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平成16年度特別企画『明治維新と平田国学』開催案内

開催要項

開催期間 平成16年10月13日(水)〜12月5日(日)
会場 国立歴史民俗博物館 企画展示室

展示の主旨

本居宣長に師事し、幕末に広汎なネットワークを駆使して情報収集を行った国学者 平田篤胤。彼は、国学四大人の1人として、神道学、蘭学、天文学等にも精通し、その多才な博識ぶりはこの時代において群を抜いていました。国立歴史民俗博物館では、先ごろ、平田篤胤(あつたね)・銕胤(かねたね)・延胤(のぶたね)三代の気吹舎(いぶきのや)史料を入手し、研究を進めた結果、我が国の歴史研究上重要な新事実があまた浮上しました。幕府内で極秘のはずのロシアからの外交文書など、これまでほとんど未公開であった貴重な資料をもとに、幕末維新期における篤胤や全国に四千人以上といわれる門弟達の政治活動等及び篤胤の明治新政府内で果たした役割等を中心に展示紹介します。

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展示の一部

ご希望の写真(デ−タ)を送付いたしますので、番号をご連絡ください。(E-mailでも結構です)

 

(1) 「七生舞の図」

文政3年
天狗の世界に誘われ何年もの間異界で過ごしたという、江戸で評判の「天狗小僧」の異名をとる寅吉少年の話を自ら聞いた篤胤は、口述を文章で記すだけでは物足りず、絵師を呼び神仙界の「七生舞」を絵に表したもの。舞人の鳥帽や楽人による笛や太鼓、琴のような楽器が細かく描かれています。

 

(2) 「篤胤が製作した殷尺・周尺など」

篤胤は、古代の度量衡を研究し、中国の制度を取り入れる以前に日本には独自の制度があったと論説しました。

 

(3) 「大壑翁肖像」

篤胤の肖像画の下書き。篤胤の肖像画には、黒の紋付を着た坐像、侍烏帽子をかぶり緑色の狩衣を着た坐像などがよく知られていますが、この肖像画はこれまでほとんど公開されたことがないものです。「大壑」とは、篤胤が中国古典の「荘子」天地篇を読み、そこに出てくる「大壑」(海の称)の語を自らの号にしたことによるといわれています。

 

(4) 「各地の御守・御札など」

平田家には、篤胤・銕胤が各地の神社で集めたと思われる御守や御札が多数残されていました。また、そこで拾った小石や木の葉なども紙に包み、保存されています。

 

(5) 「神字原」

気吹舎塾で学ぶ蒙童のために作られた神字50音の真書(楷書)と草書。篤胤は、日本には漢字が伝わる以前にあったと主張し、その神代文字を一覧にし、明治6年(1873)4月、木版で刊行されました。

 

(6) 「道統礼式」

天保7年(1836)8月27日。篤胤が教えた学問の種類とその謝礼金額などを一覧にしたもの。篤胤の専門分野が古道学(国学)以外に暦学・易学、軍学・玄学(老荘の学)など、広い範囲にわたったことがわかります。

   

(7) 「大学大博士の辞令」

篤胤の養子平田銕胤は、維新後新政府に抜擢され、明治2年(1869)7月27日大学大博士に任命されました。国学に基づく復古的な教育機関として大学の設立を構想しましたが、やがて洋学派に圧倒され、教育界での国学の影響力は消えていきました。

   

そのほか、篤胤の書斎再現、夢で師と対面し弟子入りを許可されたという「夢中対面図」など多数展示されます。

*利用案内・展示情報等は、当館Webサイト(http://www.rekihaku.ac.jp/)もご参照ください。

 

この件に関するお問い合わせは、
  〒285-8502 千葉県佐倉市城内町117番地
  国立歴史民俗博物館 博物館事業課 広報サービス室
  広報係:後藤・石井
  TEL:043-486-0123(代) / 043-486-6488(直) 
  FAX:043-486-4482
  e-mail:koho@ml.rekihaku.ac.jp