| A: | 日本列島に人が住みはじめたのは、今から三万年以上前と考えられています。まだ地続きだったアジア大陸から、狩りの動物を追ってやってきたのでしょう。でもこの頃の人の骨は見つかっていませんので、どのような人たちだったかはわかりません。 | ||||
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| A: | 一つは、やはり遺跡として大変すごいものだということです。1500年間にわたる生活の跡が、家、大きな家、直径1メートルもの栗の柱、お祭りの広場かと思われる土盛り、子供の墓地、「倉庫」等々、実に色々なものの跡が出てきました。 (元館長・佐原真) | ||||
| A: | これは、たとえば卑弥呼がもらった金印が出てもだめで(後からよそに動かされる可能性があるから)、邪馬台国の位置を書いた地図が中国で出ない限り、万人を納得させるのは難しいでしょう。 (元館長・佐原真) | ||||
| A: | 展示室でお見せしているものは、実は鏡の「裏」の方で、ものがうつる「表」は下を向いているのです。なぜ裏の方をお見せするかというと、そこには様々な文様や銘文が鋳込まれているからで、これによって、鏡に託された古代人の考えや、鏡の年代などを知ることができるからです。 | ||||
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| A: | 古墳は、真上から見た形で分類すると、基本形として、丸い「円墳」と四角い「方墳」があり、あとはこの基本形を組み合わせたものです。ですから、「前方後円墳」は円墳と方墳を組み合わせたもので、方墳と方墳を組み合わせたものは「前方後方墳」などとなります。このような様々な古墳の形は、造られる時期や時代に特徴があります。 | ||||
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| 代表的な古墳の形 | |||||
| A: | 日本史の教科書などでは、鎌倉時代には、交通の要所や寺社の門前などに月三回の市が立ち、室町時代頃から月六回の「六斎市」に、さらに中心的なところが都市に発展する、と書かれています。しかし、実際の物の取引や店の並び方などについては、『一遍上人絵伝』に描かれた備前国福岡市の絵などにうかがえる程度で、それ以上の具体的なことはほとんどわかっていませんでした。 (元館長・石井進) | ||||
| A: | ふつう「お城」というと江戸時代の、立派な天守閣を中心にした城をイメージしますが、他の時代にも城はありました。特に中世には、大名から村々の領主、さらには寺院や百姓までもが城を築きましたので、全国には数万と言われるほどのたくさんの城跡があります。 (千田嘉博) | ||||
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| 戦国時代の山城の摸式図(千田他『城館調査ハンドブック』 1993年 新人物往来社より) | |||||
| A: | 観光案内などでよく「小京都」という言葉を目にしますね。これは古くて情緒のある町、という程度の意味で使われているので、特に歴史的な用語ではありません。 | ||||
| A: | 「織田信長は楽市令を出して商人が自由に営業できるようにした」と言うふうによく説明されますが、実際に「楽市」とされたのは、安土などの個別の都市や市場で、全国法令ではありません。読んで字のごとく、「楽市」という、誰でも商売ができて、税金も取られない市場、という慣行が中世にはあったようで、市場が新しく作られた際などにこうしたことが行われたようです。 | ||||
| A: | 当館の姉妹組織である大阪の「民博」は「国立民族学博物館」で、「民俗学」と「民族学」は使い分けられています。一般的にいえば、「民族学」の方は世界のいろいろな民族の文化を対象とし、「民俗学」は一国内の風俗・慣習などを対象とする、という違いがあります。当館は日本の歴史と文化を扱っているので、「民俗学」になります。もっとも、「日本」の範囲は何か、日本だけで文化が完結するのか、と考えていくと、区別は必ずしも明らかでない面もあるのですが、ともあれ当館は「国立歴史民俗博物館」ですので、くれぐれもお間違えなきよう。 | ||||
| A: | 歴博が建っている佐倉城址(千葉県佐倉市)は、幕末の開明的な老中堀田氏の居城で、周囲の堀には今も水をたたえ在りし日の面影を伝えています。本丸跡は芝生広場、また、二の丸・三の丸跡は疎林広場として整備されており、遊歩道が巡っています。堀に突き出した出丸にはベンチなども置かれ、全体が佐倉城址公園となっています。 | ||||
| A: | 歴博は、平成16年4月1日の国立大学の法人化と同様に東京の国文学研究資料館、京都の国際日本文化研究センター、総合地球環境学研究所、大阪の国立民族学博物館らの大学共同利用機関と連携し「大学共同利用機関法人 人間文化研究機構」を創りました。機構所属の研究機関である歴博は、一般の博物館とは異なり、我が国の歴史学、考古学及び民俗学に関する資料の収集・保管、調査研究を大学の教員等と共同で行うことを目的とした研究機関であると同時に、その成果を博物館に展示し、皆さんに観覧いただいています。 | ||||
| A: | 歴博の展示には、常設の総合展示と年3回程度の企画展示、および屋外の「くらしの植物苑」があります。企画展示は、当然毎回変わります。総合展示は常設ですが、資料保存の問題などもありますので、コーナーにもよりますが、毎月相当数の展示品を入れ替えています。 | ||||
| A: | もちろん大歓迎で、全国の多くの学校に利用していただいています。(1998年度は、小学校316校、中学校44校、高校41校に来ていただきました。) | ||||
| A: | 大学共同利用機関法人人間文化研究機構の機関として設置されている「歴博」で働く人々は、大学共同利用機関法人職員が中心です。仕事の内容により大別すると、大学と同様に研究教育を担当する研究教育職員と事務処理を担当する事務職員がいます。 | ||||
| A: | 展示品の中には「複製」という表示が付いたものがあるのにお気づきかと思います。これは、実物資料(原品)ではなく、それをもとに形や色を模して作ったもので、「レプリカ」とも呼んでいます。 | ||||
| A: | もちろんできます。障害者用駐車場、トイレ、スロープも整備しております。レストランも使えます。 | ||||
| A: | レストランでは、お弁当の持込はご遠慮願っております。 | ||||
| A: | 歴博には、2大駐車場(第1・第2駐車場、合わせて約250台収容)があり、歴博の入口の傍には市営駐車場もあります。いずれも無料です。 | ||||
| A: | 当館の展示室は、常設展示室が第1室〜第5室(約7600?)、他に企画展示室(約950?)があります。見学される方の興味、関心によって見学時間は異なります。 | ||||