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企画展示「歴史のなかの鉄炮伝来 −種子島から戊辰戦争まで−」
The Introduction of Guns in Japanese History - From Tanegashima to the Boshin War -

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    なお、銃砲の大きさについて、全長は単位をひと桁まで、口径は小数点第1位まで表記しています。
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歴史のなかの鉄炮伝来

1) 様々な玉目の鉄炮

日本では、発射する弾の大きさを、洋式銃のように口径ではなく「玉目」すなわち重さであらわした。

 

1-1) 六匁玉筒(ろくもんめたまづつ)

江戸時代 本館蔵
(全長148cm、口径1.6cm)
雨覆の下方に「大師堂(たいしどう)」の銘あり。

 

1-2) 十匁玉筒

江戸時代 本館蔵
(全長102cm、口径2.0cm)
「火焔 二重巻張(にじゅうまきばり) 於近江国野崎篠原国友甚五郎勝重 以唐鉄作之(おうみのくに のざきしのはらにおいて くにともじんごろうかつしげ からかねをもってこれをつくる)」銘

   

1-3) 三十匁玉筒

江戸時代 本館蔵
(全長88cm、口径2.7cm)
「江州(ごうしゅう)国友藤兵衛充(とうべえみつ)□」剣酢漿草(けんかたばみ)紋

   

2) カラクリの構造

火縄式の鉄炮は引金を引くと火縄鋏が落下して、火皿の口薬(導火薬)に火縄の火が着火し、銃腔内に装填された玉薬(発射用の黒色火薬)に引火して玉が発射される。火縄鋏を起動させる機関部の装置を「カラクリ」といい、板バネを使ったもの、内部にゼンマイを仕掛けたものなど流派ごとにさまざまな工夫を凝らしていた。

 

2-1) 平カラクリ

本館蔵  復元
側板の外側に弾金(板バネ)があり、ロックは「蟹ノ目」という突起で行った。引金の軽いのが特徴で、古いタイプに多い。

 

2-2) ゼンマイ内カラクリ

本館蔵 復元
内部にゼンマイがあって火縄鋏の軸を回転させる方式。ロックは蟹ノ目で行う。

3)初期炮術秘伝書

16世紀末~17世紀末 本館蔵
慶長・元和(げんな)期に、秘伝書の数は急増した。体裁は折本(おりほん)、冊子本(さっしぼん)、巻物(まきもの)など流派によって様々であり、中には一流の書家や画家が腕を揮い、美術的価値の高いものも少なくない。

初期炮術秘伝書

4) 稲富流秘伝書

1610年 本館蔵
稲富流の流祖・稲富伊賀守祐直(いなとみいがのかみすけなお)(一夢斎(いちむさい))は、慶長9(1604)年に、徳川家康に仕え、大坂の陣では命を受けて国友鉄炮鍛冶に大量の鉄炮を注文するなど徳川家の鉄炮製作に貢献した。徳川家康・秀忠父子をはじめ諸大名の門人が多い。これは最晩年の慶長15(1610)年10月に幕臣大久保藤三郎(とうさぶろう)に授けたもの。射手を裸体で描いているのは手足の位置をきちんと理解させるためである。

4-1)

4-2)

4-3)

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5)五十目玉火矢筒(ごじゅうめだまひやづつ)と棒火矢(ぼうびや)

江戸時代 本館蔵
青銅製 ((火矢筒) 全長65cm、口4.2cm) 
棒火矢専用の筒を火矢筒という。

6)関流の大鉄炮(おおでっぽう)(大筒(おおづつ)

17世紀 本館蔵
(全長140cm、銃身長92cm、口径8.5cm)
銘「国友丹波大掾(くにともたんばだいじょう)」。銃身上角に金象嵌で使用者「関軍兵衛昌信(せきぐんべえまさのぶ)」の名が入っている。玉の重さは一貫目で、江戸初期に上総の久留里(くるり)で実射した記録が残っている。

7)異風流(いふうりゅう)炮術絵馬

1791年 原品・京都 八坂神社 複製・本館蔵
寛政3年2月16日、松前志摩守(まつまえしまのかみ)源道広(みなもとのみちひろ)の家臣木村百左衛門直秀(ひゃくざえもんなおひで)の門人竹田小三郎忠明(こさぶろうただあき)が京都の八坂神社に奉納した絵馬。「異風流壱貫目大筒放之(いふうりゅういっかんめおおづつこれをはなつ)、惣鉄砲重廿壱貫三百目(そうてっぽうおもさにじゅういっかんさんびゃくめ)」とあり、流派は異なるが上記の関流大筒と同じ大きさである。

8)国友藤兵衛作の気炮

1819年 本館蔵
(全長139cm。口径1.3cm)
銘「国友藤兵衛能当造之(くにともとうべえよしとうこれをつくる)」。国友藤兵衛一貫斎(いっかんさい)は、オランダが将軍に献上してきた空気銃の修理を依頼された。それは一発しか撃てない玩具(おもちゃ)であったが、これを参考に文政2(1819)年3月、威力のある軍用の空気銃、「気炮(きほう)」を発明した。

9)中嶋流炮術管闚録(かんきろく)

天保14(1843)年 本館蔵
周防徳山藩(すおうとくやまはん)中川篤(なかがわとく)の門人棟居長孝(むねいながたか)が、西洋流炮術の流行に対抗して、伝統的炮術中嶋流を集大成するために、天保14(1843)年に著述したもの。全21冊。

9-1)鉄炮の射撃手順を示した図

9-2)「中嶋流炮術管闚録」の中の「手前筒製作之事並図」にある鉄炮製作工程

9-3)「中嶋流炮術管闚録」の中の「手前筒製作之事並図」にある鉄炮製作工程

9-4)「中嶋流炮術管闚録」の中の「手前筒製作之事並図」にある鉄炮製作工程

10)銃調練(ちょうれん)之図(錦絵)歌川芳員(よしかず)画

慶応2(1866)年 本館蔵 (縦73cm、横97.5cm)
幕府・諸藩は西洋の三兵戦術(歩兵、騎兵、砲兵)によって調練を実施したが、集団による銃隊訓練をした経験のない日本人は非常に苦労した。こうした世相を反映し、調練を題材にした刷物や錦絵が数多く出版された。ただし、射撃姿勢や銃自体の描写には不自然な表現が少なくない。

10-1)

10-2)

11)短銃

銅管の裏に塗布し、それをハンマーで叩くことによって簡単に発火する「雷汞(らいこう)」の発明によって、さまざまな形式の短銃(ピストル)が欧米で作られ、幕末にはそのままわが国に輸入されたり、それをまねて国内で生産されたりした。

11-1)レミントン二連デリンジャー

明治初期、大久保利通関係資料 本館蔵
(全長8cm、口径1.0cm)
明治政府の要人・大久保利通所用。明治初期、護身用小形拳銃として日本に輸入されたもの。アメリカ製。後装(こうそう)縁打式、腔綫(こうせん)5条、2連発。銃把(じゅうは)はアコヤ貝製。

11-2)スミス&ウェッソンNo.2

明治初期、坂本龍馬所有と同型 本館蔵
(全長28cm、口径0.8cm)
アメリカで最初のリム・ファイヤー・カートリッジを使用した銃の一つである。銃身を上方に折り曲げ、シリンダーを取り外してカートリッジを装填する。土佐の坂本龍馬が所用した銃と同型で、当時の日本では最新式のピストルであった。アメリカ製。後装縁打式。腔綫7条、6連発。