学生の研究活動
学生研究活動情報
三野 行徳(みの ゆきのり)
履歴
東京学芸大学大学院教育学研究科社会科教育専攻修了
研究テーマ
19世紀における国家官僚組織と構成員(家)の検討
研究分野
日本近世史・明治維新史
フィールド
江戸・東京、京都、全国の旗本領
研究のキーワード
キーワード1 江戸時代 明治維新を隔てた向こう側の時代-封建制、前近代として、現代とは異なる世界と理解するのが現状での「常識」だが、近年の研究では、織豊期の統一政権確立以後の3百年を、日本的社会の形成過程-現代とつながる社会と見る理解もなされるようになっているし、近年のいわゆる「江戸ブーム」はそのような理解を前提としている。
江戸時代をどう見るかは、それを英訳する際の[early modern(初期近代)]と[later medieval(後期中世)]との表記の仕方に象徴的にあらわされる。
移行期を研究するものにとって、その前後の時代がいかなる社会であり、それがどのように変化し、しなかったのか、その移行期は、長いスパンで考えたときにどのような意味を持つのかが常に問われるのだと思う。
個別実証の成果が、常に、江戸時代とは何か、明治維新とは何か、との問いへといたるものであるよう心がけている。
17世紀初頭の、軍団編成を元にし、職務の分化もほとんど無く、若干の階層があるにすぎなかった江戸幕府は、100年後の享保期には、複雑な職務の専門分化と緻密な階層化、職能に基づいた俸給体系と、社会の複雑化に対応した構成員の下層への広がりを持ち、主従制的な関係から契約的な関係を強め、職務内容と権限は明文化される。こうして完成形となった江戸幕府は、1万5千程のポストからなる巨大官僚制であり、その構成員である幕臣は、5千程の旗本と2万前後の御家人の家をその供給源とする。
しかし、江戸幕府の構成員を官僚と呼び、その組織を官僚制と認識するようになったのはここ数十年ほどのことで、その実態も驚く程わからないことが多い。
明治政府は、一部の雄藩と藩官僚等のパワーゲームで誕生し、運営されるが、その組織は、様々な形で、江戸幕府と幕臣を母体としている。
江戸幕府と明治政府、幕臣と明治政府の官僚を通じて、江戸時代と明治時代の移り変わりの意味を考えたい。
革命/改革/復古、資本主義化、国民国家の形成…明治維新によってもたらされた変革は巨大であり、さまざまな角度から検討されている。しかし、「維新」の語が象徴するように、明治維新の変革とその表現には、維新以前の社会がいかに暗黒の時代であり、維新がいかに偉大な改革であったかを誇示するために、維新後の歴史叙述においてネーミングされた用語が少なからずあり、それを現在無自覚に使用することによって、そのような認識が再生産されている側面が少なくない。
しかし、近年の近代革命に関する研究は、その前後の変革の実質的な少なさ、が明らかにされ、明治維新に関してもそれは例外ではない。
明治維新の革新と連続-維新史研究者がおおよそすべて共有する課題であるが、そこには、もう一つ、「19世紀」というキーワードを土台とし、その時代に生きた一人の人、ひとつの家、ある組織、共同体、地域社会、それぞれの変化と連続を見極め、国制や発展段階からではない明治維新像を描くことが必要だと思う。
江戸時代の領主制は、その語義的には、近世的「領主制」と呼ぶ方がふさわしく、いわゆる領主制のモデルとは多いに異なる。 近世領主制に関する研究は古くから数多く行われ、在地制を否定された近世領主が、いかにして領主としての実質を保持したのか、あるいは、換骨奪胎されていたのかが古くて新しい論点である。
近世官僚制の研究の進展とも相まって、江戸時代の武士は領主と官僚としての両側面を持ち、それは、モデル化を目指すよりは、あるいはモデルに当てはめるよりは、いかに多様であったかを明らかにする方が生産的である、との研究の地点にある。
しかし、維新期の研究に則せば、その多様な領主制の実態は反映されず、近世領主像の変化は、廃藩置県-秩禄処分研究に解消されてしまっている。
多様な領主制は明治社会にも多様な痕跡を残しており、やがてそれは人々の地域アイデンティティのひとつの格となる。ある旗本家から、江戸時代から明治時代にかけての領主制の行方を描いてみたい。
歴史とは何か-歴史学を志すものはすべてのものが向き合う命題であるが、歴史叙述はいったい誰のために、誰に向けてなされるのか、そのことに我々はどれだけ自覚的だろうか。
歴史叙述の場面は論文や学術書だけではなく、教科書、一般書、一般向け雑誌などの活字媒体から、博物館・公民館などの公共施設における展示や講座、映画やテレビ番組などの映像媒体にいたるまであらゆる場面でなされ、それぞれが独自の影響力を持ち、人々の歴史認識を形成する。
歴史学研究者は、自ら叙述する場合は勿論、これらあらゆる叙述の機会に専門家として関わり、科学的な裏付けに基づく歴史認識を世に問い、あるいは、科学的な歴史認識の方法を積極的に養うことに関わり、またその方法を模索し続けるべきだと思う。
「歴史は物語である」との言説や、その前提に立ち自らに都合の良い歴史像を受け入れ選び取ってゆくことがひとつの立派な歴史認識であるかのような言説が大きな影響力を持っているなか、私は(自分が未熟であることは重々承知しつつも)、あらゆる歴史叙述の機会を大切にし、科学的・論理的な歴史認識の大切さを伝えたいと思っている。
研究業績等
論文- 「高家今川氏における旗本知行権の解体過程」(『高家今川氏の知行所支配』名著出版、2002年)
- 「近代移行期、官僚組織編成における幕府官僚に関する統計的検討」(大石学編『近世国家の権力構造』岩田書院、2003年)
- 「明治初期、幕府出身官僚の明治政府任用に関する検討」(『首都圏形成史研究会会報』2003年)
- 「東京における首都官僚組織の再生過程」(竹内誠監修『都市江戸への歴史視座』名著出版、2004年)
- 「幕府代官所における公文書行政とその継続的経営」(大石学編『近世国家・社会と公文書』岩田書院、2006年)
- 「維新期の前田家」(大石学編『高家前田家の総合的研究―近世官僚制とアーカイブズ―』、2008年)
- 「天璋院の旗本」(大石学編『篤姫の時代-時代考証の窓から-』東京堂出版、2009年)
- 「幕府浪士取立計画の総合的検討」(大石学編『一九世紀の政権交代と社会変動』、東京堂出版、2009年)
- 「新田開発と武家抱屋敷―武蔵国多摩郡小川村の事例から―」(『小平の歴史を拓く―市史研究―第2号』2010年)
研究ノート
- 「坂本竜馬と幕府浪士取立計画-杉浦梅潭文庫「浪士一件」の紹介をかねて」(『歴史読本』2004年7月号所載)
- 「新選組の史料論―自治体刊行史料集の紹介を中心に」(『歴史読本』2004年12月号所載)
- 「方法としての近世公文書論」[工藤航平・野本禎司・佐藤宏之・竹村誠と共著](大石学編『近世公文書論-公文書システムの形成と発展-』岩田書院、2008年)
- 「幕末維新期の幕府官僚制」(大石学編『江戸幕府大事典』吉川弘文館、2009年)
書評
- 藤野敦『東京都の誕生』(東京学芸大学史学会編『史海 第50号』2003年)
- 「二宮町史叢書Ⅰ『縉紳録(上)』」(『二宮町史研究第二号』2004年)
- 小川恭一著『徳川幕府の昇進制度』(『関東近世史研究』64号、2006年)
短文等
- 大石学編『江戸時代への接近』(東京堂出版、2000年)分担執筆
- 「幕臣達の身の処し方」等執筆(『新選組の時代』NHK出版、2003年)
- 大石学編『駅名で見る江戸東京』(PHP新書、2003年)分担執筆
- 大石学編『続 駅名で見る江戸東京』(PHP新書、2004年)分担執筆
- 大石学編『新選組情報館』(教育出版、2004年)分担執筆
- 「新田開発小史」(白梅学園『地域と教育』第10号、2005年)
- 大石学編『坂の町・江戸東京を歩く』(PHP新書、2007年)分担執筆
- 大石学編『知っておきたい江戸の常識 事件と人物』(角川ソフィア文庫、2007年)分担執筆
- 大石学編『江戸幕府大事典』(吉川弘文館、2009年)、「御家人」等74項目執筆
- 「図書館地域資料と地域史編纂」(『地方史研究』345号、2010年)
編集等
- 大石学編『大江戸まるわかり事典』(時事通信出版局、2005年) 校閲
- 『近世藩制・藩校大辞典』(吉川弘文館、2006年) 校閲
- 『小平市史料集』第12集~17集 編集
- 『小平の歴史を拓く―市史研究―創刊号』2009年 編集
- 大石学監修『ビジュアル 幕末1000人』(世界文化社、2009年) 校閲
- 大石学編『江戸幕府大辞典』(吉川弘文館、2009年)特別編集
所属学会:地方史研究協議会 関東近世史研究会 東京歴史科学研究会 東京学芸大学史学会
関心のある分野 図書館・博物館 沖縄 カクレキリシタン






