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「長岡京遷都-桓武と激動の時代-」

開催要項

開催期間 2007年10月10日(水)~12月2日(日)
会場 国立歴史民俗博物館 企画展示室
料金 一般 830円 (560円)
小・中学生 250円 (130円)
高校・大学生 450円 (250円)
*( )内は20名以上の団体料金
※常設展もあわせてご覧になれます。
開館時間 9時30分~16時30分(入館は16時00分まで)
休館日 10月15日(月)・22日(月)・29日(月)・11月5日(月)・12日(月)・19日(月)・26日(月)
主催 国立歴史民俗博物館

謹啓 時下益々ご清祥のこと、お慶び申し上げます。平素より、当館の運営等につきましては、格別のご配慮を賜り、厚くお礼申し上げます。
当館では、10月10日から企画展示「長岡京遷都 -桓武と激動の時代-」を開催いたします。
長岡京(784年)は、近年の発掘成果によって平城京(710年)から平安京(794年)への過渡的な都ではなく、平安京の要素を多く先取りした先進的な都であったことが明らかになってきました。にもかかわらず、なぜか十年で廃棄されています。
本展示では、この8世紀末から9世紀初めの桓武朝を中心とする時期に焦点をあて、その前後で国家と社会がどのように変化していったかを、王権・遷都(せんと)・都市・戦争などの現代的視点から考えるとともに、CGで長岡京を再現、体感していただける工夫もいたします。
当館の研究成果についてご理解いただき、当館へのより一層のご支援をいただけたらと存じます。
つきましては、この展示開催を貴媒体にてぜひ多くの方々にご紹介くださいますようお願い申し上げます。

展示の趣旨

今回の展示では、古代日本において律令国家の転換点となった8世紀末から9世紀初めの桓武朝を中心とする時期に焦点をあて、その前後で国家と社会がどのように変化していったかを王権と都市(都城)をテーマとして展示します。本展示は歴博の公募型共同研究「律令国家転換期の王権と都市」(平成14年度~16年度 研究代表 三重大学・山中章)の研究成果を分かりやすいかたちで示すことを大きな目的としています。

近年の発掘成果によれば、長岡京(784年)は、平城京(710年)から平安京(794年)への過渡的な都ではなく、すでに平安京の要素を多く先取りした先進的な都でした。しかし、なぜか十年で廃棄されてしまいます。桓武朝は、以後千年の首都となった平安京造営と「征夷(せいい)」による国域の確定という意味で、前近代における中心と周縁の枠組みが定まる画期となった時代でもありました。この激動の時代を、王権・遷都・都市・戦争などの現代的視点から考えます。
なお、ビジュアルに長岡京を理解していただくため、平安京デジタルコンテンツ(制作 (株)キャドセンター・文部科学省グローバルCOEプログラム「日本文化デジタル・ヒューマニティーズ拠点」(立命館大学)制作、協力 京都市・京都アスニー・向日市教育委員会)を基礎として、長岡京版を製作し、展示場で映写するとともに、長岡京を歩き進んでいく人物の視点を体感していただく「しかけ」を用意します。

展示構成

プロローグ -遷都・戦争・怨霊(おんりょう)-

桓武朝という時代を、「造都と征夷」に代表させ、長岡京遷都および平安京遷都という二度の首都移転、さらには「征夷」と位置付けられた東北地域に対する四度の戦争に注目します。また、怨霊などに代表される古代人の精神生活についても、人形(ひとがた)や人面墨書土器(じんめんぼくしょどき)などの象徴的な遺物により示します。

第一章 王権の転換

この時期の王権の変化をさまざまな観点から考えます。ここでは、桓武天皇の系譜的な位置付け、平安京遷都と交通の関係、宮と儀式構造の変化、桓武陵についての諸説、桓武天皇・和気清麻呂(わけのきよまろ)・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)らの人物イメージの時代的な変遷などを取り上げます。桓武朝を前後する時期は、王権の大きな転換期でした。

第二章 「征夷」と城柵の実像

坂上田村麻呂とアテルイの対立に象徴される東北での戦いを取り上げます。とりわけ「官軍」対「蝦夷」という従来の「征夷」のイメージを相対化し、城柵における行政と軍事のあり方や「蝦夷」の生活実態などを考えます。

第三章 長岡京から平安京へ-二度の遷都と都市生活-

長岡京と造営当初の平安京に焦点をあてて展示します。わずか「十年の都」である長岡京において、「千年の都」となった平安京をすでに準備し、斎宮(さいくう)や多賀城の都市計画にも影響を与えていたことを示します。長岡京遷都はまず副都難波京の廃止と連動して構想され、やがて首都平城京の解体にも及びます。長岡京の造営では、難波宮や平城宮からの瓦の移動がおこなわれ、再利用されていることが分かります。京内には東院に代表されるいくつかの離宮や寺院も存在しました。諸国から大量に流入する人や物に維持されて、京内では官人らを中心とした都市生活が展開します。住宅地の区画が均等化され、市で銭により物を買う貨幣経済やトイレ・大型の井戸など農村とは異なる衣食住の実態がありました。その一方では人面墨書土器や人形などを溝や井戸に流して京内の平安を願う精神生活もおこなわれました。

第四章 時代の移り変わり

奈良時代から平安時代への転換を文字文化の変容、印・銭貨・硯・暦などの変化、人から土地への支配方式の変化、「壺G」と呼ばれる特異な形式をもつ首の長い壺形土器の移動に代表される物流の進展などから示します。

エピローグ -東国と「みやこ」-

長岡京や平安京で本格化した「みやこ」の意識が遠く東国にも波及し、国府を「みやこ」に見たてる小京都の意識が形成されることや、巨大な瓦塔から仏教文化の流入についても示します。

おもな展示資料

京都府水垂(みずたれ)遺跡出土人面墨書土器(じんめんぼくしょどき)
京都府長岡京東院跡出土井戸枠
千葉県馬込遺跡ほか出土瓦塔
名古屋大学所蔵固関勅符(こげんちょくふ)
寛平遺誡(かんぴょうのゆいかい)(重要文化財)
小野宮(おののみや)年中行事(初公開)
その他、長岡京・平安京・斎宮・多賀城などの発掘資料 多数

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関連催事

歴博フォーラム

第62回「激動の長岡京時代」

会場 歴博講堂
備考 13時30分~15時30分、入場無料、当日先着順に受付、定員260名

歴博講演会

各回共通

日時 平成19年1月13日(土)
講師 高橋一樹(国立歴史民俗博物館)

第286回「長岡京遷都を考える」

日時 2007年10月13日(土)
講師 山中章(三重大学)、仁藤敦史(本館歴史研究系)

第287回「桓武の王権を考える」

日時 2007年11月10日(土)
講師 山田邦和(同志社女子大学)、清水みき(花園大学)

ギャラリートーク

企画展示室にて開催、13時から、「長岡京遷都」展の観覧料が必要。

(1) 10月14日(日) : 山中章(三重大学)、広瀬和雄(本館考古研究系)
(2) 10月21日(日) : 千葉孝弥(多賀城市埋蔵文化財調査センター)、村木二郎(本館考古研究系)
(3) 11月4日(日) : 山路直充(市立市川考古博物館)、仁藤敦史(本館歴史研究系)
(4) 11月11日(日) : 山田邦和(同志社女子大学)、阿部義平(本館考古研究系)
(5) 11月25日(日) : 馬場基(奈良文化財研究所)、仁藤敦史(本館歴史研究系)

歴博探検

11時~12時30分、小学校高学年~中学生対象(保護者の方も参加できます)、入館無料、 定員20名

10月13日(土)「みやこびとの衣食住」仁藤敦史(本館歴史研究系)
11月10日(土)「のろいとおまじない」村木二郎(本館考古研究系)

2007年10月から長岡京展期間中の催事案内

(1)「重要文化財 洛中洛外図屏風(歴博甲本)公開」→詳細はこちら
(2)「歴博フォーラム」

総合展示リニューアル(近世)に向けて3「ひとともののながれ・村から見える近代」

「激動の長岡京時代」

くらしの植物苑特別企画「伝統の古典菊」(会期:10月30日(水)~12月2日(日))の詳細につきましては、後日プレスリリース、チラシ、当館ホームページ上などで公開いたします。
あわせてご紹介いただきますようお願いいたします。

次回展のご案内

本館:
・企画展示「新収資料の公開」
・人間文化研究機構連携展示「幻の博物館の『紙』」
・企画展示「日本の建築 -旧花田家番屋と鰊(にしん)漁場-」
 会期 2008年1月16日(水)~2月11日(月・祝)

くらしの植物苑:
・くらしの植物苑特別企画「冬の華・サザンカ」
 会期 2007年12月4日(火)~2008年1月27日(日)

図録のご案内

「長岡京遷都-桓武と激動の時代-」 1,400円(税込) 送料340円
◎入手については、財団法人 歴史民俗博物館振興会へお問い合わせください。
電話043-486-8011

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広報用写真一覧

ご希望の写真(データ)を送付いたしますので、各プレスリリースの写真番号をご連絡ください。e-mailでも結構です。問い合わせ先はリリース本文「このリリースに関するお問い合わせ」をご覧ください。

【ご注意】

  • 本図版の使用は平成19年度企画展示「長岡京遷都 -桓武と激動の時代-」広報に関するものに限ります。
  • 掲載に際しては、最小限でも「催事名」「会場」「会期」「掲載図版のキャプション」を明記していただくようお願いします。
  • 4)「桓武天皇画像模写」および 5)「伏見近廻地図(伏見乙本)」につきましては、紙面での掲載の場合のみ提供とさせていただきますのでご了承ください(ウェブ上やメディアに落としてのデータ配布などは不可)。
  • 11)「バーチャル長岡京」の画像2点については、正式なキャプションではスペース上掲載しきれない場合のみ、「立命館大学・(株)キャドセンター制作」をお使いください。
  • 情報確認のため、校正紙(ウェブ上の場合は掲載URL)をお送り下さい。ウェブ上での掲載の場合は、画像サイズを400ピクセル以下・72dpi以下のサイズにしてください。
  • ご掲載いただいた場合は、お手数ですが掲載物をご送付ください。

以上の点に留意いただけない場合に発生したトラブルについて、本展主催者として一切の責任を負いかねますのでご注意ください。

長岡京遷都-桓武と激動の時代-

1) 寛平遺誡(かんぴょうのゆいかい)

重要文化財 本館蔵
宇多天皇が、寛平(かんぴょう)9年(897)に、幼少の醍醐(だいご)天皇に譲位(じょうい)する際、政務に関する注意点や臣下の登用などについてのアドバイスを書き贈ったもの。本史料は寛元(かんげん)3年(1245)の書写。本書の最後の部分には、「故太政大臣」(藤原基経(ふじわらのもとつね))からの伝聞として、「延暦(えんりゃく)の帝王」(桓武天皇)の日常の立ち居振る舞いや、鷹(たか)・相撲(すもう)のたしなみ、羅城門(らじょうもん)の高さを正確に把握していた逸話(いつわ)などが記されており、桓武が、古き天皇の代表として登場する。

 

2) 小野宮年中行事(おののみやねんちゅうぎょうじ)裏書(初公開)

本館蔵
内題(ないだい)・奧書(おくがき)ともになく、正式な書名は不明だが、本文の書き出しにより仮に「寛平二年三月記」と記されている。押紙(おうし)の筆跡から田中教忠(たなかきょうちゅう)氏旧蔵のものとされる。書風と紙質から江戸初期の書写と考えられている。年中行事の項目などから藤原実資(ふじわらのさねすけ)の「小野宮年中行事」と推定され、その裏書・首書(くびがき)を書写したものと考えられる。『日本後紀(にほんこうき)』や『弘仁格(こうにんきゃく)』など従来知られていなかった新出の逸文(いつぶん)が多く含まれている点が貴重である。

 

3) 続日本紀(しょくにほんぎ)

巻四十 本館蔵
『続日本紀』は、「日本紀(にほんぎ)」=『日本書紀』を継承する2番目の国史として、桓武の治世である延暦年間に編纂(へんさん)奏上された。その記載時期は延暦10年(791)までで、前王朝の歴史を記載する中国の正史とは異なり、同時代史としての自己の治世の途中までをその対象に含めていることは特異である。さらに延長された2年分には、母方氏族への集中的な改氏姓(かいしせい)があり、ここからは新王朝というよりは、王権の連続性を強調する意識がうかがわれる。

 

4) 桓武天皇画像模写

東京大学史料編纂所蔵
伝巨勢広貴(こせのひろたか)(弘高)筆の「桓武天皇宸影(しんえい)」を近代に模写したもの。裏貼(うらばり)の中央下に「和州十市群((ママ))田原本楽田寺三品庫方永代奉寄進之者也、時文安3年(1446)〈丙寅〉十月二日」とある。金糸の刺繍(ししゅう)に彩られた衣装を身につけ、冠を着け、笏(しゃく)を持ち、玉座に座る桓武が描かれている。比叡山延暦寺蔵の宸影が中国皇帝風に描かれているのに対し、本資料は桓武が平安貴族風に描かれており対照的である。

 

5) 伏見近廻(ちかまわり)地図(伏見乙本)

宮内庁書陵部蔵
桓武天皇陵の位置については諸説が乱立していたが、桃山丘陵の東北の大亀谷陵墓参考地(伏見区深草大亀谷古御香町)の附近は近代に入って有力視された候補地であった。その最大の根拠となったのがこの絵図である。絵図の中央部、大亀谷の山中に「柏原陵(かしわばらのみささぎ)」が描かれている。銘記によるとこの絵図の原本は、光厳院塔頭大光院の所蔵品を文安二年(1445)に書写、さらに天正二年(1574)年に縮写したものであるという。

 

6) 蕨手刀(わらびてとう)(複製)

本館蔵
多賀城(たがじょう)内東門西方の竪穴住居(たてあなじゅうきょ)から出土した。刀身に対して柄(え)が角度をもって取り付く。柄の先端が蕨(わらび)のように円くなることから、蕨手刀と呼んでいる。鞘(さや)もよく残っており、外装に樺(かば)皮を巻いた痕跡が残る。以前は「蝦夷(えみし)の刀」と考えられていたが、最近は東北以外の地でも出土するようになり、議論が分かれている。鞘部を入れた全長は約47㎝、最大幅約5㎝、刀身の長さは35.6㎝、最大幅3.9㎝。

 

7) 多賀城碑(たがじょうひ)(複製)

本館蔵
多賀城の南門の傍(かたわ)らに、日本古代最大の円首(えんしゅ)碑がある。歌枕(うたまくら)の「坪(つぼ)の碑(いしぶみ)」として保護されてきたこの多賀城碑を、近代の学者は偽物と考えたが、近年その疑いは晴れた。京への方角を示す「西」の字の下に、多賀城の題字、京への距離、広大な蝦夷(えみし)国や靺鞨(まつかつ)国との界・隣国界への里数が示され、続いて城の由緒がみえる。北方世界と交流する日本東端の要衝(ようしょう)を顕彰(けんしょう)したこの碑には、未完成の証拠が残る。天平宝字(てんぴょうほうじ)8年(764)の藤原仲麻呂(なかまろ)反乱事件による立碑中断がうかがえる。

 

8) 水垂遺跡出土 人面墨書土器(みずたれじんめんぼくしょどき)

京都市考古資料館蔵 写真:(財)京都市埋蔵文化財研究所提供
射るような冷たい視線や驚いたような眼。怪(あや)しげな髭面(ひげづら)や怒りを含んだ口元。粗く仕上げた土器の表面に、墨でさまざまな顔を描いている。これら不気味な表情を浮かべる人面墨書土器は、長岡京東二坊大路と七条条間小路の交差点を斜めに流れる川の下流から発見された。出土地点は長岡京が実際に造営された東南端であり、ここは京の果ての祭祀(さいし)場だったのであろう。穢(けが)れを土器に移して祓(はら)う祀(まつ)りが、京の境界で盛んにおこなわれていたことを示している。

 

11) 獅子咲・瑠璃:青/爪竜葉/瑠璃色/総風鈴/獅子咲/牡丹

 

12) 吹詰・多様・葡萄鼠:黄/鍬形葉/吹詰/葡萄鼠/多様/丸咲/牡丹

(1)   (2)

11) バーチャル長岡京

(1)「長岡京朱雀門付近の3次元CG画像」

(2)「GISで見た長岡京と周辺の景観」

制作 (株)キャドセンター・文部科学省グローバルCOEプログラム「日本文化デジタル・ヒューマニティーズ拠点」(立命館大学)制作
協力 京都市・京都アスニー・向日市教育委員会
上記制作および協力による「平安京デジタルコンテンツ」を基礎として、長岡京版を製作。展示場で映写したり、体感できるような仕掛けを予定している。

   

12) 上ノ庄田瓦窯(かみのしょうだがよう)跡出土 鳳凰文鴟尾(ほうおうもんしび)

京都市考古資料館 写真:(財)京都市埋蔵文化財研究所提供 個人蔵
側面に鳳凰のレリーフを表した大型の鴟尾。鴟尾とは建物の大棟(おおむね)の両端を飾る屋根材で、復原すると長さ1.5m、高さ2.1mにもおよぶ。鳳凰(ほうおう)が天から降り立った瞬間をリアルに表現しており、鰭(ひれ)部との間には忍冬唐草文(にんどうからくさもん)を華麗に飾る。この資料は京都洛北(らくほく)の上ノ庄田瓦窯で窯の構築材として再利用されたものであるが、二彩(にさい)を施した同様の鳳凰文鴟尾片が平安宮大極殿(だいごくでん)跡から出土している。平安宮造営当初に大極殿用に生産されたものと考えられ、延暦期の彫像としても貴重な資料である。

※内容は変更する場合があります。ご了承ください。

このリリースに関するお問い合せ

人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館 博物館事業課
広報サービス室広報係 飛留間・山本・坂本

〒285-8502千葉県佐倉市城内町117番地
TEL 043-486-0123(代)/6488(直)  FAX 043-486-4482
E-mail:koho@ml.rekihaku.ac.jp