展示室案内
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第1展示室 原始・古代

日本列島に人類があらわれた3万7千年前の旧石器時代から、日本という国ができ、奈良に都がつくられた時代までを、5つのテーマでしょうかいします。
縄文(じょうもん)土器、銅鐸(どうたく)、古墳(こふん)の模型や、埴輪(はにわ)、平城京(へいじょうきょう)などの展示をしています。

第1展示室マップ


(1) 日本文化のあけぼの

日本列島に人が住みはじめてから、土器を作り、かりや木の実取りをしながら生活していたころまでのくらしのうつりかわりをみてください。

  • いろいろな縄文土器 写真
    いろいろな縄文(じょうもん)土器

    およそ3500年から4500年前の日本列島に住んでいた人たちが作った土器です。なわでもようをつけたので、「縄文土器」といいます。

  • 三内丸山遺跡の復元 写真
    三内丸山(さんないまるやま)遺跡(いせき)の復元

    青森県でみつかった縄文(じょうもん)時代に約1500年間続いた大きな村の生活を再現しました。

  • 土偶 写真
    土偶(どぐう)

    土偶はほとんど女性の形です。母親が赤ちゃんを生むことから、さまざまなモノを生み出すことへのいのりがこめられていると思われます。



(2) 稲と倭人

米作りは、朝鮮(ちょうせん)半島から伝わってきたものです。このころ日本列島に住んでいた人たちは中国の人たちから倭人(わじん)とよばれていました。

  • 高床倉庫 写真
    高床倉庫(たかゆかそうこ)

    稲の穂(ほ)を保存しておく倉庫です。しめらないように、倉庫のゆかが地面からはなれた高いところにあります。

  • 弥生時代の武人 写真
    弥生(やよい)時代の武人(ぶじん)

    木製で漆(うるし)塗りのよろいを着て、石で作った武器を持っています。村のまわりがほりとさくでかこまれているので、戦いがあったことがわかります。

  • 銅鐸(どうたく) 写真
    銅鐸(どうたく)

    銅鐸は、弥生(やよい)時代の祭で使われていたと考えられているかねです。鳴らすことのできる銅鐸もあります。どんな音がするかな?



(3) 前方後円墳の時代

古墳(こふん)とよばれる小山のように大きな墓がたくさん残っています。そのころの力をもっていた人たちのお墓です。なぜ、古墳がこんな形をしているのか、どうしてこんなにたくさんの古墳をつくり続けたのか、展示から考えてみてください。

  • 箸墓古墳 写真
    箸墓(はしはか)古墳(こふん)

    「前方(ぜんぽう)後円墳(こうえんふん)」という形の古墳のなかで、いちばん古いものです。卑弥呼(ひみこ)の墓という説があります。

  • 埴輪 写真
    埴輪(はにわ)

    埴輪は古墳に並べられました。人物・動物・家などの形をしたものもあります。

  • 長持型石棺 写真
    長持形(ながもちがた)石棺(せっかん)

    死んだ人を入れるためのお棺(かん)で、大きな石の板で作られています。古墳の中に入れられました。



(4) 沖ノ島

沖ノ島(おきのしま)は、福岡県の沖(おき)にうかぶ小さな島です。このあたりは日本列島から中国や朝鮮(ちょうせん)半島へ船で行くときのルートになっていました。この島は、古代から「神の島」として人びとの信仰(しんこう)を集め、600年の間、神をまつる儀式(ぎしき)がおこなわれていました。

  • いわくら 写真
    いわくら

    大きな岩の間にいわくらという神をまつる場所がありました。約20か所見つかっています。

  • 4世紀後半に神をまつった場所 写真
    4世紀後半に神をまつった場所

    たくさんの鏡や鉄の剣(けん)などの宝物がおかれていました。

  • 8世紀初期に神をまつった場所 写真
    8世紀初期に神をまつった場所

    神にささげたミニチュアの道具や、土器、金属製品などがたくさん発見されました。



(5) 律令国家

7世紀に、中国を手本にした国の制度がつくられ、今の奈良県に都がつくられました。ここでは、8世紀のはじめにつくられた都の平城京(へいじょうきょう)に住んでいた人びとのくらしや村のくらしなどを展示しています。

  • 羅城門 写真
    羅城門(らじょうもん)

    平城京(へいじょうきょう)の入口の正門で、高さが24メートルほどありました。

  • おまじないの道具 写真
    おまじないの道具

    病気になると、その原因やなおし方がわからないので、おまじないにたよりました。

  • 経を写す人の服装 写真
    経を写す人の服装(ふくそう)

    これは東大寺で、経を書き写す仕事をしていた人たちの服装です。天皇や貴族(きぞく)も経を書き写して寺におさめました。

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