日本文化財科学会第22回大会に参加して
坂本稔
2005年7月9日(土)、10日(日)の両日、札幌市の北海道大学において日本文化財科学会第22回大会が開催されました。日本文化財科学会とは、文化財に関する自然科学と人文科学の学際的な研究の発達・普及を図ることを目的とした学会で、文化財の材質・技法・産地・年代測定・古環境・探査・保存科学・情報システムなどの研究者が集っています。その成果は学会誌「考古学と自然科学」に掲載され、また年1回開催される大会にて報告されています。首都圏や関西圏で開催されることの多かった本大会が、今回は絶好のシーズンを迎えた北海道にて開かれることになりました。
炭素14年代法による考古資料の年代研究は、自然科学と人文科学の共同研究という文化財科学の本質をなすものです。また、学術創成研究に先立って歴博で続けられている年代研究の多くは、本学会などが中心となって設けられた科学研究費補助金の細目「文化財科学」による助成を受けています。このように縁深い学会の大会において、研究グループからは4本の報告が行われました。
1.東日本縄文晩期の14C年代測定
(小林謙一・今村峯雄・坂本稔・西本豊弘・設楽博己・小林青樹・松崎浩之)
東日本における縄文晩期の土器型式である大洞式土器の諸型式について、炭素14年代法による測定を行いました。190例近い測定結果から、縄文後期と晩期・大洞B1式との境が紀元前1250年頃、続く大洞B2式が紀元前1170〜1030年、大洞BC式の下限が紀元前980年頃、大洞C1式の下限が紀元前890年頃と推定されます。弥生時代前期の測定例の下限が紀元前380〜350年、弥生中期の測定例が紀元前350年以降であることから、東北地方での弥生への移行の年代はちょうど較正曲線が平坦となり実年代を絞りにくい頃に相当します。
新潟県青田遺跡などの測定結果などから、大洞A1末から大洞A2にかけての時期は紀元前550年頃と推定されます。今回の結果は、土器型式の併行関係からは西日本での弥生成立期と矛盾しませんが、細かなずれを解消するためには測定例の蓄積が必要です。水田の普及など弥生文化と縄文文化の共存・融合の過程を検討していくための研究を継続中です。

(写真1:壇上で発表する小林)
2.弥生開始期の年代について
(今村峯雄・藤尾慎一郎・春成秀爾・小林謙一・西本豊弘)
研究グループでは2004年12月までに、西日本を中心に縄文後・晩期から古墳前期にかけての試料360点あまりの年代測定を行ってきました。その結果をもとに、九州および瀬戸内・近畿地方の弥生時代の実年代を推定しました。
九州においては、弥生早期の土器型式に相当する山の寺式・夜臼?式の結果、ならびに前後の各土器型式の結果から、紀元前900年代後半から末葉を上限とする開始年代が推定されます。また中期のはじまりを示す板付?c式から城ノ越式の土器は、紀元前400〜250年の年代を示しています。
瀬戸内地方では、九州地方の弥生前期に併行する沢田式古段階、ならびにそれに先立つ津島岡大式土器の測定を重ねています。近畿地方の弥生時代前期についても、較正曲線の平坦な部分に測定結果の多くが位置しています。測定結果がちょうど較正曲線の平坦な部分に位置するため実年代の絞り込みが難しいのですが、それでもその平坦部の前半、すなわち紀元前600年頃を上限とする開始年代が推定されます。大阪湾最古の弥生の年代は河内平野において暫定的に紀元前750〜550年頃と推定でき、また前期と中期の境は瀬戸内地方とともに紀元前380〜350年頃と考えられます。

(写真2:壇上で発表する今村)
3.土器付着炭化物に見られる海洋リザーバー効果
(坂本稔・小林謙一・今村峯雄・松崎浩之・西田茂)
研究グループでは、土器に付着した炭化物を年代測定の手がかりとしています。その結果はこれまで土器型式から推定される年代と矛盾せず、また一緒に出土する炭化材などの年代とも一致することから、有用な試料と考えています。しかしながら、炭化物の由来を知ることは、より高い精度での年代測定に欠かせないものです。一方で海洋生物に由来する炭化物が実際の年代よりも古い値を示す、海洋リザーバー効果に対する懸念が指摘されています。そこで道内の生渕2遺跡、対雁2遺跡出土の土器付着炭化物の年代測定、ならびに炭素・窒素の分析を行いました。
土器の内面には、調理物に由来する炭化物が残っていると考えられます。その結果は土器型式から推定される年代よりも確かに古く、海洋リザーバー効果の影響が認められるものです。ところが対雁2遺跡出土の土器の外面に付着した炭化物は、海洋リザーバー効果で説明できないほどの古い値を示しました。これまで外面には木材などの燃料に由来する炭化物が付着していると考えてきましたが、その場合は実際の年代とさほど違わない値が得られるはずです。どうやら、外面の炭化物は北海道に見られる泥炭に由来するようです。泥炭は、堆積した有機物が分解されずに長時間かけて変わっていくものです。これを燃料に用いたとすれば、使われた年代よりもかなり古い値を示すことが予想されます。
海洋リザーバー効果については研究グループも注目しているところで、実際北海道や東北北部の試料の一部にその影響が見られています。炭素・窒素の分析やクロマトグラフなどにより、内容物や燃料の推定をすることがこれからも必要になるでしょう。

(写真3:質疑応答の様子)
4.日本産樹木による縄文・弥生境界期の炭素14年代較正曲線の作成
(尾嵜大真・坂本稔・今村峯雄・中村俊夫・光谷拓実)
炭素14年代法において暦上の実年代を得る手がかりとなるのが、較正曲線と呼ばれる樹木年輪に基づいたデータベースです。国際的にはINTCAL98、そして今春IntCal04に改訂された較正曲線が用いられています。
これらのデータは北米や欧州産の樹木年輪に基づいていますが、日本産の樹木年輪と比較してもほとんど変わらないことが分かっています。しかしながら年代研究をより高い精度で行うとすれば、より高い精度の較正曲線が必要になります。また、学術創成研究が注目する縄文・弥生時代の境界期にあたる紀元前750〜400年にかけては較正曲線が平坦になり、実年代を絞り込むことが難しくなっています。そこで研究グループは年輪年代の決定した日本産樹木を用い、炭素14年代の高精度測定に取り組んでいます。
長野県飯田市で見つかった埋没樹幹から年輪を5年ずつ採取し、これまでに紀元前630〜300年にかけての測定を行いました。年輪年代の決定は奈良文化財研究所、測定試料の調製は歴博、測定は名古屋大学という、3機関による共同研究です。その結果はほぼIntCal04に沿うものになりました。ただし、較正曲線に見られる凹凸のパターンが必ずしも一致しない部分もあります。今後高精度化を図るため、同じ試料を繰り返し測定して誤差の改善に努め、将来的には日本発の較正曲線の作成につながるような成果を目指しています。

(写真4:ポスター説明の様子)
大会は2会場に分けて行われた口頭発表が特別講演2件を含む55件、ポスター発表と呼ばれる研究成果をポスターにして掲示する発表が120件と、盛況のうちに幕を閉じました。各発表はテーマ別に分けられていましたが、年代に関する報告が口頭12件(うち炭素14年代法に関する報告が7件)、ポスター11件(うち炭素14年代法に関する報告が6件)と、文化財科学における年代研究が大きなテーマとして捉えられていることを実感しました。熱ルミネセンス法や古地磁気法などによる精度の高い年代測定例も報告され、またこれまでは難しかった日本産ブナによる年輪年代法の基礎研究に関する報告もありました。これらの方法と炭素14年代法を組み合わせることで、より確からしい年代研究を実現できることでしょう。
試料分析の方面からは、考古遺存体の炭素・窒素分析による古環境の復元研究などが、年代測定を行う資料の情報を引き出す上でも興味深い報告でした。また、土器に吸着した有機物の分析例が報告され、土器付着炭化物にも応用できるものと期待できます。
なお、福岡県雀居遺跡から出土したイネ遺存体のDNA分析に関する研究が報告され、ジャポニカ種と判断されるとともに、弥生前期とされるその年代が炭素14年代にして2550〜2390 14CBPと報告されました。この結果は学術創成研究による研究成果を支持するものです。文化財科学においても弥生時代の開始期に関する研究は大きな関心事であり、今後さまざまな研究成果が報告されることでしょう。内外の研究者と協力することで学問の新しい流れを作る絶好の機会ではないかと考えています。