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石田 七奈子(いしだ ななこ)

履歴
跡見学園女子大学大学院 人文科学研究科 日本文化専攻 修了

研究テーマ
明治初期宗教政策をめぐる思想 ―江戸地域の神仏分離―

研究分野
日本近世史、明治維新史

フィールド
江戸府内とその周辺地域、東京

研究のキーワード

キーワード1 「江戸」から「東京」へ

 対象とする江戸府内とその周辺地域は、慶応四年(1868)7月に東京と改称され、江戸幕府の中心地「江戸」から、明治政府の中心地「東京」へと変化する。政治体制の変化に伴い、地域が変容してゆく中で、人々はどのようにその変化に対応していったのか、また、何を遺そうとしたのか。

キーワード2 神仏分離

 慶応四年(1868)3月13日の布告に始まる、「神/神社」と「仏/寺院」の境界を判然し、分離する政策。それまで信仰されてきた神仏習合の「権現」や「弁天」、また、土着信仰と融合した「稲荷」などは、「穢れた」「淫祠」であるとして、皇国神道に基づく神へと変更された。それまでの信仰状況や政策を実行する主体である府、藩、県の姿勢などの背景、条件によって、その実施状況、実施時期は、地域や寺社ごとに異なる。

キーワード3 旧幕府関係寺社

 江戸府内には、幕府と深い関係を持ち、権勢を誇った寺社が多数、存在していた。特に、徳川家菩提寺であった、芝増上寺、上野寛永寺、江戸城鎮守である山王権現、江戸総鎮守として江戸庶民に厚く信仰された神田明神など、幕府の関係が深い寺社は、明治への転換の中で、戊辰戦争の戦場となった寛永寺、大教院が設置されることになる増上寺、神社名や祭神が変更された神田明神(神田神社)や山王権現(日枝神社)など、政治的介入によって、寺社内外が大きく変容していく。

キーワード4 地域密着型の神社

 江戸府内とその周辺に氏子町を持つ神社では、地域との関係を深める一方で、幕末期には、江戸城下の神社として幕府との関係を深める神社や、神社として寺院からの独立を求める神社など多様な思想をもってその立場を示していた。明治の転換期に行われた神仏分離令や宗教体制の変革によって「神道中心の体制」が作られていく中で、江戸地域の神社では、どう対応し、その立場を固めようとして動いたのか。

キーワード5 大教院

 神仏合同で大教の宣布と宣布を行う教導職育成を目的とした機関(教院)の総括所。大教院を中心として、全国の寺社などに中教院、小教院が設置された。明治五年(1872)4月の教導職設置以降、祠官だけでなく、僧侶も教導に加わることになり、仏教諸宗20名の連印で、祠官僧侶の講学機関として教部省に設置願いが出された。紆余曲折を経て、芝増上寺に設置された大教院には八神殿が設置されるなど神道色が強いものへと変容し、寺院に神殿が設置される、神仏混淆状態となった。こうした状況に仏教側は反発し、分離運動が進み、明治八年(1875)5月、大教院は解散した。

研究業績等

その他、関心のある分野

所属学会:関東近世史研究会
関心のある分野:博物館教育、「歴史」展示