです。なぜなのか、なぞが深まります。

文亀元年即位下行帳(図版:広報用写真一覧 2)-9
後柏原天皇が即位式を行ったときに、必要経費をどのように支出したかを記録した帳簿です。朝廷 の命令を武家伝奏の廣橋広光が幕府の惣奉行摂津元親に命じて但馬国から徴収した銭から支出させたことが記録されています。


(10)里見氏奉行人連署状

(図版:広報用写真一覧 2)-10

里見氏は、戦国時代に千葉県南部の安房(あわ)を領有した大名です。この文書は、1598(慶長3)年にその 家臣たちの署名によって発令したもので、新発見の資料です。地元の商人たちに宛てて出されており、内容は、里見氏の新しい城下町である館山へ移り住み、商売はそこで行うように、というものです。近世城下町の建設と、そこへ機能を集中することで領国を再編成しようとした、当時の大名の政策をよくうかがうことができます。


<ミニ企画展 井出上ノ原(いでうえのはら)遺跡の2007年度調査成果>

福島県楢葉町の縄文時代中期後半(約4350〜4500年前)の遺跡に対する今年度の発掘調査成果です。2006年度の成果として、この住居の調査途中の姿を昨年度にミニ企画展「井出上ノ原遺跡の調査成果」として紹介しましたが、今年度に縄文時代複式炉住居の全体を調査しました。その結果複式炉住居は、中に長さ3.8mと最大級の複式炉を完全に残しており、その中に大木10式土器を炉体土器として埋設してたことがわかりました。

また、柱の穴から石棒、住居奥壁部床面上から土偶が出土しました。複式炉の用途解明や祭祀行為の復元など、縄文時代中期文化の復元に重要な資料となるものであり、今後歴博にて整理作業を行っていく予定です。今回、発掘調査の速報として、これらの資料を展示します。(図版:広報用写真一覧 2)-11


日本の建築 -旧花田家番屋と鰊漁場
開催期間2008年1月16日(水)~2月11日(月・祝)
開催期間 2008年1月16日(水)~2月11日(月・祝)
会場 国立歴史民俗博物館 企画展示室
料金 一般 420円 (350円)
小・中学生 110円 (90円)
高校・大学生 250円 (200円)
*( )内は20名以上の団体料金
※常設展もあわせてご覧になれます
※毎週土曜日は小・中学生、高校生は入館無料です。
開館時間 9時30分~16時30分(入館は16時00分まで)
休館日 1月21日(月)・28日(月) ・2月4日(月)
主催 国立歴史民俗博物館

趣旨

国立歴史民俗博物館には、日本建築史にとって重要な建築の模型が所蔵されています。その多くは、実際の建物を縮尺10分の1で忠実に再現したもので、現場ではわかりにくい全体の姿や、平面構成、屋根裏の構造などを、建築当初の姿に復元して見ることができます。

開館以来、「日本の建築」展として、これらの模型を順次展示してきましたが、本年度は、北海道留萌郡小平(おびら)町に現存する旧花田家番屋(重要文化財、1905(明治38)年建築)の模型(図版:広報用写真一覧 3)-1)を取り上げました。この旧花田家番屋は、本州方面から伝えられた和風建築技術で建てられましたが、北海道で普及していた洋風建築の意匠も加味した独特な雰囲気を持っており、木造建築としての規模の大きさや、柱と梁を組み合わせた内部空間の見事さでも知られる明治期の代表的な民家建築です。三つに分割できて室内の座敷飾りや屋根裏など内部の様子がよくわかる館蔵模型は、その建築としての特徴を余すところなく示しています。

ただこの旧花田家番屋は単に民家建築としてだけではなく、数少ない鰊(にしん)漁場の番屋建築として貴重な建物なのです。鰊漁は、幕末から明治・大正、そして昭和にいたるまで、北海道にとってはもちろん、日本全体の生活と経済を支えた重要な産業でした。番屋はこの鰊漁の拠点として北海道各地の鰊漁場に次々と建てられましたが、この旧花田家番屋の建てられた1905(明治38)年は、鰊漁が最も栄えていた時期で、この旧花田家番屋はこの鰊漁場の繁栄を今に伝える格好の資料なのです。

そこで、今回の展示は、模型だけではなく、実際の旧花田家番屋の写真、鰊漁場関連の道具類の写真、そしてかつての鰊漁の隆盛を伝える写真などを用いた展示パネルを作成しました。実際の鰊漁の経過を記録した映像もあります。これらの展示を通して、鰊漁が日本の近世から近代にかけて持っていた重要な意味を考えていただきたいと思います。

主な展示資料

旧花田家番屋建築写真 (パネルにて展示)

(1)正面外観(図版:広報用写真一覧 3)-2)  
背面に丘陵を控え、西の海に面して建つ二階建て外観の建物で、正面中央に玄関があり、こけら葺寄棟屋根の中央棟上に望楼状の煙出しをのせた西洋風の整った外観を見せています。かつては多くの漁加工場関係建物群に囲まれていましたが、この棟だけが残り、現在は重要文化財旧花田家番屋として一般公開されています。

(2)いろりのある漁夫の居間(図版:広報用写真一覧 3)-3
番屋内部は、親方が居住する漁場管理部分と「やん衆」と呼ばれる雇い漁夫の居住部分に大きく分かれます。漁夫居住部分のまわりには、最盛期には200人が寝泊まりしたという漁夫のための寝場が3段にもうけられ、その中央の大空間にはいろりのある大きな居間がありました。

(3)「もっこ」(木製の背負子)(図版:広報用写真一覧 3)-4
番屋には鰊漁に使われたさまざまな道具が展示されています。ここにあるのは「もっこ」とよばれる木製の背負子(しょいこ)です。およそ20kgの鰊が入るこの「もっこ」で鰊を満載した汲船から鰊を加工場へ運ぶ重労働は女達の仕事でした。

小平町の鰊漁を撮影した映像(テレビ画面で映写)

関連の催し物

図録のご案内

「幻の博物館の「紙」-日本実業史博物館旧蔵コレクション展-」 1,000円(税込) 送料340円
◎入手については、財団法人 歴史民俗博物館振興会へお問い合わせください。
電話043-486-8011

その他の催し物

歴博フォーラム

第64回「新春ねずみづくし」

日時 2007(平成19)年1月19日(土)13時~17時
会場 津田ホール
参加費 無料

詳細はこちら

歴博映画の会

豪雪地帯の農家副業

日時 2008年2月2日(日)14時30分~16時30分
会場 国立歴史民俗博物館 講堂
参加費 無料、申込不要(260名・当日先着順)
主催 国立歴史民俗博物館
協力 国立歴史民俗博物館友の会

詳細はこちら

歴博講演会

各回共通

会場 歴博講堂
備考 13時30分~15時30分、入場無料、当日先着順に受付、 定員260名

第289回「日本列島古代の考古学-都城・城柵・碑(いしぶみ)・帯(かたい)」

日時 1月12日(土)
講師 阿部義平(本館考古研究系)

第290回「歴史研究の中の自然科学、自然研究の中の歴史学」

日時 2月9日(土)
講師 今村峯雄(本館情報資料研究系)

第291回「日本の銅鐸と北米の銅板」

日時 3月8日(土)
講師 春成秀爾(本館考古研究系)

歴博探検

11時~12時30分、小学校高学年~中学生対象(保護者の方も参加できます)、 入館無料、定員20名

1月12日(土)「山のくらし」篠原徹(本館副館長)
2月 9日(土)「里のくらし」上野和男(本館民俗研究系)
3月 8日(土)「海のくらし」安室知(本館民俗研究系)

くらしの植物苑観察会

各回共通

会場 くらしの植物苑
備考 13:30から、事前申し込み不要、要入苑料

第106回「炭と植物」

日時 1月26日(土)
講師 吉村郊子(本館民俗研究系)

第107回観察会「浜のくらしと植物」

日時 2月23日(土)
講師 江口誠一(千葉県立中央博物館)

第108回観察会「古代のウメとサクラ」

日時 3月22日(土)
講師 仁藤敦史(本館歴史研究系)

総合展示第3室「近世」リニューアルオープンのご案内

来る2008年3月18日(火)に、現在リニューアルのため閉室している第3室(近世)がいよいよリニューアルオープンすることとなりました!

第3室は「近世」、一般的な時期区分でいう「江戸時代」を取り上げますが、このリニューアルに際し、「江戸時代の東アジアと日本」「都市の時代」「もの・人の流れ」「村から生まれた『近代』」四つの大テーマを設け、近世日本がこれまで考えられていた以上に多様であることを新たな視点も交えてご紹介するとともに、来館者と展示物とをつなぐ新しい展示の工夫も取り入れます。どうぞご期待ください。

広報用素材の提供について

ご希望の写真(データ)を送付いたしますので、各プレスリリースの写真番号をご連絡ください。e-mailでも結構です。問い合わせ先はリリース本文「このリリースに関するお問い合わせ」をご覧ください。

ご注意

  • 本図版の使用は人間文化研究機構連携展示「幻の博物館の『紙』」および平成19年度企画展示 「新収資料の公開」「日本の建築─旧花田家番屋と鰊漁場」の広報に関するものに限ります。
  • 掲載に際しては、最小限でも「催事名」「会場」「会期」「掲載図版のキャプション」を明記していただくようお願いします。「本館蔵」は「国立歴史民俗博物館蔵」となります。
  • 情報確認のため、校正紙(ウェブ上の場合は掲載URL)をお送り下さい。ウェブ上での掲載の場合は、画像サイズを400ピクセル以下・72dpi以下のサイズにしてください。
  • ご掲載いただいた場合は、お手数ですが掲載物をご送付ください。

以上の点に留意いただけない場合に発生したトラブルについて、本展主催者として一切の責任を負いかねますのでご注意ください。

1)幻の博物館の「紙」

※すべて国文学研究資料館所蔵

1)-1 千代紙 伊勢辰製 並摺

1)-2 大正昭和変形広告

1)-3 紙のおもちゃ ラジオ型ビックリ箱

1)-4 紙の着物

1)-5 日本帝国紙幣古今集

2)新収資料の公開

※すべて本館蔵

[1] 漆工制作関係資料

2)-1 紅白梅蒔絵額

[2] 四季遊猟図

2)-2 四季遊猟図

[3] 怪談・妖怪コレクション

2)-3 商内道具集之内 桐油御合羽品々

[4] 錦絵コレクションほか

2)-4 江戸高名会亭尽 三囲之景 出羽屋

[5] 近代東京・山の手婦人のキモノ

2)-5 花立涌水葵花束模様振袖

[6] 葬儀祭壇・棺車(白木祭壇・白布祭壇・棺車)

2)-6 棺車

[7] 禁裏寺社建築雛形

2)-7 禁裏諸御殿建地割五拾分之壱

[8] 勘仲記

2)-8 勘仲記

[9] 船橋清原家旧蔵文書

2)-9 文亀元年即位下行帳

[10] 里見氏奉行人連署状

2)-10 里見氏奉行人連署状

【ミニ企画展 井出上ノ原遺跡の2007年度調査成果】

2)-11 土偶

3)日本の建築─旧花田家番屋と鰊漁場─

3)-1 旧花田家番屋

模型 本館蔵

3)-2 旧花田家番屋 正面外観

重要文化財 小平町

3)-3 旧花田家番屋 いろりのある漁夫の居間

重要文化財 小平町

3)-4 旧花田家番屋 「もっこ」(木製の背負子[しょいこ])

重要文化財 小平町

このリリースに関するお問い合わせ

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